小悪魔チックな後輩ちゃんと偽りの契約1

 あぁ……結局来ちゃったよ。


 クリスマスイブ当日。○○駅、10:00前。改札を抜けてすぐのとこにあるカフェ――〝テテール〟。その店の前に俺はいる。


 あれからずっと無反応を貫いていた★みどみの★さんだったけど、当日の朝になってしれっと待ち合わせ場所を指定してきた。


 それがここ、今俺が立っている場所だ。


 無視してクリぼっちを満喫すればよかったじゃない! そもそも昨日まではバックレるって決め込んでたでしょうに! そんな声が聞こえてきそうだ。


 相手が誰だかわからない、女性じゃないかもしれない、集団で襲われるかもしれない……ネタツイートをあげた俺が言うのもなんだけど、めちゃくちゃ怖い。


 ただ、杞憂きゆうの可能性もある。その場合、俺がバックレたら★みどみの★さん達に迷惑をかけてしまうことになる。クリスマスイブにそれは……さすがにあんまりだろ? だから俺は来た。


 …………嘘です。本当はワンチャンあるんじゃないかなって下心だけでここまで足を運んできました。ごめんなさい。


 やっぱ、彼女とか欲しいじゃん? 高校生活も残すところあと1年とちょっとだし、青春しておきたいじゃん? となればリスクを冒してでも行くべき! それが俺の導き出した結論。


 俺の心の中は様々な感情で大変混みあっている。恐怖、不安、緊張、そして期待。


 これでオッサンとかおネエの人が来たら、すっとぼけてすっ飛んで帰ろう。そうしよう。


 と、目の前で一人の女の子が横切る。その子は一度、俺に視線を寄越したが、なにごともなかったように前に戻す。


 すっげー可愛かったけど、さすがに違うよな……。


 がしかし、がっかりするにはまだ早かったようで、その子は店の入り口を挟んだ反対側で足を止め、スマホを弄りだす。


 すると、俺のスマホに通知が。見れば★みどみの★さんからのDMで、内容は……。


『今着きました! もういますか?』


 ………………………………。


『ええ。自分も店の前にいます』


 俺はもう一度、女の子に視線を戻す。と、彼女もこちらを見つめていた。


 そして、どちらからともなく頭を下げるのであった。


 ――――――――――――。


「――初めまして! みどみの改め、〝みどりかわみのり〟と言います!」


 場所を移して、といっても待ち合わせ場所であるカフェ店内なのだが……対面に座っている★みどみの★さん改め――みどりかわみのりさんが、愛嬌たっぷりの声で自己紹介してきた。


 クリッとした栗色の瞳に、同じく栗色のボブヘア。小柄な見た目から伝わってくるはアイドル感。役とは言え、こんな子とクリスマスイブを過ごせるなんて……。


「えっとですね、字は緑色の緑に川下りの川、みのりはそのままで緑川みのりです!」


「あ、これはこれはご丁寧に。どうも」


「……ぷふ、なんですかそのオジサンぽい反応! ウケるんですけど!」


 ウケを狙ったつもりは一切なかったが、緑川さんは楽しそうに笑ってくれた。


「〝めぐろん〟さんのお名前は?」


「おっと、これは失礼しました。めぐろん改め――目黒川奏多と申します」


 名前を訊ねられ、俺は簡単に自己紹介を済ませた。ちなみに〝めぐろん〟はアカウント名だ。


「目黒川、奏多?」


 俺の名前を繰り返して首を傾げた緑川さんは、すぐにハッとした表情になり前のめりに気味になる。


「――○○高校の2年生だったりします?」


「……ええ、そうですけど。なんで緑川さんが知ってるんですか?」


「それはだって――ウチも同じ高校に通ってますから! 1年生として!」


「ああ……なるほどぉ」


 どうやら緑川さんとは同じ高校らしい。本来であれば驚くべきとこなんだろうけど……なんだろ、今に至るまでの偶然の数々に耐性ができたみたい。


 でも、どうして緑川さんは俺のことを知っているんだろうか? 面識はないはずだが………。


「なんで俺のこと知ってるんだろう……って、顔してますね」


 心を透かして見たのか、緑川さんは俺の思ってることを言い当て、したり顔で続ける。


「ふっふっふ……ウチ、人の心が読めちゃうんですよねぇ。超能力者? ってやつです」


「……マジですか?」


「……ぷ、そんな真剣に捉えないでくださいよぉセンパ~イ。噓に決まってるじゃないですか!」


 あらやだ奥さんとでも言うように手を動かし、ぷーくすくすと笑う緑川さん。人をおちょくるのが好きなのだろうか?


 なんか、小悪魔っぽいな。そんな漠然とした印象を俺は抱いた。


「あの、超能力じゃないとしたら、なにで?」


新藤しんどう達也たつやって2年にいるじゃないですか?」


 達也……同じクラスで俺の友達だ。緑川さんも知り合いなのだろうか?


 まあその辺もすぐにわかるか、と俺は頷いて返す。


「ウチ、達也とは家が近所で昔から仲が良いんですけど、しょっちゅうセンパイの名前口にしてるんですよね。あいつは馬鹿で面白い! あいつはアホで笑える! とかとか」


 ……あの野郎。


「もう耳にタコができるくらいに聞かされてたんで覚えてたんですよね。名字は知らなかったんですけど、奏多って名前は知ってたんで、もしかしたらって思って! そしたら、まさかまさかの本人様で……いやぁ、こんな偶然ってあるもんなんですね? センパイ」


「いやまったくその通りですよ。俺なんか偶然が続きすぎて、もはやあんまりビックリしてないですもん」


「ですね!  あ、センパイさんなんですからタメ口でいいですよ?」


「あらそう? じゃあ遠慮なく」


 お言葉に甘えてお言葉遣いを変えさせてもらおう、と俺は敬語からタメ口に切り替え、緑川に本日の予定を訊ねる。


「ところで、これからなにをするんだ? というか、彼氏役の俺はどうあるべきが正解なんだ?」


「え、サービスを提供する側がそんなこと訊いちゃうんですか? 正気ですか?」


 ちょっとあり得ないんですけどみたいな表情をしている緑川は、若干引き気味のご様子。こでれ『実は小粋なジョークでした!』なんて打ち明けようものならコーヒーを顔面にかけられてしまうのではないか? ……いや、さすがにそれはない。


 まあでも、今日だけなんだし――なんとなるだろ!


 そう楽観的に捉え、俺は身振り手振りを交えながらそれっぽいことを口にする。


「いやこれは決して怠慢とかじゃなくてだな、顧客の要望に可能な限り応えようっていう俺なりのサービス精神なんだよ。ほら、提供する立場の人間がお客様の声を聞かず、良かれと思って動いた結果、『あれ? ちょっと想像してたのと違ったかも』……なんてよくある話しだろ? そういった事態を防ぐために、お客様に満足して帰ってもらうために、俺は訊いたんだよ。だから勘違いしないでね?」


「なんか、急激に胡散臭さが増したんですけど……まあいいです。どっちみち、お願いするつもりでしたから」


 顔を引きつらせていた緑川は、気を取り直すかのように両手を合わせ、上目遣いでおねだりポーズをとる。


「〝かれぴっぴとクリスマスイブにデートして幸せ~〟みたいな写真を一杯撮りたいんですよ~。だから、彼氏役のセンパイには被写体になってもらいたいんですけどぉ……お願い、できます?」



――――――――――――。

チョキチョキプルルゥリリリリィィィッ!(どうも、深谷花びら大回転です。季節はすっかり冬ですね。朝、ベッドから出るのがしんどくなってきた今日この頃、皆さんはどうお過ごしでしょうか? わたくしは朝の陽光をクラシックを聴きながら全裸で浴びてる毎日です。おいおい、ベッドから出るのがしんどい言うてたやん! そんな声が聞こえてきそうですね。ふふ……人は矛盾を嫌う生き物ですけど、同時になにかしらの矛盾を抱えて生きているものなんですよ? つまり、冬になって朝ベッドから出るのがしんどいけれど、それでも全裸になって陽光を浴びるこのわたくしの矛盾は――生きているなによりもの証明なのです。ふふふ……しがない物書きの戯言ですので、どうか真に受けないように。では)

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