「俺さ、水野と岡野が付き合うことになったって聞いてめちゃくちゃ驚いたんだよ。てっきりあいつが振られて帰ってくるんだと思ってたから。でも確かに二人、よく話してたし、よく考えればお似合いだったよな」

「なにそれ」

「それにあの日、あいつが泣きながら電話してきたんだ。『水野と付き合うことになった、どうしよう幸せすぎて死にそうだ』って」

「そう……」


 ぎゅっと掌を握る。凍えた手は握力がほとんど無く、爪を立てることでようやく肉をむ力を感じられた。


「一週間だっけ? 付き合ってたのって」

「うん。一週間だけ。そんなの付き合ってたって言えるのかな」

「言えるよ。一週間でも十分恋人だろ」

「そうかな」

「そうだよ。少なくともあいつは幸せそうだった」





 クリスマスの翌日、彼から電話があった。


「付き合うことになったんだってな。おめでとう。あいつバカだけど、真面目でいいやつだから。幸せに、な」


 明るい声だった。


 私は息を吐くように、「ありがとう」とだけ答えてコムを切った。




 一週間だけの交際。


 毎日電話をしたり、マックに行ったり、カラオケに行ったり、一緒にマンガを読んだり、いつも通りの何気ない会話もたくさんした。


 二人きりの空気は落ち着かないほど新鮮で、同一人物か確認したくなるくらい岡野くんが別人に見えた。


 岡野くんって、こんな話し方だったっけ。こんな柔らかく笑う人だったっけ。


 今までいたはずの桐生くんがいないからなのか、単に気付かなかっただけなのか、関係の変化が起きたからなのか、理由は分からなかった。



 水野さ、野球とかマンガとかの話をたくさんしてくれただろ? 試合の翌日とか特に一生懸命語ってきてくれたし、マンガなんて俺より先に新刊買ってたろ。嬉しかったよ。そんな水野の姿が可愛くて、好きになったんだと思うんだ。



 カフェにいる時、岡野くんはそう言って私の手を握った。甘い匂いがした。 


 喉の奥から込み上げてくる何か。抑えようと何度も唾を飲み込んだ。岡野くんの優しい笑顔に、涙が出そうになった。





 交際7日目となった大晦日、私は岡野くんと遊園地に来ていた。丘の上じゃなく、ちゃんと目の前でイルミネーションを見ようという岡野くんの提案からだった。



 私の心は決まっていた。



 閉園時間間近、私は岡野くんに返事を伝えようと3メートルはある大きなツリーの前で、立ち止まった。眩しすぎて彼の顔がよく見えないほど、ツリーは輝いていた。


 ねえ、あのね、私。


 やっとの思いで声に出したのに、そこまでしか言えなかった。言わせてもらえなかった。


 ふわっと風に乗って、甘い香りが届く。それを感じた時には、冷え切ったものが唇に当たっていた。

 彼は私の唇から離れると、悲しそうに笑った。

 


 ごめん。暗い気持ちで年越ししたくないからさ、返事は明日聞いてもいい? わがまま言ってごめん。でも本当に、明日聞くから。ごめん。今年のうちは水野の彼氏でいさせてほしい。



 何度も「ごめん」というその瞳は涙が浮かんでいた。私の中が再びうごめいた。


 そのまま一度も振り返らずに退場ゲートへ走って行く岡野くんを、私は見つめることしかできなかった。





「もしかして水野、あいつのために帰ってきたのか?」

「え?」

「ほら、13回忌だろ今年」


 雷が走るように、細胞がピリッと震える。

 彼の言葉に私は困った。どんな反応をしたらいいのか分からなかった。でも彼は、そんな僅かな私の動揺を素早く察知してくれた。


「いや、ごめん。なんでもない」

「ううん、大丈夫。変に気を遣わなくていいから」


 桐生くんは頭を掻きながら、気まずそうに下を向いた。


「俺さ、年末になるといつもあいつのこと思い出すんだ。ちょうど今年は13回忌だし。だからてっきり、そういうことかと思って。ごめんな」

「いいの。私もいつも思い出してた。だから、ずっと年末は帰省できなかったの」



 岡野くんはあの大晦日に死んだ。岡野くんと最後に言葉を交わしたのは、私だった。

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