あの頃、私はよく友人から「岡野といつ付き合うの?」と冗談めかして言われていた。岡野くんはもともと人との距離が近く、私以外の誰とでも同じ温度で話していたのに。


 でも冷静に考えれば、私が岡野くんに好意を抱いているように見えてもおかしくなかった。


 岡野くんとお互いのMDを交換したり、mixiの紹介文を書きあったりしていたし、2時間45分ウィルコムで岡野くんと電話していたことも何度もあった。

 彼にノートを貸してあげた時なんて、いたずら好きな彼がパラパラ漫画の落書きをして返してきて、だけど私は怒るどころか下手くそな彼の絵に笑ってしまっていた。


 でもまさかこんなことになるなんて。



 突然ごめんな。急に連れてこられてびっくりしたよな。実はさ、俺、ずっとあいつに相談してたんだよ。……水野が好きだって。それであいつにクリスマスの予定とか聞いてもらったりしてさ、せこいよな。



 2007年のクリスマス。人生で初めて異性に告白された。

 イルミネーションの見下ろせる丘の上で。つい数分前まで彼といたその場所で。

 桐生くんとは違う、糖度の高い、甘く温かい匂いとともに。

 


 岡野くんは落ち着きのない様子で、それでも必死に言葉を紡いでいた。普段の姿からは想像できないほど、健気で真面目な声色だった。


 ふざけんな。


 そう言ってやりたくなった。私の心を搔き乱し、混乱させたことへの怒りだ。


 あんたのせいで私は大きな勘違いをしてしまったんだぞ。


 そんな恨み言を吐いてしまおうかと思うほど黒い感情が沸いていた。



 でも彼の涙がそうさせてくれなかった。


 突然、言葉の途中で息が詰まったように黙り込み静かに泣き始めたのだ。

 告白をしているはずなのに、岡野くんはまるで謝罪するかのようにぽろぽろと泣いていた。その姿が私の罵倒を抑え込んでしまった。


 その涙に、怒りとは別の何かが私の中でうごめいた。

 突然顔を出したそれが何か分からず、混乱した。必死に思考を巡らせた。

 

 いや、そもそも私が下心から岡野くんに近付いたのが悪いのだ。下衆で姑息な考えで彼に接触しようとした私が招いたことだ……。


 そんな自省で黙り込んでいる私に、岡野は涙ながらに続けた。



 俺と付き合ってくれないか。……とりあえず、一週間だけでもいいから。お試し期間的な。一週間で、俺のこと好きになってもらえるように頑張るから。一週間だけ俺の彼女になってみて、それでちゃんと判断してほしい。だから返事は一週間後にしてくれないかな?



 泣きながら頼み込む彼を私は受け入れた。


 彼の幼馴染であり親友である岡野くんを、腹黒い私の奥底なんて知り得ない純粋な涙を、無碍に扱うことはできなかった。


 これ以上、酷い女になりたくなかった。

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