ご褒美

「ぜぇっぜぇっ……わたしの……勝ちです!」


「まんまー……」


 なお、この時の勝負はギリギリではあったものの、ネピが勝利することとなった。負けたというか捕まったドロシーはというと、あーあ負けちゃった程度の軽さである。この温度差よ……。


「うむうむ。流石はドラゴンであるといった所か。お主用にしつらえた魔道具とはいえ、難なく使いこなしてみせるとは、お主もやるのぉ」


「有り難きお言葉に御座います! お館様!」


「しかしドラゴンとは凄いもんじゃな。人化の状態でもあのように動けるとは大したものよ」


「うえへへぇ……」


 そしてギリギリの部分を気にすると厄介だと思ったお子さ魔王、うまく事実を避けてネピをとにかく褒めそやすのであった。惜しみない称賛に、機嫌がどんどん良くなっていくネピ、完全復活であろう。


「ぐぬぬぬぬ……」


 これに火がついたのは、なぜかお子さ魔王がずっと手を握ったまま忘れていた相手、マヤである。


「おれもさんかします!」


「おぉぅ、いきなりどうしたんじゃマヤ」


 お子さ魔王、自分がいつの間にか手を握っていたのにその時気付いたものの、それよりも気になるのはマヤの宣言である。


「ドロシー! ネピさん! しょうぶだ!」

(おれも! まおうさまに! ほめられたい!)


「まんまー!? まんま、まんまー!」


「おお!? マヤ殿も参加されるのですね! 相手にとって不足なしですよ!」


「え、ちょ……待っ……ああ、行ってしもうた……」


 マヤはどうやら、褒めそやされるネピの様子を羨ましく思い、自分も褒めてもらいたくなったようだ。更にはこの三つ巴、お子さ魔王が待ったをかけるまでもなくアスレチック場へと飛び出し、すぐに追いかけっこを始めてしまったのだった。お子さ魔王が思うのは、ドロシーだけで精一杯だったネピが、マヤまで相手に加えて対抗できるわけ無いだろうという事実だった。


「おぉぅ……。これでネピの奴が負けるなどして、また凹んだらどうしよう……」


「それは大丈夫かと思います」


「うむ? おお、イリス、おったのか。済まぬな、気付いておらなんだ」


 お子さ魔王が声のする方を振り向くと、いつの間にかイリスがそこに佇んでいて、お子さ魔王は気付かなかったことに思わず謝罪する。


「そのようにお気になさらずとも……」


「気にするに決まっとるじゃろうが。大事な家族に気づかなんだだけでなく、気にもせんだなどとは寂しいではないか。……あー、うん。して、大丈夫、とは?」


 魔王の言葉に「大事……」と呟くと、何時もキリッとした表情を見せていたキノコ少女の表情が柔らかくなる。それはほんの少しの変化ではあるのだが、彼女を知るものが見れば「ほぅ」と溜め息を漏らすほどの美しい表情への変化であったろう。事実、お子さ魔王も一瞬見惚れたのだから。


「マヤにはネピさんの負担を減らしてぎりぎり勝たせるよう、それもできるだけ追いかけっこが長引くように動いた方が、魔王様からの称賛を得やすいと、こっそり諭しておきました」


「え? なんと!? いつの間に……。でかしたぞ! イリス! それ、正に儂が悩んでたとこ! しかも最適解!」


 お子さ魔王、変なテンションとなって奇妙な踊りを踊った! その踊りは見ているものをほっこりさせた! しかしすぐにピタリと止まって悩みだした。


「ううむ、となればイリスには何ぞ褒美をやりたいところじゃな……」


「でしたらば……手を繋いで頂ければ嬉しく思います」


 そう言って、ほんのり頬を赤く染めたイリスが手を差し出す。……どうやって頬を赤くしてるんでしょうか? キノコですのにね? 染色担当だからかしら?


「なんじゃ? そんなので良いのか? ほれ(きゅっ)」


「(ぽっ)……ありがとうございます」


「ふむ……。こんな物が褒美になるやら分からぬが」


「ご褒美っ(ずいっ)です」


「そ、そうなんじゃな」


 手を握ってもらって一層頬を赤くするイリス。お子さ魔王は、この「手をつなぐ行為」という褒美の価値に首を傾げるものの、イリスが強く肯定するので納得することにする。そして、事実価値があるのだろうと確信したのは……


「……またかや? リフィ」


「駄目ですかぁ?」


 リフィさんなのであった。これでお子さ魔王、手をつなぐのはキノコ娘たちにとってご褒美なのだと確信する。しかし、イリスはご立腹であった。


「駄目です。お姉様。これはご褒美なんですから」


「私は何時でも魔王様のために尽くしておりますよぉ? 美味しいお食事にぃ、人間どもの相手とぉ、それはもう〜」


「うぬぅ、それを言われると事実だけに弱いのぉ。ほれ」


「うふふぅ。ありがとうございますぅ」


 そしてまんまとご褒美をせしめるリフィであった。……が、イリスはそのことでますます不機嫌になる。


「……お姉様はずるいです。いつも魔王様と一緒に居られるだけでなく、私がようやく見つけたご褒美まで、何の苦労もせずに賜るだなんて」


「おおう、イリス……そんなこと思っとったんか。……え? もしかしてキノコ娘達は皆そんな風に思っとるの?」


「あっ……これは失言でした」


 よもや自分の存在がそこまでキノコ娘たちの中で価値が高い、いや、慕われているとは思いもよらなかったお子さ魔王。であれば、もしかして自分は知らずにキノコ娘たちに寂しい思いをさせていたのでは? と思い至り……


「……儂、何時もドロシーと一緒に寝とるけど、たまには他のキノコ娘たちとも一緒に寝たほうが良いのか……」


「是非っ!!」


「のぉっ!? ……ぉ、ぉ、ぉう、分かった。そうすることにしよう」


 かくしてお子さ魔王と添い寝ローテーション案は一発で決まったのだった。リフィさんですか? ええもちろん含まれておりますよ。ただし、ドロシーは常に一緒なので、ドロシー+お子さ魔王+キノコ娘のローテーションとなる。ドロシーは良いの? と言う話だが、生みの親とも言えるリフィには文句を言うキノコ娘達も、何故かドロシーは例外らしくだだ甘に甘やかしている。更にコピアに至っては、涙を流さんばかりに喜んだりしていた。ドロシーのこともお子さ魔王のことも大好きな子でしたから。

 ……そんな場外交渉(?)があったものの、イリスからマヤへの助言が利いてかマヤが上手く立ち回り、誰が特に優れているという感じは見られずにおいかけっこは長引いた。掛かった時間は実に先程の5倍であったのだ。なお最終的な結果としては、先程と同じく僅差でネピが勝利した。これもイリスの助言のお陰であろう。


「まんまー……」


「さすがに……つかれたー」


「ぜぇっ、ぜぇっ……またしても、私の、勝ち、ですっ」


 3人共もう動けないとばかりに身を投げだしてへたり込む。人化したドラゴンであるネピだけ、肺という器官にて呼吸する必要があるので、見た目にも一番しんどそうに見える。しかし今回の追いかけっこは、全身で(?)呼吸できるはずのマヤやドロシーをして、ヘトヘトにさせるのには十分な運動量だったらしい。


「……儂には何がどうなってたやら分からなんだが、ネピよ、良くやった。ドロシーもマヤも楽しめたか?」


「まんまっ!」


「はいっ!」


 お子さ魔王は元気な返事に顔をほころばせつつ、二人の頭を撫でるのだった。ついでにマヤにはこっそりねぎらいの言葉も添える。


「よしよし(良くぞ二人を御したのぉ。でかしたぞ、マヤ)」


「はうっ……うぇへへへ……」


「まんまー」


 キノコ幼女は満面の、活発なマヤは撫で撫でと褒め言葉に蕩けそうになる顔を何とか堪えながら、お子さ魔王の撫で撫でを享受する。ふと魔王が気づくと、二人の後ろにイリスがスタンバイしているのが見えた。お子さ魔王は一瞬疑問に思うも、そもそもこの結果はイリスが齎したものだと考え直し、撫で撫ですると共にこっそり褒め言葉を添える。


「む、イリスもか。よしよし(いやいや、そもそもイリスのお陰じゃものなー?)」


「むふぅ……(えへへ……)」


「うむうむ……って、なんじゃい? お主もか?」


 お子さ魔王は感謝の気持を込めてイリスを撫で撫でしていると、更に意外な人物まで列に並んでいるではないか。まさかのネピである。


「あ、あはは? 皆様が凄く気持ち良さそうにされているので……つい?」


「……ま、ええがの」


 お子さ魔王は少々呆れながらも、ネピの更に後ろに並んでいるリフィに比べればマシか、と考え直してネピを撫でる。


「ありがとうございます! ……ほ、ほわぁっ!?」


 ダッ! ガシッ!


「あらぁああぁあ!?」


 お子さ魔王に少しばかり撫でられたネピは、素っ頓狂な声を上げて飛び上がると、後ろにいたリフィの腕を掴んで遥か後方へと走り出してしまった。お子さ魔王、ぽっかーんである。一方、連れ去られたリフィはというと、ネピに質問攻めにあっているのだった。


「(どどど、どうなってるんですか!? お館様の手! なんかこう、ぶわーっと! ふわーっと! ぎゅぎゅーんってきましたよ!?)」


「(ああ……貴女も知ってしまったのですねぇ。魔王様は無自覚に眷属をいたわろうとなさいますからぁ)」


「(眷属!?)」


 なった覚えはないですね!? とばかりにネピが驚きを返す。


「(あの方は意識されてはおりませんがぁ、自分の庇護下に置いているんだ〜っとは思ってらっしゃるようですからぁ。結局それってぇ、眷属として受け入れているのとぉ、同じことですよねぇ)」


「(眷属……)」


 まだ自分が眷属になった……いや、眷属にされていることを飲み込めないネピは、難しい顔をする。


「(その様子だとぉ、受け入れてないようですねぇ? もしぃ、眷属であることを受け入れたなら、もぉ〜〜っと、凄いですよぉ?)」


「(もっと!?)」


 ずがぼーん! と妙な擬音でも聞こえてきそうな表情を浮かべ、仰け反るネピ。リフィはというと、説明は終わったとばかりに撫で撫でしてもらおうとウキウキした感じで戻ろうと……


「おーい、何しとんじゃお主ら〜。もう上に上がるぞー」


「えぇ!? 待って下さい! 私の撫で撫では!?」


「また今度にせぇ。先に行っとるでのー」


 待ち飽きたとばかりにとっとと上に戻っていってしまうお子さ魔王。そしてドロシーを除くキノコ娘達は親指を立て、ネピにぐっじょぶと言わんばかりの満足げな表情を見せた。当のリフィは石化したかのようにその場に立ち尽くす。


「あ、あの……」


「……(ジロリ)」


「ぅひっ!?」


「……ネピさんのおやつは抜きですね」


「ええええっ!? そんなご無体なっ!?」


 ネピが楽しみにしてやまないリフィの絶品おやつは、お預けとなってしまうのだった。撫で撫でのお預けを食らった仕返しであろう。


「ぅのおおぉぉぉぉおおぉぉぉんっっ……」


 ネピの悲しげな嘆きの声は延々と垂れ流されることとなり、その声の鬱陶しさに堪えきれなくなったニューに痺れ薬を打ち込まれて卒倒するまで続いた。痺れたネピは、苦情を受けたスタッフリフィがちゃんと回収いたしました。……引きずって。

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