地下に運動場をサクッと作る

 ネピがキノコ幼女ドロシーに完敗して数日経った。ネピは身体の疲れは勿論、心に負った深い深ぁい傷が原因ですっかり塞ぎ込んでいたのだ。……まぁ、その割にご飯だけは食べに上ってくるのだが。

 そんなある日の朝食が済んでしばらくした後、お子さ魔王が食後のまどろみを楽しんでいる中、傷心のネピはぽつり問いかけの言葉を口にする。


「……お館様。私って、何なんでしょうね」


「何って……何じゃい。お主は曲がりなりにも、一応ドラゴンじゃろうが?」


一応・・……(ずずずぅぅうぅん)」


 今の所、何一つ誇れるところは知らないけれど、一応・・ドラゴンってことは確かだと思うよ、みたいな感じに聞こえたらしく、この上なくどんよりと沈み込むネピ。言葉のチョイスを間違えたことを察したお子さ魔王は慌てて訂正し直す。


「おおう!? わ、儂の言い方が悪かった! お主は一応じゃなく、ちゃんとしたドラゴンじゃよ! 何せ、いっとう最初に目の当たりにしておるでの!」


「ははは、そうですか。キノコの幼女に負けるドラゴン……(ずっずぅぅうぅうん)」


「えええ!? ああもう! なんて言えばええんじゃよ!?」


 ちゃんとしたドラゴンだよ! と言ってみても、なら何で負けたのよとばかりに沈み込み直すネピ。泥沼である。


「そんなもの、放って置いてよろしいかとぉ?」


「お主も大概酷い言い草しとるのぉ!? ……大体、あんなのが周りにいたら、気が滅入るじゃろうが?」


「では片しておきますぅ?」


「どういう意味でなの!? ちょっと止めたげて!? なんかこう、慰めようはないの!?」


 本気でどうでも良いと思っているリフィは、邪魔なら片付けますよ? とばかりの反応を返し、その片付けがどれ位のことを指すのか分からなかったお子さ魔王、最悪も視野に入れて止めさせた。ネピというか、魔王にとっての救いの手は何処に!?


「追いかけっこにしてもぉ、いっそ自分の得意なフィールドでしたらぁ、良い勝負できて多少は持ち直すかも知れませんがぁ……。何処からでもこちらの事を見ることができるこの山でそれをやるのはぁ、正直お勧めできませんしねぇ。それに何よりぃ、ネピさんは今飛べませんしねぇ」


「それだ!」


「え? えぇ……?」


 適当にアドバイスしたつもりが、ドラゴンなんだから飛べてなんぼのように受け取ったらしい魔王。善は急げとばかり、何かをや作らん! と工房へ駆け込んでいった。一方のリフィは、ただただ困惑して見送るのみであった。



 ――しばらく後、


「よし、ネピよ。これを背負ってみよ」


「これ、は……なんですか?」


「飛行機能を持たせた魔道具じゃ。思いつきのやっつけで作った故、少々見てくれは不格好じゃがな」


 お子さ魔王は、入れるところのないぺったんこの背負い袋のような物を飛行の魔道具だと言い、ネピに着けてみろと差し出した。しかし現在ずんどこスパイラルなネピは、どうやら違う意味に取ってしまったらしい。


「……これで何処へなりとも飛んで行ってしまえ、と? 私……お払い箱、ということでしょうか?(じわぁ)」


「ち、違わい! 何でそうなるんじゃ!?」


「だって……放っておけだとか、気が滅入るだとか、片すだとか……。私……私……」


「それ言ったのリフィい〜! 儂じゃないじゃろが! いや、気が滅入るとは確かに言ったけど! ……ああもう、ええからついてこい!」


 流石にそこまでのネガティブさにはもう付き合ってられんと、無理矢理にネピを地下へと引っ立てていくのだった。



 ………

 ……

 …



「うわぁ……地下にこんな広い場所、ありました……っけ?」


「先程作った」


 引きずられるようにして地下にやってきたネピは、普段住んでいる地下に見慣れない空間があるのを不思議に思っていると、お子さ魔王が事も無げに作ったと口にする。その大きさ、縦横500mで高さは50m程あるだろうか? 巨大な空洞である。ちなみに、気になる強度は魔法で補っているぞ!


「作った……? ええ!? 昨日は確かに無かったですもんね!? ……流石は魔王様です!」


「そ、そうかの? ……そう思うかの?」


「はい! やはり魔王様は凄いです!」


「ぉ、おぅ……ぅうぇへへへ……」


 余り褒められなれていないのか、お子さ魔王、ご満悦を通り越してくねくね照れまくっている。例えるならこうだろうか? お子さ魔王は褒め口撃を食らった! 効果は抜群だ! 魔王は本筋を見失っている! ……が、立て直した。


「じゃなかった! そうじゃない。あいや、儂は確かに凄いんじゃ。うむ。……それは確かじゃが、今は置いとけ」


「はい! 偉大なる魔王様!」


「はふうんっ! ……はぁふぅ。お、おほんっ、んーっんん! ……先日、お主がドロシーに負けた原因はズバリ、お主が万全でなかったからじゃな」


 ネピの追撃に、お子さ魔王はよろめいた! がしかし、何とか持ち堪えた! そして持ち直したお子さ魔王、ネピがキノコ幼女に完敗した理由をこじつ……もとい、簡潔に説明するのだった。


「私が……万全では無かったから?」


「お主はドラゴンじゃ。であれば、普通は空を飛んで獲物を見定め狙うものじゃ。それが自然なドラゴンの有り様じゃろ?」


「……確かに!?」


 今度はお子さ魔王の口撃が炸裂! 効果は抜群だ! ネピは心を持ち直しかけている!


「まぁ、可愛いドロシーは獲物ではない故、狙ってもらっては困るがの。……狙えばぶっ殺す」


「当然です! 私もお供します!」


 お子さ魔王、ドロシーを傷つけたりしたらわかってるな? ああん? とのつもりだったものの、ネピから帰ってきた答えはそんな奴いたら自分も許さないぞ! とばかりの、斜め上を行くものであった。これには流石に毒気を抜かれたお子さ魔王なのである。


(あれ? 儂の考えすぎ? 遊びが過ぎて本能が、とか……いやいや。こ奴のこの様子なら大丈夫そうかの?)

「……ま、まぁそれはそれとして、追いかけっこの話じゃ。ドロシーを追うのに元々空を飛べるお主が飛んで追いかけてはならぬ理由も無いじゃろ?」


「おおお! はい! それもそうですね!」


 お子さ魔王が口撃で畳み掛ける! 会心の一撃! ネピはコロリとだまさ……ではなく、聞き入った! 相手であるドロシーは飛べないので、ずるくないとも言い難いのだが! しかし、そこはそれ! これはこれ!


「故に、今は飛べぬお主にも飛べるよう、その魔道具を作ったのじゃ。まぁそれじゃと、高く飛んでしまえばお主は捕まらぬ故、ある種の逃げと捉えられてしまうじゃろ? 故にここに沢山の足場を……ほいっ」


「お、おおおおお!? すごい! なんか色々生えてきましたよ!?」


 お子さ魔王はだだっ広い空間に、キノコ幼女が高くまで飛び回れるよう、様々な足場を作るのだった。アスレチックってやつですかね?


「これが足場となれば、お主が逃げ続ける作戦も取れぬというわけじゃ。まぁ、その魔道具はあまり長く滞空できるようには作っておらぬ故、飛び続けて逃げるなんてズッこいマネできんけどの。……どうじゃ? リベンジ、してみるかの?」


「はい! 是非!」


 こうしてドロシー対ネピのリベンジマッチが行われることになったのだった。



 ………

 ……

 …



 リベンジマッチが決まると、お子さ魔王はマヤと遊んでいたドロシーを見つけだし、先程のアスレチック場に連れてきていた。そしてそこで待っていたネピが、ドロシーとの追いかけっこ再戦を希望していることを伝える。ちなみにマヤはしずしずとついてきている。俺っ娘なのに、お子さ魔王の前では淑女……を装いたいマヤであった。


「のぉドロシーや。ネピがのぉ、この間のリベンジ、つまり今度こそ勝ってやると勝負を挑んできておるようじゃぞー?」


「まんまぁっ!?」


 ドロシーがなんだとぅっ!? と言わんばかりの表情でネピを見ると、ファイティングポーズを取る。この幼女、ノリノリである。一方のネピは真面目に、そして暑苦しく対応する。


「ええそうですよ! ドロシー様! 私もドラゴンの端くれ! 今度こそは負けたりしません!」


「まんまぁ……まんまぁああっ!」


 ドロシーは何だとぉ……やってやんよっ! って雰囲気バリバリの表情ですね、このキノコ幼女。ノリノリ過ぎやしませんか?


「おぉぅ、ドロシーや。何ぞ妙にノリノリじゃのー? この間のことネピ死す、ごっこといい、だんだん儂に似てきておらんか? 嬉しいような面映いような……じゃなかった。よーっし、二人共準備は良いな!?」


「まんまっ!」「はいっ!」


「では……始めっ!」


「まんまーっ!!」「捕まえてみせますっっ!!」


 ドンッ! と言う音だけを残し、二人はアスレチック場中央へとすっ飛んでいった。時折、タンタンだのダーンだのの足場を蹴ったと思しき音や、「まんまー!」だの「そこだっ!」だの言う声が聞こえてくる。しかしお子さ魔王は、自分の作ったフィールドで縦横無尽に駆け回る二人の姿を殆ど捉えることができずにいた。


「……ぉぉう。けしかけたのは儂なんじゃが……何じゃいこれは。ちぃともみえ……ちょ、え? 凄過ぎや、せんかの?」


「ドロシーはぁ、もう元がキノコだったとは思えない動きしてますよねー。どういう育ち方したらああなるんでしょうかぁ? ネピさんもぉ、流石ドラゴンといったところでしょうかぁ。人化していてのあのスペックとかぁ、やっぱりドラゴン種の能力って桁が違いますよねぇ」


「え……? あ……うん。そ、そうじゃね」


 リフィが動き・・などと言ってる所を見ると、彼女は目で認識しているかどうかはともかく、二人の事を追えているらしい事が察せられる。もはやこの場にあって、一人蚊帳の外のお子さ魔王は何となく寂しくなり、魔王についてきて借りてきた猫になっていたマヤの手をそっと握る。急に手を握られた側のマヤは、敬愛する魔王からの接触にどうしていいやら分からず、その手以外の部分をワチャワチャさせて何とか耐えきるものの、茹であがって俯いたのだった。……耐えたというか許容を超えたのかな?


「でもぉ……そんなドラゴンをあっさり封殺しちゃえる魔王様はぁ、とても偉大なお方ですぅ」


「うにゃんっ!? ……しょっ、そうかの?」


 置いてけぼり感満載だったお子さ魔王は、思わぬ称賛に噛みかけるものの何とか繕うことに成功する。が、そこはリフィ、畳み掛けてきた!


「えぇそうですともぉ。流石は我等の敬愛する偉大な魔王様ですぅ」


「はにゃあああんっ」


 大絶賛の言葉で、妙な悶絶の仕方をするお子さ魔王。リフィあなた、もしかしなくても先程ネピに褒め殺されかけていたお子さ魔王をじっくり観察していましたね?


「うふふふぅ〜」


 凄いよリフィさん。まさかの確信犯であった。

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