ドラゴン少女対キノコ幼女

 数日後の魔王の朝ご飯の風景。


「こぉっ!? こっ、これっ! これも美味しいです!」


「あらあらそうですかぁ? それは何よりですぅ」


 普段はキノコ娘たちと同じく、地下で暮らすことになったネピだが、ご飯時だけ魔王の小屋に上ってきて一緒に食べている。というのも、最初の日の夕食時にご飯をどうするか聞いた所、一度の食事で食い溜めするのでしばらくは不要との回答だった。……が、美味しそうな匂いに興味が湧いたらしく、一緒に食べたいと参加し、リフィのご飯にいたく感動したのだった。それ以来ずっと一緒に食べているが、その都度大仰に感動するものだから、お子さ魔王の機嫌は余り良くなかったりする。静かに食べさせろと言いたいらしい。……そんなあなたも、ごちそうには割と大げさに反応してますからね?

 余談であるが、キノコ娘達はリフィを含めて基本的に寝たりしない。ドロシーだけは例外で、お子さ魔王とずっと一緒にいて、夜も一緒に寝てたりする。更に寝ぼけたりするとまるまんまキノコの姿になることもあるらしく、初めてそれを目撃した寝起きの魔王がドロシーがいないのと巨大キノコの出現とでパニックを起こしたのは想像に易いだろう。

 話を戻して、ネピである。


「これもこれも……何時もながらなんですか、このご飯の美味しさは!?」


「まんまー!」


「あ、はい! ドロシー様の言うとおりですね! 申し訳ありませんリフィ様! お会いした当初よりメイドに徹されておられましたので、このネピ、あなた様のことを侮っておりました! ここに謝罪申し上げます!」


「いえいえ〜、気にしなくて良いのですよぉ」


 ネピがリフィの食事を絶賛しながらも、信じられないとばかり口にするので、ドロシーが「ねーねの作ってくれるご飯は最高なの!」とばかりに文句を挟む。すると直ぐにネピは素直に自身の誤りを認め、リフィを称賛すると同時に謝罪するのであった。しかし、もちろんリフィはそんなこと気にしない。……のだが、ネピもまた引き下がらないのであった。


「そうは参りません! このネピ! 自分がいかに矮小であったか! ここに来てからというもの、そのことを日々実感し通しであります!」


「……暑苦しい」


 そう……魔王の言うように、ネピは暑苦しい性格をしていた。いや元々そうだったのだろうが、ドラゴンという種を鼻にかけて傲慢になり、殺されかけて卑屈になりした第一印象が濃かったのも確かだ。それが慣れてきたのか、ここ最近は元の性格が表面化しきているのだ。そんなキノコ娘達と楽しげに話すネピの様子にお子さ魔王がぶっすーとしてると、ネピが思いも寄らないことを言い出すのであった。


「あ! そうだ! 時にお館様! 私めにも何か役割を頂きたく存じます!」


「お館さまってなんじゃい……。っつか、役割、じゃとぉ?」


「はっ! 聞けば、地下のリフィ様の眷属方もあのような幼い容姿でありながら、それぞれ何かお役目を担っておられるとか。更にはこの最も幼いドロシー様ですら、素材生成なる重要な役割を任されているだとか! であれば、新参者の私めがだらだらと過ごして良いはずもございません!」


 数日も経てば、同じ地下に住むキノコ娘達皆と顔くらい会わせている。その際、色々話を聞いていたらしい。もっともこの暑苦しさ故か、内一名から苦手に思われていたりする。


「役割のぉ……。って、あれ? 新参者も何もお主、飛べるようになるまでの間じゃったろうが? 何? 割と本気でここに居着くつもりなの?」


「………………(ふいっ)」


「こ奴、リフィの美味い飯にころっといきよったな……?」


 役割などというものを割り振れば、堂々とこの魔王の小山に住み着ける理由となる。もしやそれが目当てで言い出したのかと、ぽろっと疑問の声が漏れた魔王であったが、図星を指されたらしいネピは視線をそっと逸らすのだった。リフィの料理にコロッといってるのはあんたもでしょうに。


「まぁええわい。そうじゃのぉ……何か……!? おお! そうじゃ! お主、ドラゴンじゃし、寒さとか関係ないじゃろ。お主向きのええ仕事があったわ。受けてくれるか?」


 ネピのことを言えた義理ではないはずのお子さ魔王は、呆れながらも良い案があることにぴーんときたのだった。


「はっ! 何なりと! 寒さに完全な耐性があるわけではありませんが、他種族に比べて頑強ではあると自負しております!」


「では早速じゃが、飯の後に役割を言い渡すとしよう。しかと務めを果たしてみせよ」


「はっ! 全力で任務に当たらせて頂きます!」


 そして皆で朝ご飯を平らげたのであった。もちろん一番食べたのはキノコ幼女のドロシーである。



 ………

 ……

 …



「では任務を言い渡す」


「はっ!」


 朝食を食べ終えた一行は、まだ雪が深く積もる小屋の外へと出てきていた。ネピはどんな任務を言い渡されるのかと、大きくない胸を期待で膨らませ、魔王の言葉を待っていた。


「お主に与える任務。それは……ドロシーの相手を全力で務めることじゃ!」


「はっ! ドロシー様の相手を全力……で? え? ど、どういう意味で? ドロシー様は戦闘技術をお持ちなのでしょうか?」


「まんま?」


 こんな幼女が戦えるんですか? ととんでもないことを言い出すネピに、そうなの? とこてりと首を傾げるキノコ幼女。何この子、可愛い。


「阿呆! ドロシーが戦えるわけ……ないよね?」


「無理かとぉ」


 思わず魔王がネピの言葉を否定する……が、そこは不思議っ子ドロシーである。なのでお子さ魔王、自信なさげにドロシーのことを最も分かっているはずのリフィに、ドロシーって戦えるの? と問いかける。答えはもちろん、ノーである。


「そうじゃよね、さすがにね、うん。……おほん、戦えるわけ無いじゃろが! そうでなくての。ドロシーは元気いっぱいのため、儂では遊びの相手にならんのじゃ。外は寒いしの。故に、お主にドロシーの遊び相手になってもらおうという訳じゃな」


「は、はぁ……。それが。私の役割、ですか……」


 想像とは違っていた任務……というか子守を押し付けられたことに、がっかり感を隠す気もなくしょげるネピ。しかし魔王、ちゃんとモチベーションを上げる方法を心得ていた。


「そう不満な顔するでないわ。儂にできぬことを補完するのだと思えば重要な任務ぞ?」


「お、おお! なるほ……ど?」


「それにもしちゃんと務めあげれたなら、更に別な任務を見繕ってやろう」


「おお! それなら身も入るというもの! このネピめにドロシー様のお相手、お任せくださいませ!」


 この魔王、なんと二段構えの作戦よいしょを用意していたのだった。


「よしよし、言ったの? よーし、ドロシーや。今日はこのネピがお主と全力で遊んでくれるそうじゃ」


「!? まんっまー!! まんまっ! まんまっ! まんっまー!!」


「おうおう、何時にも増して元気いっぱいじゃな。じゃあネピ、気張るんじゃぞ」


「はっ! お任せあれ!」


 一方は元気いっぱい、もう一方はやる気満々で、雪の中へと突撃していったのだった。


「……果たしてどう転ぶかのぉ」


「どうでしょうねぇ」


「お主はどっちじゃと思う? きっと追いかけっこになるじゃろう。であれば、儂はドロシーじゃと見ておるが……」


「……私達の常識から外れてしまっているドロシーとぉ、人化しているとはいえ種として優れているドラゴンの体力ですかぁ。見当も付きませんねぇ」


 リフィの眷属であるはずのドロシーは、既に理解の範疇を超えてしまっていた。一方のドラゴンなネピについても、実際にはどれくらいのスペックか計り知れないため、リフィは判断しかねたようだ。そこでいたずら顔の魔王はこんな事を言い出した。


「もしドロシーが勝つ予想が当たったならば、夕餉には何ぞ一品足してもらおうかのぉ」


「ではネピさんが勝てばぁ、魔王様のおかずをネピさんに一つ譲るってことでぇ」


「なんでじゃ!? そこはネピに一品足してやればええじゃろうが!?」


 しかし魔王に利しか無いその提案は、リフィの一言によって綱渡りへと変貌してしまったのだった! つまり、賭けである! 言い出しっぺの魔王が乗っからないのは許されたりするだろうか!? いや、ない!


「賭けってそういうものですよねぇ?」


「ぬぐぐ……ええい分かった! それで行こう!」


「うふふぅ、賭け、成立ですねぇ」


「……ドロシーや、信じておるぞ」


 何とも安っぽい信頼である。



 ――一方のドロシー達は。


「して、ドロシー様。まずはどんな遊びをなさいますか?」


「まんっま」


 何して遊ぶと聞かれたドロシーは、自身が最も得意な追いかけっこを提案するのだった。


「追いかけっこ、ですか? ……失礼ながら私、追いかけるのは大の得意でありますよ?」


「まんっまー!!」


「良いでしょう! 受けて立ちます!」


 しかしネピの方も、追いかけるのは得意だと薄い胸を張るのだった。……ネピの得意だって言った根拠は、ドラゴン形態の時の話ではないでしょうかね? しかしその言葉を受けてやる気十分と見たドロシーは、最初ハナから全力全開で飛び出していくのだった。


「まんまー!」


「おおお!? なんと言う加速!? 本当にきのこの化身ですか!? しかしながら私に追いつけない速さではない!」


 自信満々だっただけはあるのだろうか? もの凄い速度でラッセル車の如く、雪を舞い上げて突き進むドロシーに、ネピもぴったりと後をついていくのだった。それをちらりと後ろを確認したドロシー、手加減無用と判断したのかマヤと遊んでいた時のように、飛んだり跳ねたりと3次元フル活用で引き離しにかかるのだった!


「まんまっ! まんまっ! まんっ! まー!」


「よっ! ほっ! はっ! とああっっ!」


 ネピも負けじと、ドロシーに引けを取らない機動力で後を追いかけていくのである。……追いかけっこ、だよね?



 ………

 ……

 …



 昼食の時間に差し掛かり、ネピにドロシーの相手を丸投げしたものの、流石に心配になって山小屋の扉付近でウロウロしながら二人を待つお子さ魔王。外に出ない辺りがこの魔王らしいところである。そこに小屋の外から声がかかった。


「まんまー」


「む? 帰ってきたか! おお、ドロシー。見るからに機嫌が良いのぉ! 楽しかったかや?」


「まんまー!!」


 キノコ幼女、満面の笑みである。


「で、ネピはどうした?」


「……まんまー」


「ぬ? うぉぅえっ!? ネピ! ネピや! しっかりせんか! 息しとるか!?」


 キノコ幼女の視線の先には、雪中に頭から突っ伏して身動き一つしないネピが居た。お子さ魔王、一瞬死体か!? とビビるも、ネピと気づくやいなや、状況のまずさに慌ててネピを引き起こす。


「……ひゅおっ! ……ゼヒュー、ゼヒュー」


「……おお、生きとった。……な、なんか済まなんだの。ドロシーの相手がそこまでであったとは思わなんだ」


「ゼッ、ゼッ、ゼッ(ぐっ! ……パタ)」


 生きも絶え絶えのネピは、それでも何とか親指を立ててやりきりましたという顔をして見せ……力尽きた。


「ねぴぃいいい!?」


「まんまー!!」


「……二人して何ネピさんで遊んでるんですぅ? 早く運んであげて下さいなぁ」


「へーい」「まんまー」


 こうしてドロシー対ネピの全力追いかけっこ対決は、ドロシーの圧勝に終わった。


「今思えば以前儂が付き合った際、あれでも手加減されておったんじゃな……」


 凄いキノコ幼女なのであった。

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