ドラゴン、居候になる

「ぐすっ……ぐすっ……」


「……まったく」


 ドラゴンが自身の情けなさで号泣した時、割りを食ったのはお子さ魔王であった。何せ滝のような涙の直撃を食らって、危うく流されそうになったのだ。何とも情けない悲鳴を上げながら、流されまいとするお子さ魔王であったことよ。何とか流されずに済んだものの、滝の正体は涙である。塩っぽくてベトベトするぬるま湯にずぶぬれともなれば、すぐに冬の寒さで温度が下がり体が冷える。凍えそうな思いをしたお子さ魔王、そりゃあ怒りもする。しかし、いかな目に遭わされたとしても、ドロシーに怒っちゃ駄目と言われれば怒るに怒れない。怒りをぶつける対象を封じられたお子さ魔王、憤懣やる方なしとは正にこのことであり、ゆえにぶっすーとした表情を浮かべているのである。なお、塩気のある温水をぶっかけられた綺麗好きのお子さ魔王、さっさと魔法で全身身綺麗にしていたりする。


「鬱陶しいから泣き止まんかい。っちゅうか、泣きたいのはこっちじゃわ」


「ご、ごめんなさいっ!?」


「おーい。必要以上に怯えるでないわ。ドロシーに見られでもしたら、また儂が怒られるじゃろうが」


「はう……」


 一方のキノコ娘達は、何をする気なのか地下に潜ってしまっていた。故にここには二人きりなのだが……出会いが最悪だったため、建設的な会話は今の所……0である。


「……はぁ〜〜〜〜」


「(ビクゥッ!)」


「……一々過剰に反応するんじゃないわい。襲撃時のあの偉そうな態度は何処へいったんじゃい」


「圧倒的格上の相手を前に、格の違いを見せつけられた後になっても強がれるのは、生物としてどうかと思います!」


「はっ。生物として最も大事なその強さも測れぬ半端者の分際で、よーいうわ」


「ふっぐ……ぶ」


「ええい! 泣くな! 鬱陶しい!」


「ふぐぅ〜〜〜」


 もはや相手するのも面倒くさくなってきたのかこの魔王、とっちめておいて言い草がメチャクチャである。このドラゴンもドラゴンで、情けないことこの上なしと処置なしであった。


「しかし若い個体だとは思っておったが、若過ぎやせんか? お主らはあの時代・・・・を経て、数が激減しておった故、若い個体の育成にはかなり神経を削っておったのではなかったか?」


「あの時代が何を指すかは分かりませんが、本当なら私も集落で守られている世代です」


「じゃよな。……何じゃい本当ならって? ……あっ」


 お子さ魔王、何となく耳に残った言葉を拾って思わず聞き返してしまう。すぐ後で余計なことを聞いてしまったと思うも、興味が出てしまったのだから仕方ない。


「? あの、あの、えっと……ある日うちの集落に、白髪で妖艶な魔女が現れたんですぅ」


「よし分かった。……その話は聞かん!」


「え? は、はぁ……」


(絶対面倒事じゃ! 儂は聞かんぞ! しかも白髪・妖艶・魔女ときた!? それが知り合いだったりしたら、ぜ〜〜〜ったい! 巻き込まれる! そうなったら後悔するどころの話ではないわい!)


 お子さ魔王、魔女という響きに何かしらの心当たりがあったらしく、この若ドラゴンの話は聞かないと決めた。果たして厄介事の方は、お子さ魔王のことを放って置いてくれるだろうか?


「まんまー!」


「お待たせしましたぁ」


「む? 帰ってきおったか。一体何しとったんじゃい?」


「ドラゴンさんの部屋ですぅ」


「「……は?」」


 以外過ぎる答えに、ドラゴンとお子さ魔王、綺麗にハモる。


「の、のぅ? リフィや? なぜこ奴をうちに置く話になっとるんじゃ?」


「そそそ、そうです! お邪魔できる身分ではありませんし!」


 許可さえ貰えれば、すぐにでもお暇したいという気持ちが態度にありありと出ている若ドラゴンであるが、リフィは小首をかしげてはてなマークな表情を浮かべる。


「? ドラゴンさん、今飛べるんですぅ?」


「え? 飛べる、と思いますが……って、あれ!?」


「へ?」


 ドラゴンが体に魔力を張り巡らせ、体を浮かせようとするも……その魔力がすぐに霧散してしまう。お子さ魔王の方も、どゆこと? といった感じで目をまん丸にするのだった。


「私の見た所、体のあちこちのマナの経路がずたずたですぅ。しばらくは空を飛べないですよぉ?」


「う、うそ……(ジワァ)」


「ままま、まて!? 儂、そこまで酷いことしとらんぞ!?」


 どうやって調べたかは不明だが、ドラゴンは空を飛ぶために必要なマナを全身に行き渡らせる機能が不全を起こしているらしかった。それを聞かされたドラゴンは涙を浮かべ、とばっちりでまたキノコ幼女に起こられると思ったお子さ魔王、慌てて無実を訴える。


「そうですねぇ。このドラゴンさんが魔王様の張った協力な結界を2つぅ、無理やり突っきってきた影響だと思いますぅ。勿論、魔王様は関係ありません〜。ドラゴンさんの自業自得ですねぇ」


「じ、じごうじと……はふぅ」


 ズズーン!


 文字通りずずーんと力なく体を雪中に落として落ち込むドラゴンの図であった。そのさい少々どころではない雪が舞い上がって、巻き込まれた魔王は内心ご立腹であったのだが、視界の向こう側にきゃっきゃとはしゃぐキノコ幼女を見つけてしまっては怒り難いというものだ。


「まぁ……理由は分かったがの? どうやってこ奴を地下に移すんじゃ? わざわざ儂が転移させてやるのか?」


「いいえ〜? それも良いと思いますがぁ、このドラゴンさんは若い個体ながらぁ、人化の術位は使えると思うのですぅ」


「そうなのか?」


「……ええ、そうですね。使えます」


 いつの間にか復活していたドラゴンが、雪中に突っ伏しながら答える。


「あんな性格しとったんじゃったら、見下しとる人間なんぞに好き好んで変化せんじゃろうが? 使いどころなんぞ無かろうに、何とも無駄な技術じゃのぉ」


「ふぐっ!?」


「まぁまぁ。どうして里を出てきたかは謎ですがぁ、何があっても生きられるよう、人化の術は最低限のスキルだと聞いたことがあるのですぅ」


「それじゃ。なんで覚えさせる術が人化に限定しとるんじゃ?」


「人は数が多いですからぁ」


 木を隠すには森、木なら森の中では目立たない。ドラゴンではどこでも目立ってしまうが、じゃあとにかく多い人間になっちゃえば目立たないよ! ということらしい。が、お子さ魔王は納得のいかない様子だ。おそらく、人間に紛れて生きていく前に、人間として生きるための教育が足りてないと言いたいのだろう。


「……ふぅむ。良う分からんが人化できるなら人化せえ」


「わかりました……」


「え? ぬおおおおっ!?」


 と、ドラゴンが人化の魔法を使うと、辺りに光が満ち溢れる! そういう事は早く言えと、眩しさに顔を顰めて悲鳴を上げるお子さ魔王。溢れる光が収まって目が開けられるようになると、そこに現れたのは黒いセミロングの髪を持つ気の強そうな……全裸の少女が現れた! お子さ魔王、一瞬固まり大絶叫!


「……あほ――――っ!!」


「ひゃああ!? な、なんなんですか!?」


「お主ら鱗を服のように変化させられるんじゃろうが!」


「……おお!? そうでした!」


 何故かドラゴンの人化の術の事を知るお子さ魔王から突っ込まれたドラゴン少女。大人たちからも注意を受けていたと思いだし、すぐ鱗で服を生成すると、リフィと同じメイド服の少女がそこに姿を現したのです。って、やめません? その服。


「……何でメイド服なんじゃ?」


「目の前にお手本があったからですが……」


「手本、か。じゃあ、他の服にもなれるな? リフィ、足がお主に買ってきた服、あったじゃろ? 持ってきて見せてやれ」


「分かりましたぁ」


 メイドのドラゴン少女はすぐ普通の服に、鱗を模様替えしましたとさ。


「……今更じゃが、リフィはリフィで何処からメイド服なんぞ持ってきたんじゃ?」


「作りましたぁ」


「作ったの!?」


「はい〜」


 無駄に万能リフィさんであった。



 ………

 ……

 …



「ここが私の部屋……」


「はい〜。ここでご自由に過ごして頂いて構いませんのでぇ」


「ありがとうございます!」


 人化したドラゴン少女を伴って地下に移動した一行は、リフィが整えた住居用の部屋の一室に案内していたのだった。


「ちょっと待てぃ。なんでリフィがこ奴に許可を出しておるんじゃ? ここ、儂の家よね?」


「駄目ですかぁ? せっかくドロシーも手伝ってくれたのにぃ? ねぇ、ドロシー?」


「……まんまー?」


 リフィがドラゴン少女を歓待する様子に待ったをかけるお子さ魔王。しかしリフィはドロシーと一緒に用意したのにねー? っとばかりにドロシーを巻き込んだ! 駄目なの? とばかりに首を傾げる幼女の精神攻撃! 効果はてきめんだ!


「うっ……お、お主! 最近卑怯じゃぞ! ドロシーを盾に取るようになりおって!」


「うふふぅ」


 結局最初から最後まで、お子さ魔王に決定権は与えられなかったのである。キノコ幼女ドロシーは、無敵の切り札であった。


「まんま?」


「ええそうですよぉ。ドラゴンさん、住んでも大丈夫ですって」


「まんまー!」


 キノコ幼女、完全勝利に諸手を上げて満面の笑みである。


「あ、ありがとうございます! リフィさん! ドロシー様!」


「くぬ……はぁ、仕方な……っとまて。何故ドロシーに様付けしとるんじゃ? 主に部屋を用意したんはリフィじゃぞ?」


「え? あ、いえ、だって……、ドロシー様は命の恩人ですから」


「……あー? あー、まー、そーじゃったなー。そう言えなくもないのー。っちゅーか、リフィはそれでええのか?」


 とドラゴンが答えると、そういえば? と、今までの経緯を思い出すお子さ魔王であった。しかし、リフィにも世話になっているはずなのに、扱いの違いが気になった魔王はリフィに問う。……が、ちょっと斜め上の答えが返ってくる。


「私は魔王様と妹達、それに眷属以外どうでも良いですぅ」


「おおぅ、儂が人の事を言えた義理ではないが……お主もお主で、なんか、あれじゃの。……ま、ええか。ドラゴン娘もここにしばらく居着くことになるんじゃし、ドロシーの姉妹達の事もおいおい紹介してもらうとええ」


「分かりました!」


 これでとりあえずは一見落着である。……ただ、何時ものお約束が待っていた。


「っちゅーかお主、何ちゅう名前なんじゃ?」


「へ? あ、そういえば名乗っておりませんでした。私の名前は、ネピと申します」


「ネピ? ……変わった名前じゃな?」


「凄く長い名前なので略しております。正確には……」


「よし分かったネピじゃな覚えた」


「……はぁ」


 区切りすらほぼ入れずに早口で言い切るお子さ魔王に、ネピは呆気にとられて曖昧に頷くのみ。


「うふふぅ、魔王様ってば聞くのが面倒になったのねぇ」


「えぇぇ……」


 リフィの補足説明にネピ、絶句。ただ、お子さ魔王ならずとも、とにかく長いだけの名前を覚える気はないだろう。それに今回は居着くと思ってなかったので、今になって名前を聞いたのもこれまた仕方ないといえるだろう。

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