ドラゴン襲来
キノコ娘たちとの親睦を深めた日の夜も雪が降っていた。なので次の日の朝も、お子さ魔王は日課のように、自身の住まう山小屋の周辺の除雪を行うのだった。
「ぶるるっ、さっぶいわい」
「まおーさまはー、まほーでー、あったかくできるんじゃー、ないですかー?」
「……すまんすまん、朝一は自然の空気を吸うと決めておるんじゃが、お主には堪えるのじゃったな。ほれ」
「ふぉおお〜♪ 暖かいですぅ」
魔法も使わずに外に顔を出したお子さ魔王と、それに律儀に付き合うリフィ。当然寒さで活動が緩やかに……というか、眠りに落ちる寸前になっていた。その様子に慌てて魔王は魔法で暖を取らせるのだった。
「しかしやっぱりあれは特別か?」
「そーですねぇ」
「まんまー!!」
ラッセル車の如く、雪を吹き飛ばしながら駆け回るキノコ幼女。先日、さんざんマヤと走り回ったであろうに、寝て起きればご覧の通り無限の体力であった。
「まんまー! まお、しゃ、まんまー!!」
「おおう、先日に引き続き、儂にも来いと言うておるのか……」
「そうですねぇ。今回は魔王様に限定しましたねぇ」
「ふぉっ……」
またしても、無限の体力を持つ幼女につきあわされた記憶が蘇り、お子さ魔王はぶるりと身を震わすが、それとは違う寒気が魔王を襲った。
「!? ドロシー! 戻れ!」
「まん? まー!?」
その寒気は、何者かがお子さ魔王の結界を力づくで破った感触であった。その何者かがどんな輩であるのかには、お子さ魔王は想像がついていたので、ドロシーの同意も得ぬ内に魔法によって無理やりドロシーを引き戻す。ドロシーは何だろうと振り返った瞬間、すぽーんと雪中から中に投げ出され、魔王の下に引き寄せられる。そしてドロシーを無事引き寄せたお子さ魔王は、半年ぶりとなるご自慢の顔芸を披露するのだった。
「(ぎにぎにぎに……)」
「まんま?」
苦虫を口いっぱいに頬張って咀嚼するかの如き顔をするお子さ魔王に、キノコ幼女は「変なものでも食べちゃったの?」とばかりに、魔王の頬をすりすり撫でる。その仕草に一瞬頬が緩みかけた魔王であったが、目前に招かれざる客が姿を現したことで、表情を苦虫以下略の顔に引き締めるのだった。
ズズーン!
「まんまー!?」
「(ぎにぎにぎに……)」
「あらまぁ……」
「グルアアアアオオウウウ!」
魔王達の目の前に、轟音と共に降り立った漆黒の巨大な存在……ドラゴンである。
(か――っ! やっぱり空飛ぶトカゲか! しかも見るからに若い奴! こ奴ら、特に若い奴等は話が通じんから、結局屠殺する以外ないんじゃよな……。肉も美味い、とも言い難いしのぉ……。素材にするにも希少性の面で微妙じゃしのー……)
お子さ魔王は想像通りの奴が来たと、顔芸に一層磨きがかかるのであった。この魔王、ドラゴンを希少素材と見ない辺り、どういう理由があるのかと言うと……その素材を独占できてしまうからである。
普通の人間社会ならすぐに噂が広まり、恐ろしい勢いで素材を欲する者達からたかられてしまう。つまり、普通なら一個人が独占できるような代物ではないのだ。さらに言えば、一ギルドで独占することでさえも不可能である。下手をすれば、ギルドと地方領主、果ては国との争いにまで発展する可能性があるからだ。多方面への影響を鑑みた結果、通常の人間社会では広く周りに公募をかけての競りが行われるため、元々高いはずのドラゴンの素材は必然的に更に高騰してしまう。何せ滅多に討伐されることのない、天上の存在なのだから。……が、魔王にとってはただの空飛ぶトカゲであった。
この魔王の性格上、いくら素材が欲しいからとはいえ、自発的に狩ったりしてはいないのだが、ちょっかい掛けてくれば遺恨を残さないためにも狩る。一度相手に情けを掛けた事があるのだが、仕返しとばかりに一族で大挙して押し寄せてきたことがあるのだ。その時の魔王、超切れた。住処を変えざるを得ないレベルで暴れたもんだから、以来、手加減しないことに決めている。しかし、今の住処に変えてみても、来るものは来てしまう。それも何度も来るとなれば、素材としても使いきれずに余るのも当然。故に食傷気味なのだ。
一度気紛れで人間の町に卸した所、大騒ぎとなり、非常に、ひっじょーっに! 面倒な思いをしたことがある。根掘り葉掘り尋問に近い形で聞き出され、あちこち引っ張り出された挙げ句にもみくちゃにされ、更にはひっきりなしに人が訪れ……とまぁ、トラウマなのである。人間嫌いに拍車がかかった瞬間であった。なお、ギルドに預けられている大量のお金の大半は、その時のドラゴンが売りさばかれた結果であったりする。
以上を踏まえ……このドラゴンの運命や如何に!?
「グアハハハア! 何だここは! 妙に我を追いやろうとする結界が張られていると思えば、其の正体はなんてことのない、ただの小さな山ではないか! む!? おかしなまでの巨大な魔力! お前か!? あの忌々しい結界を張ったのは!?」
(うるっさ! これじゃよ……阿呆のような大音量での物言い。ちったぁ相手に合わせんかい!)
「……全く、一々やかましいのぉ。結界のことならそうじゃ。儂が張った」
魔王の小山に降り立ったドラゴンは自分の大きさからどのような声が発せられるか分かっていないらしく、大音声でしゃべるのだった。一人まともな耳を持つお子さ魔王は、うるさいとばかりに耳を抑えつつドラゴンの問いに答えると、ドラゴンは突然いきり立つのだった。
「そうか! お前がか! 良くも我の心地良い空の散歩を邪魔してくれたな! 覚悟はできてるんだろうな!?」
「邪魔するも何も、ここに儂が住もうておるのじゃから、邪魔しに来たのはお主のほうじゃろうが」
「なんだと!?」
「そもそも覚悟ってなんじゃい? 儂を食い殺しにでも降り立ちおったのか?」
「ふあははは! お前のようなちんちくりん、腹の足しにもならぬが我をなめた罰だ! せめて偉大な我の一部となれる事を光栄におもべっ!?」
体を起こし、首をもたげたドラゴンであったが、そのセリフを吐き終わらない内に、魔王の小山へと全身を縫い留められたかの如く伏せさせられるのであった。
「なぁっ!? がっ! うごけんっ!?」
「よーし、リフィや。地下の倉庫から解体用の巨大ノコギリを持ってきてくれぃ」
「かしこまりましたー」
「解体用!? なっ、なんだっ!? その物騒な響きは!?」
ドラゴンが聞き捨てならぬとばかりに目を開き、慌てて起き上がろうとジタバタするが……微動だにしなかった。
「まんまー?」
「喜べドロシー。今日はドラゴンステーキじゃぞー」
(あーんま美味くはないがのー)
「まんまー!?」
「すすす、すてーき!? わわ、我を、食べるつもりかぁっ!?」
全く動けなかったことに一度は心折れかけたドラゴンだったが、ステーキにされるかも知れないと分かると、このままでは命が危ういとばかり、再びジタバタし始める。
「何じゃい今更。儂のことを食おうとしたんじゃ。逆に食われる覚悟ぐらい、あるんじゃろ?」
「なっ、ななななな、なあああ!? そんなものっ! このっ、くっ、うごけっ! こっ、こんなはずはっ!」
「お待たせしましたぁ」
「いっひぃぃぃぃいい!?」
こんなはずはと言わんばかりに悪あがきするドラゴンであったが、巨大ノコギリを抱えたリフィが現れたことでパニックを起こす。尚、このノコギリ、業物である。下手すれば鋼鉄をも切り裂ける逸品だった。そしてそれがドラゴンの首に当てられ、プツリとあっさり鱗を貫通し……
「いっ!? ひっ! ……うわあああああああんっっ! ごめんなさああい!!」
「……何じゃい。今度は泣き落としか? 儂には通じんぞ?」
「おねがいやめてたすけてたべないでぇえぇ……」
「おおう、急に卑屈になったのぉ」
最初の威勢の良さは何処へいったのか、情けなく命乞いを始めるドラゴンであった。お子さ魔王は、泣き落としは自分には通じないと言っていたが、あなた割と良くほだされていますよ? 実際、さめざめと泣き始めたドラゴンのその姿に、お子さ魔王が少々気持ちが萎え始めた頃、
「まんま?」
「なんじゃドロシー? こ奴を助けようと言うのか?」
「!?」
可哀想だよ? 助けてあげよ? とばかりにお子さ魔王のローブの裾を引っ張るドロシー。天使か。思わぬ方向から救いの手が差し伸べられそうになったことを察したドラゴンの目が期待に満ちる。
「じゃが、こ奴を助ければ、ドラゴンステーキは食えぬぞ?」
「ひぃ!?」
「まんまー!」
食欲全開なドロシーなら食べるのを選ぶのではないか? と思ったお子さ魔王が、ドラゴンステーキを盾にした! そのセリフにドラゴンは恐怖に震えた! それに対し、いじめちゃ駄目! とばかりにぷりぷりするドロシーであった。天使だった。お子さ魔王はそんなドロシーの様子に敵わぬとばかりに苦笑を返しながら、ドラゴンにかけた魔法を解く。
「分かった分かった。そもそも大きなトカゲなんぞ、こ奴でのうてもいつでも狩れるしの」
「うぇっ!?」
「何じゃ、儂相手に手も足も出なんだお主が、その強さを侮るつもりなのか?」
お子さ魔王の物騒な言葉に、雑魚かったドラゴン、雑魚ドラが驚きの反応を示したことに、お子さ魔王が噛み付く。
「あいや、そうではなく……。我……あ、いえ私はドラゴンで言えばひよっこもひよっこで……」
「お主らの見た目でどの位かなんぞ計れようか。人間で例えてみんかい」
「えっと、ドラゴンの生態から換算してみると、13か4……位でしょうか?」
このドラゴン、なんと成人も済んでいないお子様なのであった。人間換算の見た目にしたなら、リフィを除いたら最年長であるとしても……である。それに聞く人が聞けばこう言うだろう。中二かよ! と。尚、コピアは一部の発育が良いだけで、そこに目をつぶれば10歳位である。
「はぁ〜〜〜。のお? そぉんなガキが、何粋がっとんじゃ? おぉ? あれか? 種の強さを頼りに、他の種族が恐れ慄く様を見て悦に入りたかったのか?」
「ううう……改めて言われると最低さ加減が心に来ますが、概ねそういうことですぅ。ごめんなさいぃ……」
「まんま?」
この二人の遣り取りに、ドロシーがまたいじめてるの? と問いかけてくるも、お子さ魔王、そこはきちんと説明してドロシーの勘違いを正すのである。
「うん? ああ、違うぞドロシー。これはこ奴をいじめておるのではないぞ。こ奴はな、今までずっと悪さをしてきておってな、しかし誰もこ奴を叱れるものがおらなんだのだ。皆がこ奴より弱かったからじゃの。じゃが今、こ奴より遥かに、とーっても強い儂がここにおる。故に、儂が皆に代わって叱っておるのよ」
「まんま?」
「ううう……はいそうですぅ……」
キノコ幼女のそうなの? と言わんばかりの問いかけに、もはや偽りは意味がないと観念したドラゴンが肯定する。その言葉を聞いたキノコ幼女、ドラゴンを指差し、
「めっ」
「………………(だっぱ――――――っ)」
ドラゴンに向かって悪いことしちゃ駄目だよ、と叱る。ありがとうございます、天使過ぎるドロシーでありました。そしてドラゴンが幼女に諭される図の余りの情けなさからか、涙腺の崩壊したドラゴンは滝のような涙を噴き出すのだった。
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