ドラゴンの里に行……きたくない

 季節はまた春


「ふむ、良い陽気じゃのぉ……」


 魔王の住む小山に降り積もった雪も何時の間にか溶けて消え、寒さも次第に和らいできていた。……春である。


「未だ早朝は寒い故、昼にならんと中々外に出たいと思えんがのぉ。早朝なら夏じゃ」


 有名な書を著した才女が聞いたら「まぁ!」と言っちゃいそうなセリフである。というか真冬の一番寒い時にも、魔法で暖も取らずに外に出ていたお子さ魔王のセリフじゃないですね。時期によって見たいものが変わるんでしょうか。それはさておき……お子さ魔王ー、後ろ後ろー。


「まんまー!」


「にゅごおっ!? ……っとっとっとおおぅ!? ……ななな、なんじゃ!? ドロシー! 後ろから突っ込んできたら怖いじゃろうが!?」


 キノコ幼女のドロシーが、お子さ魔王の後ろから突っ込んできたのだった。滅多な事では魔王にタックルなどしないドロシーなので、何かしら理由があってのことだろう。しかしその相手は、過去に何度も自身の住まう山のなだらかな坂を転げ落ちてきていたお子さ魔王である。家の中はともかく外でのタックルは、大惨事をもたらしそうで非常に怖かったのだ。


「まんま! まんまっ!」


「うぬぅ? なんじゃ? 何を怒ってお……ネピ? ネピがどうし……あああああっ!?」


 何やらプンスコ怒るキノコ幼女は、全身で不満をあらわにするものの、お子さ魔王には今一通じなかった。が、何故か魔王を非難するキノコ幼女の視線や指先にはネピの姿がある。つまり……何かしらの話をネピから聞いたということになる。


「のぉ? ネピや? ……もしかして?」


「え? ああ、ドロシー様がお話をねだられましたので、色々お話して聞かせていたのです。しかし話のネタが尽き、しかたなく身の上話などしてみた所、そのようにぷりぷりお怒りになられて……」


 ドロシーが怒っている理由は、お子さ魔王が面倒事に巻き込まれそうだからと聞かずに放置していた、ネピの身の上話に由来するらしい。お子さ魔王、このままではドロシーの怒りが冷めやらぬと、仕方なく、嫌々、ネピの身の上話を聞くことにした。


「ぐぬぅ……。はぁ……仕方ない。ネピ、許す。お主の身の上話を儂にも聞かせよ」


「え? はぁ、分かりました。そうですね、時は5年程前に遡るのですが……」



 ………

 ……

 …



 ネピの住むドラゴンの集落は、人との関わりをできるだけ最小限に留める方針を取っていた。ドラゴンとしても、それで何が困るわけでもないし、また一部のドラゴン達のように欲の類も殆ど持たない穏やかなドラゴン達であったことも理由であったのだろう。


『まてい、穏やかってなんじゃ、穏やかって。出会った時のお主の性格から、随分とかけ離れた話ではないか』


『お、お館様。どうかその点には触れないで下さい。このネピ! あの時のことは甚く反省しておりますので!』


『……まぁええわい。ほれ、とっとと先を続けよ』


 この頃のネピは、幼年期を終えて若年期に入ってすぐの頃である。この集落のドラゴンは、若年期に差し掛かるとまず人化の術を覚えるしきたりであった。しかしドラゴンの中にはこれが苦手なものもおり、青年期に入っているにもかかわらず覚えられない個体もいたりした。しかし、前述の通りのんびりした集落の雰囲気故か、特に覚えられなくても馬鹿にされることもなかったので、余計に覚えないものが多かったのかも知れない。一方のネピはというとそこそこ優秀だったらしく、若年期に入ってからすぐに人化の術を習得していた。


『……優秀?』


『そうなんですよ! あの里の若年期のドラゴンの中では! ちゃちゃいれ禁止でお願いします!』


『むぅ、努力しよう』


『努力……』


 人化を覚えることのできたネピは、里の外に出る許可を得ていたため、度々里の外に遊びに出かけていた。もっとも余り遠くまで行くと、大人のドラゴンが本気で追いかけてきて捕まえられた挙げ句に猛烈な勢いで怒られ、説教され、閉じ込められる等の罰を受ける。ネピも何度も捕まっては折檻されたので懲りていた。


『……何度も? お主、一度や二度酷い目に遭ったくらいでは懲りんのか?』


『ちゃちゃいれ! 禁止! です!』


 そして運命のその日、ネピは何時ものように朝早くから集落から飛び出し、夕方近くまで遊び呆けていた。しかし、集落に帰ろうと近づくにつれ、なにやら争いの雰囲気が感じられるようになってきていた。大人のドラゴン達ならどのような戦闘が繰り広げられているか分かったかも知れない。しかし経験の浅い、というか皆無だったネピには分からなかった。ただ、嫌な予感がする、とだけしか。ネピは迷ったものの、結局集落に戻ることを選んだ……が、


「ネピ! ネピ!」


 と、下から呼びかけるものがいた。それは、人化して人の姿になってはいたものの里の大人の一体であった。それに気づいたネピは、踏まないように気をつけながらその近くへと降りていった。


「おじちゃん!」


「おお、ネピ。お前は無事だったか。良いか、良く聞け。いま俺達の里は魔女の襲撃にあっている」


「魔女?」


「ああ、こんな奴だ」


 里の大人は魔法か何かで、今里で起こっている惨状を映し出した。映像だけを映し出す魔法らしく音などは聞こえてこないが、住処にしていた洞穴の幾つかは崩れ、里のドラゴン達がそれはもう大事にしていた廟も一部が壊され、里のあちこちでは火の手が上がり……。それはもう酷い有様だった。


「酷い……」


「ああ、畜生! こんなにしちまいやがって……。って、そうじゃねえ。えっと何処だ? ……ああ、居た! こいつだ!」


 里の大人が指し示したのは、純白でボリュームのある髪を無造作にちらした妖艶な美女であった。


「これが……魔女」


「そうだ……こいつが! 畜生……俺達はドラゴンだってのに全く歯が立たねえ。ネピ、逃げろ。お前は人化の術が使えるから、外に出ても何とかやっていける」


「そんなのやだよ!」


「良いから言うことを聞け! こいつは危険なんだ! 長老ですら歯がたたな……」


 そこで里の大人の言葉が途切れた。ネピが不思議に思うと、彼はあある一点を凝視していたのだ。それは彼が里の様子を映し出していた映像の中、例の魔女がまるでこちらを伺うかのように映し出されていたのだ。


「みぃ〜〜〜つけ、たぁぁぁあ」


「「ひぃぃぃいっ!!」」


 これにはネピも里の大人も、二人して震え上がる。魔法で相手を見ていたのはこちらだと言うのに、相手はこちらの魔法越しにこちらを見つけてやったと言わんばかりのセリフを、どうやってか魔法を介して声を発したのだ。それだけでこの魔女は、魔法を扱う上でドラゴン達より遥かに格上だということが分かる。何せ種として優れているドラゴンは魔法を扱うことにおいても、他種族を大きく凌駕している。にもかかわらず、その魔法に勝手に介入して声を伝えるという離れ業をやってのけたのだから……。


「何なんだこいつは……じゃねえ! ネピ! 俺が時間を稼いでやる! 早く逃げろ!」


「………………」


「ネピ!! しっかりしろ!! グルウアアアアォッッ!!」


 里の大人は、もう位置がバレたのならこそこそと人化してる意味はないとばかりに術を解き、元の姿になるとネピに向かって全力で吠えた。


「ひぃぁあっ!? あ……? おじ、ちゃん?」


「逃げろ。さぁいけ! はやく!」


「う、うん……うん!」


 そしてネピは脇目も振らず、全速力で集落を後にしたのだった……。



 ………

 ……

 …



「そして色々あって、お館様方の住まうこの山に辿り着いたのです」


「そうかそうか、なるほどのぉ。で、人の世界に紛れ込むはずのお主は、何かしらの理由でドラゴンのままの姿で人目につき、逃げ惑う人々を目の当たりにして自分は偉大なのだと調子に乗り、方々で威張りくさって人間にちょっかいを出し、その反応を笑う生活の延長で偶然に儂らを見つけたわけか」


「もう許してくださぁい!? もうしませんからぁ!」


「まんま?」


「二度としませんよ!?」


 ネピ、過去を弄られ涙目である。そしてキノコ幼女からも「本当に?」とばかりに問いかけられ、念押しさせられた形であった。これからネピの鉄板ネタとなりそうである。が、何時もなら畳み掛けるお子さ魔王、難しい顔をして何かを考え込んでいた。


「まっしろ……ふわふわ……ようえんなびじょ………………ぶふぅぅうああぁぁ」


「どっ!? ……どうなさいました? お館様」


 幾つかのキーワードを呟くと、お子さ魔王がこの上ないほどの無気力感たっぷりな表情になるものだから、ネピが酷く驚いて心配げに問いかける。顔芸のレパートリーが増えましたね。


「儂は多分、そのへんた……いや、魔女を知っておる、と思う」


「本当で……って、変態って言いかけましたよね!? 変態なんですか!? あの魔女!」


 ちゃんとそこ! 聞こえちゃいましたよ!? とばかりにネピは掘り下げてくる!


「そ奴が儂の知る魔女なら……そうじゃろうな。ほぉれ、こんな奴なんじゃが……」


「ああっ!? こいつです!!」


「……ぃゃぁあっぱり、あいつかあぁぁ……」


「そうですこっ……うぇっ!?」


 お子さ魔王の魔法で映し出された純白の髪を持つ美女の映像に、ネピはそうですこいつですと言いかけて、苦虫を口いっぱいに頬張って咀嚼するかの如き顔をするお子さ魔王の表情を見て固まる。何がいったいどうした、と。


「(ぎにぎにぎに……)」


「お、おおお、おやかた、さま?」


「まんま?」


 ネピはお子さ魔王の顔芸の異様さに腰が引け、キノコ幼女は以前と同じく魔王の近くまで行くと頬をさすって心配する。前回とは違い、差し迫った脅威――にすらネピはなれなかったが、それは置いとくとして――は今近くにいないので、キノコ幼女の行動にほっこりして幾分表情を和らげるお子さ魔王であった。


「あー……。ドロシーや? こ奴の話を聞いて、身内のために何もしようとせなんだ儂に怒っておる、ということであっとるかの? つまり、こ奴の里を助けてやれということじゃな?」


「まんまっ!」


「どろしーさま……」


 ドラゴン少女ネピ、キノコ幼女の優しさに感極まるの図、である。……ドラゴンとしてどうなの?


「そうか、そう……か。……あ゛あ゛ぁ……あ奴になんぞ会いとうないのぉ〜……」


「お、お館様でも難しい相手なのですか!?」


 お子さ魔王の気乗りがしない理由を、魔女の強さによるものと思い込んだネピ。しかし返答は全く違うものだった。


「あ奴の変態っぷりに巻き込まれとぉないだけじゃ。想像しただけで身震いするわ……うぶるるっ」


「えぇぇ……」


 理由はその変態ぶり……ってどんな変態なんですかね。


「しかし、あ奴……前々回は確かドワーフの集落で、前回はエルフの集落……で今回はドラゴンか? 手当り次第過ぎるじゃろうに。まさか!? ……選ぶ基準が、長く楽しめるとかそういう理由、か? うっわぁ……」


「あ、あの、どのような……変態……さん、なんですか?」


「あ奴はなぁ……病的なまでの、ちびっ子好きなんじゃよなぁ……」


「………………ええええええええ!?」


 純白の髪を持つ妖艶で美しい魔女は、紛うことなき変態さんであったのだった。

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