キノコ娘達との触れ合い

 季節は移って冬。魔王の小山のある地域は、毎年少しばかり雪が降る。しかし中には当たり年と呼ばれる年があり、その際は魔王の小屋がすっぽり隠れてしまうほどの大雪が降ることもあった。魔王がリフィを連れ帰ってきた年の冬は、その当たり年であったのだった。


「これまた……仰山積もったのー」


「そーですねー」


「こうなると小屋から出るのも一苦労じゃわい」


「またまたぁ。魔王様なら魔法でちょちょっとやっちゃえるじゃないですかー」


「まぁ、そうじゃがの」


 雪に埋もれた山小屋の周辺は、そこだけ雪が降ってないかのように綺麗に除雪されていた。当然、魔王の魔法によるものであった。そんな二人の脇を、猛烈な勢いで飛び出していく者がいた。ドロシーである。


「まんまー!」


「ドロシー? 余り遠くに行っちゃ駄目よー? あなた小さいからすぐ寒くなっちゃって、動けなくなるわよぉ〜」


「まんまっ!」


 それぞれ、雪ー! わかった! であろう返事をするキノコ幼女ドロシー。元がキノコだけに、マイコニドは寒すぎると活動が低下する。そのため、リフィがドロシーを気に掛けるのも当然なのだ。とはいえ、何時も寒さを全く意に介さず走り回っているので、二人共そこまでは心配はしていない。それよりこのキノコ幼女、相変わらず小さかった。他の元キノコ幼女達は少なくともキノコ少女と呼べる位には育っていたのにもかかわらずである。ドロシーが成長しない理由はリフィいわく、


「謎ですぅ」


 とのこと。いわく、って程の考察ですらなかった。


「しっかし昨日は降り続いておった故、当たり年かも知れぬとは思っとったが……積もりおったのー」


「一面真っ白ですぅ……」


 なんだか何時もより輪をかけてポヤポヤした感じに言葉を返すリフィに、お子さ魔王が心配げに声を掛ける。


「……やはりお主も寒いのは苦手か」


「流石にちょっとぉ……眠くなってしまいますからぁ。やはり寒さは活動に支障をきたしますぅ」


「まんまー!!」


「……なら、あれが特別なのかのぉ?」


「わかりません〜。あの子のことはまるでわからないのです〜。地下の子達も寒いのは勿論、余り暑いのも苦手ですしぃ」


 二人の視線の先には走り回ったり、雪にダイブしたりして元気いっぱいのキノコ幼女の姿があった。

 ちなみにリフィはキノコ少女ーずに対し、一度訓練にと寒いのと暑いのを体験させた事があった。すると寒いのも暑いのもキツイ! と、覚えたての感覚共有で訴えてきたようだ。許容できる温度が成体であるリフィよりも脆弱だからか、その自身のものより強烈な不快感を4人分も押し付けられる形となったリフィは、珍しく顔色を変えて悶絶する事態となり、魔王は大いに慌てる一幕があったりする。なお、ドロシーは何故かどっちも平気だった。


「そうじゃよなー。儂だって平気じゃないわい。じゃから温度や湿度の調節ができる魔道具を作ったんじゃし……。おおい、ドロシーやー。外は寒い。早う戻ってこーい」


「まんまっ! まんまー!」


「むう、儂にも来いと言うておるようじゃのー」


「ですねー」


 幼女の体力は無限大だ! 一度遊びに付き合ってみたことのある魔王は、その時のことを鮮やかに思い出して戦慄する!


「うっ……ちょっと、無理。……しかし、あの期待に満ちた目には何とも抗いがたい。じゃがのぉ、まともに付き合えば儂、死んじゃう……そうじゃ! おーい、ドロシー! 今日は地下に遊びに行くぞー」


「!? まんっまー!!」


(ほっ……良かった。釣れたわい)


 お子さ魔王の呼びかけに、行っくー! とばかりに駆け戻ってくるキノコ幼女。地下のキノコ娘たちをダシに、まんまと幼女ハッスル雪中大作戦による雪中死を躱すことに成功する。この魔王、策士である。そんな二人の様子をリフィはニコニコしながら見ている。見た目は随分と若いけれど、お母さんですか?



 ………

 ……

 …



「まおーさま!」


 地下施設に到着すると、気配に気付いて真っ先に飛んできたのはマヤと名付けられたキノコ幼女である。マヤは最初に紹介された時も真っ先に顔を出してきた子であった。今は少し成長して、まだ少し口調はたどたどしいものの、ギリギリ少女と呼べる見た目だろうか。熱血タイプの活発な性格をしており、見た目は赤い短髪の活発なキノコ少女で一人称は「おれ」。主に菌床育成を担当し、地下キノコ娘達の統括を担っている。


「まんまっ!」


「おー、ドロシーもいっしょか。まおーさまに、めいわくかけてないか?」


「あいっ!」


「よしよし、えらいぞー」


 少し乱暴気味にドロシーのキノコ傘を撫でくりまわすマヤだったが、ドロシーは嬉しそうだ。ドロシーが全力で遊びたがる時に、魔王の代わりに遊んでくれるのはマヤであり、お子さ魔王にとっては貴重な戦力と言える。そのお子さ魔王は、二人の様子をほっこりしながら眺めている。


「魔王様、おはようございます」


 次に声を掛けてきたのはイリスと名付けられた子で、最初に紹介された時にマヤの言葉「まおー」に「しゃま」の敬称を補完した子でもある。こちらも少し見た目が成長していて、マヤより少しお姉さんにみえる少女で一人称は「私」。性格は委員長タイプで、言葉も同時期に生まれたキノコ娘の中では唯一しっかりしており、長めの青い髪を三つ編みにして両サイドに下げている。リーダーであるマヤは活発ではあるものの、ともすれば乱暴になりがちなのだが、その暴走をしっかり止めることの出来るイリスは、マヤの補佐といえるだろう。主に色素に関する研究開発を担当する。


「まんまっ!」


「あら、ドロシー。魔王様のお役に立ってますか?」


「あいっ!」


「そう、いい子ね」


 こちらはちびちびにこにこ微笑み合うに留まるが、その光景が微笑ましいことには変わりない。眼福の魔王であった。


「ごしゅじんさまぁ、おはようございますぅ」


 次に声を掛けてきたのはコピアと名付けられた子で、最初に紹介された時に魔王のことを主と呼んだ子である。お子さ魔王をご主人様と呼んでいたことのあるリフィの真似というか、名残だろうか? ふわっとした口調はまだ少し幼さを残すものの、リフィに似ているだろう。一人称は「わたし」。見た目に関してだが、この子だけ妙に発育が良く、リフィの妹でも通じるレベルのキノコ少女ならぬキノコお姉さん。リフィと同じく緑の髪をしており、リフィのストレートヘアに対し、こちらはソバージュのロングヘアとなっている。主に食用のきのこ栽培や、辺りで採ってきた食材の食べられない部位の処分を担当する。食材担当だからか、よく顔を合わせるドロシーとは仲良し。ちなみに、性格は見た目同様お姉さんタイプ。


「まんまっ!」


「あらぁドロシー。おなかへってるかしらぁ?」


「まんまっ」


「そーなのねー。おなかすいたらまたおいでなさいねぇ」


 と言いながら、コピアはドロシーをむぎゅーっと抱きしめる。どの辺りがむぎゅーっかって? 言わせんな。ちなみに魔王の視線はリフィへと向けられて「わざわざあの位置で抱きしめること教えたのお前か?」と言わんばかりだが、当のリフィは「さぁどうでしょう?」といった顔で微笑みを浮かべている。まぁ普通は互いの肩に頭を乗せる形になるはずだから、魔王の疑惑の目が向けられるのも当然のことと言えよう。


「あ、まおー。ぼく、まってた。あたらしいなぞみつけた。いっしょにかんがえて」


「こら! ニュー! さまをつけろ!」


 最後に声を掛けてきたのはニュー。最初に紹介された時、魔王に興味を持たなかった子である。この子は薬剤に関する栽培を担当しており、性格は研究者肌の引き篭もりで、丸みを帯びた黒髪をしていて、一人称は「ぼく」。頭にくっついているキノコの傘が取り外せたならば、きっとマッシュルームカットであろう。見た目は以前より少し成長していて、マヤとどっこいである。物言いは抑揚無く間延びしていて、マヤ同様少したどたどしい。見た目以外はマヤとよく似ている。この子は当初、魔王に全く興味なかったように思えたが、後に研究狂いの点でシンパシーを感じるところがあったらしい。それ以降、魔王が地下に降りてきた時には顔を見せるようになり、魔王を自分の部屋に連れ込んでは研究談義に花を咲かせていたりする。

 現在、魔王に敬称を付けなかったことでマヤに叱られているが……


「よいよい。して何を聞きたいんじゃ?」


「……まおーさまがそういうなら」


「おー、さすがまおー。あのね……」


「魔王様ぁ? 駄目ですよぉ?」


 魔王は敬称など気にしないと許可を出すものの、マヤは悲しげな表情をした。そこに待ったをかけたのはリフィである。そして魔王にダメ出しの根拠をこっそり耳打ちをするのだった。


「こういう事のけじめはぁ、きっちり付けておかないとぉ(マヤの立場もあるんですからぁ)」


「(む? そういうものか。おおぅ!? マヤが悲しんどる……これって、儂のせいか!?)んっん、おほん。ニューよ、儂と二人きりの時は何時もの調子で構わん。しかし、皆と居る時だけでも合わせておいた方が良いかもしれんの。人嫌いの儂が言っても説得力は無いが、集団で生活する以上、守るべきラインがあるもんじゃ。マヤはあれでよく面倒見てくれるじゃろ?」


「おー、なるほど。おもにせわになってるのは、イリスとコピアだけど、たしかにマヤにもせわになってるかも。さいしょにきづくのは、いつもまや。わかった、そうする。でもふたりのときは、ってくぎると、つい、みんなのまえでもいいそうだから、ふだんからまおーさまとよぶことにする」


「そうか、ならそれで良いと思うぞ。マヤも済まなんだな。儂が気にせんというのと、お前達の敬意は分けておくべきじゃったな」


「い、いえ! まおーさまがあやまられることなんてなにも……」


「お前が皆を纏めてくれておるから儂は安心できるのじゃ。マヤは偉いのう」


「ふぉあっ!? ……う、うぇへへぇ♪」


 褒めた上で頭……のキノコを撫でると、途端に機嫌が良くなり蕩け顔を見せるマヤ。ご機嫌取りに成功し、ホッとする魔王であったが、気づくといつの間にかマヤの後ろには行列ができていた。


「なんじゃい、お主ら。もしかせんでも撫でろということか?」


「「「「(こくこく)」」」」


「ま、減るもんでもないし、ええがの」


 キノコ幼女&少女達の頭を一通り撫で終え、そして……何故かリフィが最後にスタンバっていた。


「何でお主までおるんかいの?」


「仲間外れはぁ、いけないと思いますよぉ?」


「……ま、ええけどな。お主には何時も美味い飯を作ってもらっておるしの。ありがとうの」


「うふふ〜」


 こうして、リフィを含めた全てのキノコ娘たちを撫で終えた魔王はニューの部屋に、ドロシーはマヤとイリスが連れていき、リフィはコピアと食料の確認へと取り掛かるのだった。なお、ニューとドロシーの交流がなかったかと言うとそうでもなく、すれ違いざまにハイタッチしていたりする。これは恐らく、互いの性格をよく分かった結果の末に生まれた交流方法と言えよう。

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