食いしん坊キノコ幼女、●●を食べてしまう

 キノコ幼女と一緒にご飯を食べるようになって、しばらくが過ぎた。食べることに貪欲なキノコ幼女は、その時々の残りを全て平らげているが、量が少なければ少なかったで文句を言ったりもしない辺りは少々謎である。ただ、何時も美味しそうに食べているため、釣られるようにお子さ魔王の食欲が増えていたりするが、それも微々たるものであった。リフィとしては、作ったご飯が余らないのでどちらかと言うと助かっている……のか?


「今日も美味かったのぉ」


「まんまー!」


「うふふぅ、お褒め頂きありがとうございますぅ」


 二人の絶賛に、ふんわりと謙遜するマイコニド娘のリフィ。しかし、お子さ魔王は更に褒めそやす。


「世辞ではなく本当に美味いからのぉ。しかも最近、なにか食事に使われている調味料の種類が増えているような気がするのぉ?」


「仕入れているスパイスを元にぃ、似たような風味を持つ種を育ててるんですぅ」


「おおぅ、すごいなそれ……」


 お子さ魔王としては、調味料の類が増えているなぁ程度の感覚であったが、まさかの自家製変化球であった。更に追加とばかり、リフィはこの小山の利点についても語る。


「それにこの山はぁ、人も魔物も獣でさえ〜、ほとんど寄ってきませんからぁ、ハーブの栽培なんかにもぉ、適しているんですよぉ」


「なるほどのぉ。……うん? そういえばドロシーは何処へいったのじゃ?」


 何時もであれば食べ終わった後、しばらくすると眠そうな顔をしてずっとリビングに居るはずのキノコ幼女の姿はなかった。ちなみにキノコ幼女達は、マヤ、イリス、コピア、ニュー、ドロシー等と名付けられた。命名はお子さ魔王である。お子さ魔王の問いかけに答えつつ、リフィは何かを探るように宙をじっと見る。


「さぁ? 他の子達とは感覚や認識の共有がすすんでるんですがぁ、あの子は何故か遅れててぇ。あっ……」


「あっ、って何じゃ。あっ、って……えええ!? 急に走り出して何処へ行くんじゃ!?」


 何かを発見したらしいリフィが突然リビングを飛び出していった。それを遅れてお子さ魔王が追う。


「待って! ドロシー! それは駄目っ!」


「えっ……駄目? なにそれ嫌な予感しかせんのじゃ……ぎゃあぁあ!?」


 向かった先はお子さ魔王の研究室であった。ドロシーは、その中で並べられていたそれなりにお高い(仕入れが面倒な)素材を、手に持ってじっと見つめていたのである。


「ドロシー! それは食べちゃ駄目!」


「ふぉっ!? ど、どろしーや? お願いじゃから、それは、の? そこにそーっと置いてくれんか? そーっ……」


「(ぱくり)」


 魔王が身振り手振りで置くように指示するもその甲斐は無く、お高い素材はドロシーの口の中に消えていった。


「……とぉ!? おぅぉぉおおうぅのおおおお……」


「ああ……なんてことを」


「(もっちゅもっちゅ)」


「(がっくし)」


 お高い素材を咀嚼するドロシーに崩れ落ちたお子さ魔王。二人を見比べてから困った顔をしたリフィがドロシーに問い質す。


「ドロシー。何故そんな事を? ご飯足りなかった?」


「(ふるふる)」


「(ずぅぅぅん)」


 ご飯は足りていたらしい。そして、そうじゃないと言わんばかりに落ち込む魔王。リフィは困惑したまま、更に詳しく聞いてみる。


「じゃあどうして?」


「どおし、ま、おーしゃ、しゅき。ま、おーしゃ、そ、じ、しゅき。どおし、そ、じ、やぁ、しゅ」


 未熟ゆえの舌足らずな発音であったが、何かを身振り手振りで必至に伝えようとしていた。リフィはと言うと、感覚を完全には共有できていないとはいえ、ドロシーもまたリフィの分身であるからか、伝えたい内容が何となく分かったらしい。


「……そういうことなのねぇ? あらあらぁ。ねぇ魔王様ぁ?」


「……なんじゃいの? 何がそういう事なんかいの?」


「数日経てばぁ、何故ドロシーがこんな事したかぁ、答えが出ると思いますぅ」


「答え、か」


「ですからぁ、それまで嫌わないであげて下さいねぇ?」


 ドロシーの取った行動の意味が数日後に分かるという。だからそれまでは嫌わないで欲しいと、リフィはorzの姿勢のままのお子さ魔王に嘆願するのだった。が、


「……嫌う、などという選択肢がそもそもないわい。じゃからその分余計に凹んでおるんじゃ」


「あらあらぁ」


 リフィは自身の心配が杞憂だったと分かり微笑む。一方、二人の遣り取りが良く分かっていないのか、ドロシーは何故か元気のないお子さ魔王にどうしたの? と言いたげである。


「ま、おーしゃ?」


「……ドロシーよ」


「あい」


「許可なく素材を食うのは止めておくれ。心臓が止まるかと思ったわい」


「し、ぞー?」


「儂がそれきり二度と動かなくなるかも知れぬ、ということじゃ」


「……やー! あー!!」


 思考も幼いドロシーにわかり易いよう、言葉を選んで話すお子さ魔王。その効果は覿面だったらしく、全身で嫌を主張するドロシー。どうやら自分のやったことが、魔王にショックを与えたと理解できたらしい。死んじゃ駄目とばかりにイヤイヤをする。


「じゃったら、この部屋には勝手に入ってはいかんぞ? ここは儂の大切なものが多いんじゃ」


「……ぁぃ」


 かなりしょげた感じでドロシーが頷きを返してきた。お子さ魔王はそれに満足した様子で、しかしこのままのドロシーも放って置けず、策を練るのである。


「よしよし。今日は実験はやめにするか。リフィや、少しつまめるものを頼む」


「分かりましたぁ」


「ドロシーもしょげておらんで一緒に来い。そして儂と一緒に食べるのじゃ」


「まんま?」


 ドロシーの「まんま」は万能語である。この場合だと「いいの?」といったところだろうか?


「お主が一緒に食べてくれねば、儂、かなーり寂しいんじゃがのー?」


「まんまー!」


 わかったー! だろうか。お子さ魔王の作戦は上手くいったようだ。この魔王、策士である。


「よしよし。では行くとするかの」


「ま、おーしゃ、しゅきー!」


「うむうむ。儂もドロシーが好きじゃぞー」


「まんまー!」


 こうして上手く食欲へと意識を逸らすことに成功したお子さ魔王。この後リフィによって揚げ芋が用意され、仲良くつまむちびちびにこにこもぐもぐな絵面は最高です。見守るリフィさんもニコニコでした。



 ――数日後。


「魔王様ぁ、今日は少しお時間を頂けますかぁ?」


「うん? なんじゃ? 何ぞあるのか?」


「ドロシー、おいでー?」


「あい」


 リフィの用事とは、ドロシーに関することであった。ドロシーはドロシーで、何となくもじもじしていて、怯えているように見えなくもない。お子さ魔王はそれに気づき、訝しげな視線をリフィに送る。……というかお子さ魔王、先日の件を忘れているのではないだろうか?


「ドロシーがどうかしたのかの?」


「ドロシーのここを見てください〜」


 ドロシーが後ろを向いて頭を下げると、リフィがある一点を指し示す。そこはドロシーの被っている? くっついている? 大きなきのこの傘と髪の毛との堺の部分であった。お子さ魔王はそこを注意深く覗き込むと、何かを発見する。


「むぅ? どこを……ぉぉぉおおお!? こ、これは!?」


「あの時食べちゃった素材ですねー」


「どどど、どういうことなの……? 消化できずに排出、とかかの?」


 食べられて戻ってこないと思っていた素材であったが、それがドロシーから生えてきたことに酷く動揺して言葉遣いが崩れるお子さ魔王。そのキョドってるご主人様に、リフィはニコニコしながら説明を続ける。


「いいえ〜、違うのですよぉ。あの時ドロシーはぁ、ドロシーは魔王様のことが好きでぇ、魔王様は素材のことが好きだ〜、って言ってたのですぅ」


「う? う、うむ。そう、じゃった、な。そ、それで?」


 今になって通訳されても曖昧にしか覚えていないお子さ魔王。ただ頷くばかりである……例え本当は思い出せずに分かってなくとも!


「だからぁ、魔王様の大好きな素材を増やすんだーって、食べて成分を分析して作り出そうとしたみたいですよぉ?」


「……な……な? ……なんじゃって――――――っ!? ……って、そのようなことができるものなのん??」


 驚愕の事実に魔王は慄き、そして確かなことかと、多少壊れながら確認を重ねる。


「多分この子はぁ、私の能力をぉ、最も色濃く受け継いでいるんでしょうねぇ。おそらくはぁ、菌類ならぁ、種の変性まで弄れるんだと思いますぅ。そんなことができるのはぁ、この子以外にはいませんからぁ。むしろ、分析や複製までできちゃう辺りぃ、私よりも優秀かも知れません〜」


「……そ、そうなのか。し、しかしの?」


「何でしょう〜?」


 本当ならお高い素材が増えるという事実は、飛び跳ねて喜ぶべきことである。何せ魔王にとっては、全てがそうではないにしろ、お高い奴=人を介さざるを得ない面倒な代物が殆どであるからだ。しかし、今はそれ以上に気になることがあるらしい。


「体から生えておるんじゃろ? その……切り離したりとか、するのかの? それっていとぉないのか? ドロシーは平気なのか? 負担ではなかろうな?」


「うふ……うっふふふぅ、大丈夫ですよぉ。痛みなどはありません〜。ただぁ、生成している素材の方も育ちきっておりませんのでぇ、もうしばらくお時間頂ければぁ」

(それに痛覚なんてぇ、擬似的なものしかありませんしねぇ。一部が残れば復活できますしぃ。本当ぉ、お優しい方ですねぇ)


 己が主の気遣いに水を差さないよう、本当のことは伏せたリフィであった。しかし色んな意味で感激しているお子さ魔王には関係ない!


「よいよい! 待つ待つ! 何よりドロシーが儂のためにやってくれたことなのじゃろ? でかしたぞドロシー!」


「!! まおーしゃ、すきー!」


 以前は自分の行動が大好きな魔王を悲しませたため、今度もそうではないのかと気が気でなかったキノコ幼女。しかし、その魔王の絶賛を受けてようやく以前と同じように表情を明るくするのだった。


「うむうむ! 儂もお主が大好きじゃぞー?」


「まんまー!」


 この場合の万能語は、やったー! だろうか。ちびちびにこにこである。



 ――余談である。


「の、のぉ? ドロシーや? これは嫌いかの?」


「や」


「そ、そうか……とほほ」


 その後、色々な高級素材を食べさせようとしては、その多くを拒否されてうなだれる魔王の姿が度々目撃されたそうな。どうやら魔王基準のお高い、ではなく素材の価値そのものが高いようなレアなものは、食べるまでもなく無理ということらしい。まぁそういうものは、得てして自分で集めにくいわけで、結局面倒臭い素材なのだが……。


「やっぱのー。そんなうまい話はないかー」


「まんまー?」


「いや、こっちの話じゃ」


 更に付け加えて、一度分析の済んだ素材は何度でも生成できるが生成時間は素材の価値に左右され、かつ分析中に他の素材の生成はできず、生成するのも一度に一種類だけとなっているため、自由度は低い。とはいえ、レグイン商会を経ずとも手に入る素材が増えたのも事実。この余波で、魔王がレグイン商会を頼る頻度が減ることとなり、会頭レグインの機嫌は徐々に悪くなっていくのは自明の理であろう。このレグイン、いつも貼り付けたような笑みと開いてるんだかどうだかわからない細目で感情が読み辛い人物であるのだが、それが明らかに機嫌が悪いと分かるレベルになったことで、商会員達が震え上がったとか……。


「魔王様に、何が……あったんですか、ねぇ?」


「「「「「(ひぃぃぃ!?)」」」」」


 ……怖いらしい。

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