姫には勝てなかったよ……

「魔王を脅すなどと……お主は悪魔か」


 自称魔王が自業自得の土下座から復帰して、ようやく話が始まりそうである。


「ん? 悪魔は魔王の手下?」


「待てい、違うわい、恐ろしいこというでないわ。アレは理の外の存在じゃ。お主ら人間は、そこは何か勘違いしておるようじゃのお」


 王女の言葉に自称魔王が嫌そうな顔を浮かべて返す。ちなみにこの世界では悪魔と魔王は別系統である。自称魔王の表情から察するに、きっと過去に酷い目に遭ったに違いない。


「魔王は?」


「むー……儂らはいうなれば魔族の王? であろうのぅ。……多分」


「自分のことなのに言い切らない?」


「……ほっとけぃ」


 少々バツが悪そうにそっぽを向く自称魔王。自覚はあるらしい。


「しかしエゼルタニアか。さっきまで興味がなかった故、思い至らなんだが……」


「(ぷくー)」


 期限の悪くなる王女に、自称魔王は青褪めながら慌てて宥めにかかる。


「ひぅ!? まてまて! ちゃんと話は聞いておろう? ……で、そのエゼルタニアじゃが、確か交易で栄える商業国家であったな?」


「(こくり)」


 商業国家エゼルタニアは交通の要所を抑えることで、財を集めて兵を雇って興った国家である。バックには、世界に根を張る大魔法協会とタメを張ると言われる大商業組合がついていると噂される。


(んまぁ本当の所、大魔法協会も大商業組合もずぶずぶなんじゃけどなー。じゃからバックについとるっちゅう噂は、エゼルタニア側がわざと流したんじゃろう。……にしても)

「そこな国の姫は、大商人共も舌を巻く程の見識眼を持つと聞く。それがお主か……。道理で儂の大事な大事な素材ちゃん達を貴重な方から狙えるわけじゃの。とんだ災難じゃわい……」


「素材ちゃん……」


「んんん?? 食いつく所はそこなのかのぉ? ……交渉を経ずには手に入れられん貴重な品々じゃ。儂は大の人嫌いじゃぞ? 嫌なことを我慢してようやく手に入れたんじゃ。我が子のように大事に思っておっても、何らおかしくはないじゃろ。お主にだってそう思えるほどの何かの一つくらいあるじゃろう?」


「……納得」


 力説する魔王に少女は素直に頷いた。


「それをあんな扱いされた日にゎ、儂ゃあ超泣きそうじゃったよ……」


「……え?」


「堪えた! こーらーえーたーのーじゃー!」


 アナタガチ泣きしてましたよね? と言わんばかりの反応を、机をペチペチ叩きながら見苦し……見事に封殺した魔王は、鼻息荒く、嫌なことはさっさと済ませてやるとばかりに本題に入る。


「で、その国の姫君が儂に何を叶えて欲しいんじゃ」


「セプタキメラのコアが欲しい」


「……はぁっ!? 7種混合のキメラじゃと!? 伝説級の存在ではないか!」


「(こくり)魔王の小屋にも、クインタまでしかなかった」


「へっ? ………………ちょっ、おまっ……何してくれとるん?」


 しれっと家探ししたことを告白されて、思わず魔王が壊れた。……つか、いつもはキャラ作ってるんですかね?


「まさか現物見つけたら盗むつもりであったのではあるまいな!?」


「むっ、人聞きの悪い」


「許可なき家探しは人聞きもクソも、悪いことですからねー!?」


「おお? 確かに。……反省」


 悪い事はしていないとばかりの少女の反応に、勝手に家中物色された魔王はブチ切れた。言われてみれば……という感じで少女も思い直し、素直に謝罪する。鼻息荒くしていた魔王も次第に落ち着いてくると、次第に気になることが生じたのだった。……その対価である。


「………………で、どうするつもりだったんじゃ?」


「もちろん交渉する」


「……国宝級でも利かんかもしれぬ代物に、釣り合うものが出せると?」


「ハイエンシェントドラゴンの鱗……」


「にょわああああああんっっ!?」


 思いもよらない激レアなお宝の登場に、自称魔王は残念なまでに壊れた。


「……」


「……」


「……こほん」


 訪れた沈黙に耐えきれなくなった魔王がわざとらしく咳をする。……と、


「引き受けてくれたら、成功報酬として出すのも、やぶさかではない」


「是非引き受けさせて下さいませっ!」


 秒もかからず食いついた。


「……同じ人物?」


「うぐっ、し、失敬じゃの。……ま、まぁ? 儂も少し自分を見失っとったことは認める。……じゃが」


「?」


「お主の言うそれ・・がどうやってハイ・・エンシェントドラゴンの鱗と断定できたのじゃ? エンシェントドラゴンはともかく、ハイエンシェントともなると人智を超えた巨大さじゃろう? それ故、人の到れるような所にはおらぬはずじゃ。……そうじゃ、落ち着いてみれば、そんな貴重なものがあるなど、にわかには信じがたい話であったのぉ」


 現在の所、ハイエンシェントドラゴンの存在は確認されていない。エンシェントドラゴンでさえ、その存在自体は確認されているものの、目撃例は希薄である。ちなみにエンシェントドラゴンは、魔王の住む小さな山に匹敵する巨体を持つという。ハイエンシェントドラゴンともなると、もっと巨大であったとも……。大陸ドラゴンだなどと嘯かれたことさえある。


「言い伝えでは、本人からもらったと」


「……あ〜ん?? 途端に胡散臭くなったのぉ」


 手に入れた理由が、まさかの本人からの譲渡という伝聞であった。そんな気前の良い友人ならぜひお近づきになりたいわい、と魔王が吐き捨てるも、


「ここに一欠片ある」


「………………そ、そり、ゎぁぁぁっはああああんっっ!!」


「……うるさい」


 少女が『それ』の欠片を取り出したことで、自称魔王は数瞬固まった。しかし『それ』の欠片が放つ、圧倒的な存在感を前に、先程以上の壊れっぷりを発揮するのであった。……が、その余りの声量に少女は顔をしかめ欠片を懐にしまおうとする。


「すすす、すまんかった! もちょっと! も、ちょおおおっとだけ!」


「……静かに見る」


「ふぉおっ……!? んぐ。(はぁふぅ……)ほぉぉぉ……これが、のう……」


 やれやれといった表情で、少女はもう一度だけ魔王の前に差し出す。自称魔王は食いつく勢いで身を乗り出し、危うく大声を発しそうになるのは何とか堪え、一定距離を保ってじ――――っくり観察するのであった。小さな見た目も相まって、本能で動く子供じみた行動のようにも思えるが、手を触れないあたりは大人な対応をしているといえる、のかもしれない。


「超古龍の幼体の鱗。生え変わった時のものらしい。故に大きくない」


「うむうむ、そうじゃろうのぅ。しかし逆を言えば加工もしやすいわけじゃなぁ。成体の鱗ともなれば、ダイヤより硬いと言われても、家程の大きさじゃとか言われても納得しそうじゃしの」


「それは言えてる」


「ふぉおおお……ええのう、欲しいのぉ。……コホン、確認じゃが。儂がセプタキメラのコアを手に入れれば、それと交換で良いのじゃな? 勿論その欠片ではなくちゃんとした本体の方を、ということじゃが」


「(コクリ)」


「ふぁーっはっは! 俄然やる気が出てきたわい! そんなレアな素材! 手に入れずでおくべきか! ……ふふふ、なーんじゃ。色々有りはしたが、やっぱり今日はええ日ではないか! ふぁーっはっは!」


「(コテリ)よく分からないけど……残念なお知らせならある」


「ふぁっ!? ……ななな、なんじゃい? その残念なお知らせとゆーのわ……」


「その棚の上から二段目の右から四番目の瓶……」


「ふぉおおおお!? それお高い奴! イコール手に入れるのが面倒! お主は動くんじゃないぞ!? (はしっ)ふぅふぅ……で? 何が残念なお知ら……せ? ま、さか、そんなはず……いやいや、え? ……ほんとに?」


 嫌な事実を予想し、そして自身でも注意深く確認しながら徐々に顔色を悪くする魔王。そしてすがるかのような目を姫に向けて問い、


「(コクリ)よくできた偽物」


「うのおおおおおぉぉぉぅぅぅぇぇええんっ………………」


 泣いた。

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