強者、来訪!

 季節は初夏。夜明け前頃……。


「〜〜〜♪」


 自称魔王の朝は早い。とても早い。まるで老人かのような……もとい、とても健康的であった。この自称魔王の住処は巨大で底意地の悪い結界に包まれている。そのために滅多に誰も来ないであろうに、几帳面なのか律儀に身だしなみを整えると小屋の外へと出てきていた。ここは小さな山ではあるが、周囲に視界を遮るような高い山や建物はない。故に結構見晴らしが良いのだ。まだ水平線の向こうに顔を見せていない太陽ではあったが、世界は纏っていた闇の衣を解いていき、薄っすらと光をにじませていた。……夜明け前である。


「まだ世界が起きやらぬ……いや、生まれ変わる前の世界のこの瞬間が好きなのじゃ」


 ようやく顔を出し始めた朝日を愛おしむように目を細めて眺めながら、どこかで聞いたようなセリフを独り言ちる自称魔王。どこかのマワシスタイルな精霊が聞けば悶絶発狂死しそうである。


「ん〜〜〜っ! ……今日もいい一日になりそうじゃな!」


 ……聞くものが聞けば「それはフラグだよ」としか言いようのないシーンである。



 ………

 ……

 …



「〜〜〜〜〜〜(ギニギニギニ)」


「……(ペコリ)」


 もちろんというか、自称魔王の都合の良い予感はハズレることとなる。そして現在、大嫌いな来訪者を前に顔中の筋肉を総動員させて拒絶の顔を作って歯ぎしりするお子さ魔王と、油断したちんちくりんが扉を開けた瞬間半身を滑り込ませて閉じられなくした少女が対峙していた。この少女、初対面の相手の家で取る行動もアレであったが、何より自称魔王の強烈な拒絶の表情を目の当たりにしながら、ソレに微塵も心動かされてなさそうな無表情ぶりで頭だけでお辞儀をしている。強引な行動と不完全ながらも挨拶をかわそうとする姿勢、乖離した二極性が同居するカオスな少女である。


「話は無い、用も無い、聞く耳すら持たん、じゃから扉から手を離して滑り込ませてる半身ごと外に出て、そしてとっとと帰れ」


 魔王は仕方なく、半ば無駄・・だと知りつつも、お決まりの絶対零度の拒絶ブリザードを口にしてみる。……が、


「(フルフルフル)」


「………………(ギニギニギニ)」


 当然というべきか少女も少女で、その拒絶を私は拒絶する! と言わんばかりの態度だった。……そもそも追い返すのに成功した試しはないのだから、素直に諦めるべきなのである。


「チッ! ……しょうがない。入れ。チッ!」


「(コクリ)」


 二度も舌打ちしながら、ようやく自称魔王が抵抗を諦めて中に入るように促すと、コクリと頷いた少女は素直に小屋に入って扉を閉め……


「かかったな! ココでお主を付き飛ばせばお主は外に追い出せる! そして締めてしまいさえすれば煩わされることも……って何イ!? 避けちゃ……らめええええ!?」


 すぐ自称魔王の行動を察した少女はさっと避けて扉を全開にし、突き飛ばす対象を失った自称魔王は勢い良く小屋の外に飛び出て……。覚えてるだろうか? この山には、大きな木の一本も生えていないという事を。


「いかん! これわまず……いっぎゃああああああっっ………………!」


 自称魔王はその勢いのまま、山の斜面をキレイ・・・に転がり落ちていくのであった……。



 ………

 ……

 …



「え、えらい目に会うたわ……。おのれ、許すまじ小娘」


 あの後、見事な回転で山の下まで転げ落ちていった自称魔王は、全身を草や泥まみれにして数瞬意識を飛ばしていた。が、起き上がるとぱぱっと何やら魔法で綺麗サッパリな姿に戻る。そして小さいとはいえ自身の住まう山を、えっちらおっちら登……るような真似はせず、さっと魔法で飛んで戻っているのである。……慌ててさえいなければ、魔法を使えることを忘れてさえいなければ、この程度のことはおちゃのこサイサイなのである。落ち着いてさえいれば。


「小屋に戻ったらどうしてくれようか……」


 自称魔王は魔王らしく、華麗で苛烈な仕返しの構想を練り上げながら、小屋の前へと戻ってきた。


「待っとれよ〜、今仕返ししてや……って、ぬ?」


 自称魔王が己が小屋の外扉を開けて内扉に手を掛け、いざ開こうとするが何故かびくともしない。


「なんじゃ!? 何故開かな………………あああああああ!?」


 自称魔王はその原因にぴーんと来た……も何も、考えられる原因なんて一つである。


「……ぁぁあンの糞ガキゃあ!!」


 少女の方も、自称魔王が話を聞こうとしなかったから強硬策に出たのだろう。ある意味自業自得、身から出たサビである。とはいえこのお子さ魔王、見知らぬ誰かの願いを叶えてやる言われもなく、加えて大の人間嫌いである。魔王にしてみれば、立て続けに起こる理不尽に違いない。我慢の限界を超えてしまい、完全にキレた魔王は魔法で小屋の中に転移し、対象の少女を見つけると、


「もう我慢ならん! 今すぐココを出ていっ? ベッ!?」


 ズダベチャーンッ!


 何かに足を取られ、思い切り頭から床に叩きつけられたのであった。


「んぎぎっ、ぶはぁっ! な、何が起こって……んじゃ、こりゃあっ!?」


「トリモチ……」


 魔王を床に縫い止めた……というか絡め取ったのは床一面のトリモチであった。


「トリモチじゃとっ!? ……人様の家で何を床一面にぶちまけてくれとんじゃお主わぁっっ!?」


「……魔王、話聞かない。……でも聞いて欲しい。……捕まえるのが早い。……これは最初から予定していた」


「想定内なの……!?」


 突拍子もない発想の飛び具合に魔王が絶句する。しかし、有効な手段ではあった!


「でも最初に……何故か飛び出ていった」


「それわお主のせいですねっっ!?」


「……そして転がっていった」


「不可抗力じゃな!?」


「……遠くまでいっちゃった。……でも魔王だから。……なら転移してきそう?」


「……できなくはないの。最後には転移したし。しかし、何故に疑問形なんじゃ?」


「自信なくて……?」


「……それも合うとるな。あれ? 聞いた儂が阿呆じゃったんか? ……ってそんなことはどうでもええわい! 何してくれっ……!?」


「(ゆーらゆら)」


「とおっ!? ちょっ! おっ!? まっ! ってぇ!?」


 少女は何やら瓶を手に、ゆらゆらと怪しい手付きで弄び始めた。


(いいいいい、いっか――――――んっ! アレは、ただでさえ人付き合いなんぞ反吐が出るほど嫌いな儂が、レグインとの面倒臭い交渉を何度も経て、長年も掛けてようやく、よーぅやく手に入れた貴重な素材! 例え一欠たりとも無駄にしとうない、いっとう大事な、大事〜ぃな奴じゃ! あ奴ううう!! 何だって一番大事にとっといたアレをピンポイントで……)


 色々入り混じった魔王の視線を受けて、少女は瓶を弄ぶのを止め、ボソリと呟く。


「……収められてた高そうな箱に『最重要素材』って書いてた」


「うぬぐああああ!? まさかの理由が、几帳面な儂のせいじゃったぁ!? この儂のおちゃめさんめぇっ!?」


 何のことはない。またしても自業自得であったらしい。そして言うことは言った、と勝手に納得した少女は魔王が引き攣る中、またしてもゆーらゆらと瓶を弄びだし……


「あっ……」


「っきゃあああああ!?」


「……なんつって?」


 手から零れ落ちそうになった所で、大道芸のように腕の上を転がしてキャッチしたのである。


「やめれ!?」


「? 落としたほうが良かった?」


「やめて!? その子を弄ばないで!?」


「むぅ、人聞き悪い。……話聞く?」


「……(パクパク)………………(ガックリ)聞かせて、頂きますぅ……」


「ん」


 自称魔王の絞り出したその返事に納得した少女は、律儀に瓶を元の場所へと収めるのだった。それを見届けてから、まだ床にへばりついていたままだった自称魔王は、魔法でトリモチを除去すると身だしなみを整えてからテーブルについた。その様子をじっと眺めていた少女も、テーブルの対面側に座った。


「……ほれ、茶じゃ。ついでじゃ。茶菓子も出してやろう」


「ん。ありがとう。……一応そっちのお茶と取り替えて? お菓子も先に食べて?」


「(あんぐり)……ああもう、好きにせい……。(パクリ)ほれ、納得したか?(もむもむ)」


「ん。……美味しい」


「……はぁぁぁぁああぁぁぁ」


 一分の隙もない少女の様子に、自称魔王は深い深い溜め息を吐いた。


「んで。お主は何処どっから来たのかのぉ?」


「ん。エゼルタニアの出身」


「ぬ? エゼルタニアとな? ここ、ファイゼルラントに隣接する小国群の一つじゃったか?」


「ん。間違いない」


 説明的だが自称魔王の住む小山は、ファイゼルラント王国に属している。これまでの話の舞台もそうである。得てして触れずとも話ができちゃう場合、多少重要なことでも脇に置いておきがちなのである。……忘れてたわけでなく、必要がなかった。うん、そうなのだ。


「で? そこな国の某なんじゃ?」


「……姫」


「……姫、か。姫、なぁ。………………なぁ? お願いじゃからやっぱり帰ってくれん? 面倒臭そうな予感しかせんのじゃが……」


 今までと打って変わって、少し言い難そうに身分を明かす少女。しかし自称魔王の方は、相手の正体が一国の姫と聞いて、相手が姫と名乗ったことを否定こそしなかったものの、途端に聞く気を失ったのだ。そんな目に見えてやる気を無くした態度に、


「(ぷっくー)」


 少女は無表情から一点……いや、無表情のままではあるが、わかり易く頬を膨らませて不機嫌をあらわにした。これまでのことがあったので、自称魔王も少しビクッとなる。すると、何処から取り出したのか、何やら紐をひらひらと自称魔王の目の前で見せびらかせ始めた。


「なんじゃい、紐なんぞ持って。……っちゅうか、ちょっと待て? 嫌な予感しかせんが、その紐何処に繋がっ………………あああああ!?」


 これまでの流れで、とてつもなく嫌な予感がした自称魔王が、少女の手にした紐の繋がれている先を確認して青褪める。そこには、先程の最上品程ではないにしろ、この小屋にある素材の中では、かなり貴重な部類の薬品の瓶へと括り付けられていた。


(なぁんでこの小娘はさっきといい今度といい、ピンポイントで高い、たっかーい素材を盾にとってくるんじゃあああああ!? ……あ、なんか思い出しそう。じゃなく!)


「遠慮、止めても、良い?」


「すんまっせんっっした――――っ! ……うええええええんっっ!」


 とてもではないがこの少女には敵わない、そう悟った自称魔王はそれは見事な土下座を決めて見せたという。

 ちなみにリフィであるが、未だ菌床育成に余念がなかったとだけ言っておこう。

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