小山の我が家

 ギルドを出た二人は乗合馬車の駅へと歩いていくと、駅に寄らずに・・・・街の出入り口の門、検問所の方へと歩いていく。そして馬車が通るタイミング・・・・・・・・・・で、二人で検問所を通るのだった。そしてそのまま街から出て離れた場所まで着くと、ようやく魔王はリフィに声を掛けたのだった。


「この辺りでええじゃろ」


「この辺ですかぁ。どうされるんですぅ? 町中から魔法で私達の事を隠蔽されてましたよねぇ?」


「うむ。急に消えると厄介な事が起きそうな予感がしての。なので念入りに誤魔化しをかけてみたのじゃ。まぁ、その上で儂を追える程の者なら、相対す以外あるまいよ。そんなもん相手に小細工するだけ無駄じゃ」


「……なるほどぉ」


 わざわざ面倒な手順を踏んだ理由をリフィに細かく説明していくお子さ魔王。割と主人っぽい感じがしなくもない。


「というか、儂はお主が普通に出入りできたことにびっくりじゃ」


「ああ、それはですねぇ、私の住処のすぐ近くで行き倒れてた人の容姿と身分証を頂いたからですぅ」


「……どうやって、とは聞かぬからな」


「はい〜」


 クスクス笑うリフィであったが、どのように容姿を奪ったのかを想像すれば……少し怖い娘である。


「では名もその者から奪ったのか?」


「この姿は奪ったのではなくぅ、頂いた、あるいは再利用ですぅ。……名前ですが、そちらは自前ですぅ」


「自前って……。その姿を知るものに出会ったらどうするつもりじゃったんじゃ?」


「微妙に見た目を変えてますからぁ、なんとでも言い訳はできますよぉ? それに名前を変えること自体はよくある話でしょぉ?」


「いや、それじゃと魔力パターンはどうするつもりじゃった? ……何と言うか、お主は色々危ういのぉ」


「えぇぇ? そうですかぁ?」


 小首を傾げて可愛らしく振る舞うマイコニド娘は、人のように振る舞ってはいる。……が、色々欠けたものがある気がするのは何故だろうか? と、自称魔王は内心首を傾げながらも、分からないことは後回しにするのであった。


「まぁ良い。おいおい学んでいけばそれで。……では今から飛ぶからの、慌てたりするでないぞ」


「飛ぶ……って、おおおぉ〜」


 自称魔王は来た時と同じように、自身とリフィをふわりと空へと浮かせるのであった。リフィは自分が浮き上がっていく様を、抑揚のない声で感嘆? の声を漏らす。しかしそんな様子にお子さ魔王は不満げである。


「……全然驚いとらんの」


「飛ぶこと事態は初めてではないんですぅ。私達は違う形でぇ、風に乗って飛ばされたりもしますからぁ。でもこの体の大きさのままで飛ぶのは初めてですぅ。これでも驚いているんですよぉ?」


「……感情の機微が半端なのは、未だ人間を模し切れておらぬからかのぉ?」


「だと思いますぅ」


 共連れがいるせいか、行きのようにふっと消えるような移動はしないらしい。二人は他愛ない話をしながらふよふよと空を漂い、さほど離れていなかったのか、程なく魔王の住まう小山へと帰ってきたのである。空より見下ろす魔王の小山はやっぱり小山という言葉がしっくり来るのであった。


「この小山の周辺一帯が儂の縄張りみたいなもんじゃな」


「そうなんですねー」


 お子さ魔王は、空から見える内に自らの住まう山や結界、周辺について説明していく。


「……まぁ儂の、というても勝手に住みついとるだけだがの」


「でも魔王様が住まうとされる山を、余程頭が悪くない限りはちょっかい掛けてこないでしょう〜?」


「そうじゃの。……というか、儂が魔王だと気付いておったのか」


「ここが『願い叶える魔王の住まう山』と、そう呼ばれている所だとは気付いてましたからー」


 だからその主である貴方は魔王でしょう? という理屈らしい。こんな感じで雑談を交えつつ、一通り辺り一帯のレクチャーを終えるとようやく小屋近くに降りてくるのだった。


「儂は基本、この小屋に引きこもっておる。昔は色んなギミックも作ってみたりしたんじゃが、そもそも人避けの結界を張っておれば人は近寄らん。そんな普通のことに気付いてからは、使わなくなってしもうた。お主にはその一端である、地下の一区画を預けよう」


「そこがぁ、言ってらした場所なんですねぇ」


 小屋に戻った自称魔王は、主らしくリフィに部屋を一室与えるのだった。


「小さな小屋じゃからな。必然的に全ての部屋は小さいのじゃが、ここの奥には大きな化粧ダンスワードローブがあっての? その中の、ここをこうして、こうする、と」


 がこんっという音と共に、タンスの奥の板がスライドしていくと通路が現れた。お子さ魔王は先に通路に立ってリフィを呼ぶ。


「行くぞ」


「はい〜」


 タンスの奥の通路は少し下がり気味に続いていたが、それ程長くはなく、突き当りには少し広めな円柱状の空間があるだけだった。


「ここで行き止まり、ですかぁ?」


「よく見てみぃ。中央に丸い材質の違うものがあろう?」


「……ああ、ありますねぇ。マナで材質の違いが分かりますぅ」


「そこに立って魔力を流してみぃ」


「? こうです……っふぁああぁっ……」


「……全然驚かんのうあいつ。いや、あれはあれで驚いてるんじゃろか?」


 中央の円形部分は、魔力を込めると昇降機となる仕掛けであったのだが、やはり余り芳しい反応は帰ってこなかったのである。……が、しかし。一歩先に降りていったリフィを、浮遊魔法で追いかけた自称魔王は慄くことになる。変わり果てたリフィに……。



 ………

 ……

 …



「ほわぁああああ! 凄っ! 凄いです! 魔王様!」


「お、おう」


「湿度! 温度! どちらも魔力で調整できる魔道具がある上に、何より痛くも苦くもない上質なマナ! 理想的ですぅ!!」


「そ、そうか。良かった……の?」


 一足先に下に着いていたリフィは、既に地下に用意されていたギミックを調べ尽くしていたようだ。この地下はお子さ魔王が何かあった時のシェルターにと、作って忘れていた場所であった。それ故、温度や湿度などを調整する魔道具が完備されている。そんな完璧な環境に加え、地下に溢れているマナは美味しい(?)らしく、そのためリフィは感情を爆発させていた。……のだが、今までとの余りのギャップに、どんどん引き引きのお子さ魔王であった。


「はあぁぁぁんっ♪ 魔王様? 私、ここでしばらく眷属を育てたいと思います! ここでなら今まで育てるのを諦めていた子達も育てられるかも!? あ! 魔王様! 間仕切りとか勝手に変えちゃっても構いませんか!?」


「う、うむ。好きなように、やるとええ」


「はいっっ! ああっ! 楽しみだなぁ! 材料も沢っ山……はあぁぁあああんっ!」


 シェルターとして使った場合、何らかの理由で間仕切りを変えたくもなるかも知れないと、結構な量の資材も積んであったのだ。木材の一部や端材等は菌床の材料とになるに違いない。それにしても……


(………………変わりすぎじゃろがっ!)


 変わり果てていたのだった……性格が。結局の所、今までの感情の起伏の無さは、表情を変える程の刺激ではなかったというのが真実なのだろう。

 その後、リフィは菌床の育成につきっきりとなり、数カ月も顔を見せることはなかったという。


「あ奴、儂の家の居候じゃよな……?」


 その呟きに返ってくる答えはなかった。



 ――その頃、冒険者サイラスは……。


「なぁサリィ。結局あの物々しかったのって何だったんだ?」


「さぁ……良くは分からないけど、トップのお二人が飛んでくるくらいだから相当なことよね」


 サイラスはお子さ魔王が迷惑を掛けていた? というか困惑させたギルドの受付嬢に、報酬をもらうついでに話しかけていた。一応、肩の上の居候を運んでいたのは仕事・・だったから、である。それについでではあるが、情報ならギルド職員の方が持っている、そう判断したのだろう。


「……そういえば、近くで魔王同士のぶつかり合いがあったって話よ? それが関係あるのかも」


「おいおい、物騒だな。災害対災害かよ。乗じて、大災害級並の事態じゃねえか」


 災害級は文字通り尋常ではない被害の出る規模を指し、町未満の集落であれば全滅する危険を示す。例えば亜竜、知能の低いものの象を遥かに超える巨大トカゲ型生物の出現といえば分かり易いだろうか? 村程度の集落なら更地にしてしまうだろう。次に大災害級だが、これは小規模な町でも全滅するレベルとなる。比較的知能の高い龍種の出現がこれに当たるだろう。この上には崩都級(無印・大)と崩国級(小・中・大)、そして滅亡級と続いていくのである。……崩都級クラスは数十年に1度、崩国級クラスは数百年に1度あるかないかの大災害である。

 ちなみに、危険度だけで言えば亜龍種並の脅威度であるはずの魔王が何故一段低い扱いかと言うと、知性を持っているからである。無駄に騒ぎが大きくなれば、周辺諸国に討伐対象として認定され、大挙して討伐されると理解しているはず、というのが理由だ。もちろん魔王には色々居るため、ピンキリであるのだが……。


「一応上の方では潰し合ってくれることを期待してるみたいね」


「そりゃそうだよなぁ。魔王が一人であっても、ギルド全体で対処するレベルだもんなぁ。……何時ぞやの『歩く大災害』の時は、肝が潰れるかと思ったけど」


「どっちも遭ってしまったら不運でした、としか言えないわ」


「違いない」


 何かを思い出して達観にも似た言葉を吐く受付嬢に、ただ曖昧な苦笑を返すしか無いサイラス。そこに受付嬢が何かを思い出して取り出した。


「そういえば、あの可愛らしい依頼人がこれを貴方にって。すぐ開けるように言ってたわよ?」


「へ? なんだろう? 手紙と……うへっ!?」


「うわぁ、凄い額。お金の音なんてしてなかったのにいっぱい入ってるわね?」


 こういうお金の受け渡しは駄目よ? と暗に視線で釘を指す受付嬢だったが、手紙を読んでいたサイラスはニヤリと笑う。


「くっく……あのおチビな雇い主様は最高だな。喜べサリィ、今日は宴会だぞ」


「え?」


「(すううぅぅぅ)おい! 俺の肩の上の雇い主に心底ビビってたチキン野郎共!」


「「「「「(ガタン!)」」」」」


「ちょ、ちょっと!」


 対人に限ってではあるが、元来荒事を苦手とするサイラスが他の冒険者を煽ることはまずなかった。皆もそれを知っているためか、調子こいてんじゃねえぞとばかり、沸点の低さに拍車がかかっているようだ。その険悪な雰囲気を敏感に察したサリィは大いに慌てたのだが、


「喜べ! その方がこう仰っている! 『儂が居ることで居心地悪かったじゃろう。悪かったの。迷惑料ではないが、本日の飲み食いは全て儂持ちじゃ。飲め、食え、騒げ』とな!」


「「「「「………………う? おおおおお!?」」」」」


「……えええ?」


「職員も一緒にやれとかいてる。サリィも混じれよ? 俺は副長達を呼んでくる。手付金としてこれがあるにしても、足りるか分からないからな。もし金が足りない時は、ギルドに預けてる奴を使って欲しいって話なんだが、権限の問題があるだろう?」


「そ、そうね。ええ、そうだわ。お願いするわね?」


「おう」



 ――その後、大いに飲み食いし始めた冒険者達がホールを埋め尽くし、お祭り騒ぎとなっていく。既にねぐらに帰っていた者達を呼びに行った者達が居たため、数が膨れ上がっていったのだ。ただ、余りの大騒ぎに、どうやってかサイラスとすれ違ってしまったらしい副長が、ホールに飛び込んでくるのであった。しかし、既に大量の酒が入っていた冒険者達は恐れること無く副長に飛びかかり……伸されては積み上げられるというカオスっぷりとなった。一方、千切っては投げ、千切っては投げしていた副長だったが、サイラスの話を聞いたギルド長に華麗に意識を飛ばされる事となる。


「あの人が楽しめというのだから楽しもう?」


 そして宴は無事に再開され、再会の立役者だからだろうか? 何故かギルド長コールが、ホールに鳴り響くのであった。


「……あの子のお金なのにね」


「まったくです」


「………………」


 ギルド長にサイラスが同意を示し、目を覚ました副長はぶっすりとした表情で、ギルド職員も入り混じって騒ぐ様を見つめていた。

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