魔王がころりん
大事に取っておいたお高い素材が偽物と知らされ、自身でも注意深く確認した後に崩れ落ちた自称魔王。そのずんどこから何とか立ち直った頃、今回の件での依頼主と言える商国の姫君は……
「す――す――………………」
「こ奴……なんちゅーか、大物じゃのぉ……」
魔王の小屋にてめっちゃ寝てた。それも、自称魔王が咽び泣くすぐ側で、飽きたとばかりに寝入ったのである。まぁ? 実際の魔王を見て、御しやすいと見たのか恐るるに足らずと判断したのかも知れないが……。とにかく無防備であった。
「ふむ……ま、疲れておるのやも知れぬな。一国の姫ともあろうものが伴も連れずに出歩き、あまつさえこのような辺鄙な所に助けを求めに来たのじゃ。……ろくに休息も取っておるまい」
姫を名乗る少女をじっと見つめる自称魔王、その目はきっと色々なことを探っているのだろう。そっと何かを呟くと、少女の腰掛けていた椅子が、その姿をじわじわとベッドへと変貌させていく。次いで魔王が指を振ると、少女の上に肌掛けが音もなく降ってくるのであった。
「ま、今は休むがええ。ここにはそうそう追ってはこれぬじゃろうからな」
――その頃、魔王の住まう小山の麓にて
貴族の男が十数人の騎士らしきもの達を前に怒りをあらわにしていた。
「で!? 見つかったか!」
「いえ! 未だ痕跡は見つけられず……」
「ちっ! あのクソガキ、事もあろうに至宝を持ち出すとはな……。せっかくの手土産が……」
貴族の男が腹立ち紛れに毒を吐くと、騎士隊長が思わずその暴言を嗜める。
「ペリオトス殿。今回の件、いかに貴公が全権を預けられた身であるとしても、自国の姫を相手にそのような物言いは……」
「黙れ! そもそも貴様らが役に立たないから私が出張る事態に陥ってるのだろうが! 大体にして姫を相手にだぁ? あの国の行く末はもう切り売りされるのを待つだけの、ろくでもない未来しか無いではないか!」
「………………」
「できるだけ良い条件で大国にどうにか取り入ろうと、寝る間も惜しんで駆けずり回っている私の身にもなってもらいたいものだな!」
「それは……。はい、そうです、な」
しかし逆に噛みつかれる結果となり、騎士隊長は黙り込んでしまう。このペリオトスと呼ばれた男、見た目には一目で貴族と分かるそれなりの服を身に着けているが、よく見れば凄く疲れた顔をしていた。目の下には酷い隈を作っている。騎士隊長はその事を分かっているのか、それ以上は口を出さなかった。
「しかしあの鱗の話は本当だったのか。眉唾物の話だと思っていたのだが失敗だったな。本物だと知れていれば、もっと早くに手が打てたものを……」
ペリオトスが指しているものは、確実にハイエンシェントドラゴンの鱗のことであろう。つまり彼等は姫を追いかけてきた、ということだ。
「で? お前達は誰一人、彼の魔王とやらの下には辿り着けなかったのか?」
「……中々に恐ろしい目に遭うものが後を絶たず」
「ちっ! 荒事しか能のない連中が
ここには魔王の張った結界があるため、普通の者ならば自身が恐れるものを嫌と言う程見せられる羽目になり、恐慌をきたす。一方、恐れを知らぬものは目標を見失い、山を素通りしてしまう。騎士隊の面々は、そういう意味では普通の人々であったらしく、散々な目に遭った後らしい。
そこにペリオトスの怒りの矛先が、自分達に向けられたのを感じた騎士達は、複雑に表情を歪ませる。
「ふん、何だ? 言いたいことがあるならはっきり言え! 働き詰めでろくな休息も取れない私を現場へと引きずり出した挙げ句、武人のお前らは怖くて縮み上がっているので文官の私に代わりに見てきて欲しいと……言ってみたらどうだ!?」
「ペリオトス殿、どうかそのへんで」
色々限界なのか、ペリオトスの言葉には容赦がなかった。しかし騎士隊長も、まさかこれが本気の言葉だとは思っていなかったのだが……
「やかましい! 腑抜け共が声に出して言わずとも、私が行く以外あるまいよ!」
「……は? ちょ! お待ちを! 貴方は司令官なのですぞ!」
「……知るか!」
「ああ、もう……お前達! 付いてこい!」
と、ひとりずんずんと歩きだしていたペリオトスを追い、騎士達も再び魔王の住まう山の結界の中へと、重い足を踏み入れるのであった。
………
……
…
「……これは、そうか。結界になっているのか。はっ! あの筋肉にしか栄養の行ってなさそうな連中では辿り着けないわけだ」
魔王の結界に足を踏み入れた直後からペリオトスの周りは霧に覆われ、後を追いかけて来たはずの騎士達の気配も消えた。そのくせ、時折あちこちから悲鳴だけは聞こえてくる。つまりここには何らかの魔法に関する力が働いている、と見立てるペリオトス。それなりにできる男のようであった。そんな彼の周りでも、彼自身が恐怖するであろう何かが蠢いているらしかった。
「……ええい! 纏わりつくな! そんな物は恐怖でも何でも無い! そんな上辺の恐怖が何だ! 私はもっと怖いものを知っているぞ! すぐそこにある絶望をな!」
そうしてペリオトスは、彼にまといついて来る怪物達を振り切る。……すると、幻影は恐怖の質を変えてきたのか、別の一団がペリオトス目掛け押し寄せてきたのである。
「なんてたちの悪い……っ!」
必死でしがみついてこようとする幻影――戦火で傷ついた人々を見て、ペリオトスは苦々しそうに毒づく。いつの間にか辺りは戦場になっていた。何かが焦げた匂いや血の匂いまでも再現されているらしい。極めつけはペリオトス目掛けて寄ってくる、傷ついた人々である。あるものは腕を失い、あるものは体の一部を焼け焦げさせ、立てずに這い寄ってくる。……その誰もが見知った顔であったのだが、しかし彼はこれも苦い顔を見せながらも振り払っていく。最後の最後に一瞬だけためらいを見せていたが、その対象は彼の知る中でも最も親しい人物であったのだろう。
「……くっそがぁああっ!」
幻影を振り切ったペリオトスは全力で悪態を吐く。その直後、彼の周りからは霧は晴れていき、何もない本来の小山の姿が現れるのであった。
「ちっ、気分の悪いものを見せおって。恐怖……か、確かにな。あれは俺の恐れる未来そのものだった。そしてあの恐怖に打ち勝てたなら幻影は消える、ということか。ここは実際には何もない山だったのだな」
そしてなだらかな坂を、一歩一歩踏みしめ登るペリオトス。……が、じわじわ登る速度が落ちていった。元々彼は疲労困憊であったはずなので、当然のことと言えるだろう。それでも休むこと無く進み続けたペリオトスは、やがて山頂付近にたどり着くと、魔王の住まう小屋がぽつんと見えてきたのであった。
「はぁ、ふぅ、何も、無いくせに、無駄に、歩かせ……!? あれは……山小屋、か? (すぅ〜はぁ)ふぅ……しかし魔王というのは、ああいった粗末な場所に住まうものなのだろうか?」
魔王の山小屋を見て、そう思わない者は居ないだろう。せっかく辿り着いた者の中には、素通りして帰った者もいたに違いない。お子さ魔王……さてはそれを狙っていたりして?
一方ペリオトスは、姫が何か確信を持ってここへ来ていると踏んでいたし、あれだけの
「……何だこれは」
――所用に付き、対応できません。お帰り下さい
山小屋の扉には、そう張り紙がしてあったのだ。……が、ペリオトスがそんな言葉を飲むはずもなく、扉を力任せに叩き始めたのだ。
「ぐっ……! ふざけているのか! 出てこい! 居るのは分かっている! 我が国のクソガキ……いや姫がここに来ているだろう! ……むっ!」
「やかましい! お主、字が読めんのか! 大体じゃな、自信満々にそうそうここには追ってこれぬとなどと豪語しちゃった儂の身にもなれ!? ちゅうか儂は忙しい! そしてこっちに話は無い! 用も無い! 聞く耳持たん! じゃからかえぇええっ!?」
「やっぱりここか! アウレリア!」
ばたーんっ!
「っぎゃ――――っ! またこれか――っ!」
騒音に堪えかねた魔王が、扉を少しだけ開けてペリオトスに帰れと怒鳴るが、その隙間から姫の姿を確認したペリオトスは思い切り扉を引いた。ちなみにこの小屋には内ドアと外ドアがあるぞ! 内ドアは内向き、外ドアは外向きなのだ。今魔王が掴んでいたのは外ドアである。となれば、当然外向きの扉の取っ手を掴んでいた魔王は、外側に大きく引き出され……またしても自身の山を転がり落ちていく羽目になったのであった。ちなみに姫が全開にしたのも外扉だからね!
「むぅ、ぺりりん。ここまで来てしまったか」
「誰がぺりりんだ!? いい加減にその呼び方は止めろよ!?」
「……つれない」
そして何事も無かったかのように話を進める二人。ついでに姫の名前はアウレリアと判明する。ぺりりんは元から姫を敬ってはいなかったが、二人が気安い間柄なら納得できるというものである。
「当たり前だ! お前は一国の姫! 俺は木っ端な貴族! 普通に話せるほうがおかしい! ……お前の輿入れの話を進めなきゃならん。あと、至宝の話もある」
「断固拒否する」
「拒否権あるわけねえだろ!? 国民の命に関わることなんだぞ!」
……気安かったのは過去の話だったらしく、ぺりりんはこれでも身分差を弁えていた。……全っ然、敬ってはいないが。姫は姫で、輿入れの話は断固拒否の構えを取っている。そしてここに……
「何してくれとんじゃお主はぁ!?」
「うおっ!?」
またしても、すっ転がり落ちていった魔王だったが、今回は割とすぐ立ち直って転移してきたぞ! そして目の前に急に現れいでたお子さ魔王に、さすがのペりりんもびっくりだ!
「お前は……この山の魔王か。今は取り込み中だ。後にしろ。出直せ」
「ぬ? そうか、それじゃ出直すとす……るわきゃなかろうが!? ここぉ! 儂の家ぃ!」
だが、次の瞬間にはさっと機転を利かせて黙らせに来る辺り、できる男である。そしてぺりりんに言い包め(?)られて素直に何処かに帰りかけるお子様魔王、激おこで地団駄をふむのであった。
「面倒な奴だな」
「どういう言い草!? 儂、さっきはあ奴のせいで、そして今度はお主のせいで山の下まですっ転がらされてるのよ!? お主らの国は魔王を山の下に転がし落とす風習でもあるの!?」
「「無い」」
「なら何でやるんじゃよ……」
どうしても聞いておきたいとばかりにキレ気味で問い詰めるお子さ魔王。しかし帰ってきた答えはとってもシンプルな否定で……少しくらいは悪びれろよとばかりにへなへなと崩れる小屋の主であった。
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