お子さ魔王相談室出張所
「あんたはあんまり食べてなかったが良かったのか?」
「はい〜。私は少食なのでぇ、味見だけできれば満足ですぅ」
マイコニド娘はそう言うが、実際には食事の摂り方が違うのだろう。彼女のお持ち帰りを決めたお子さ魔王も、この件に関しては何も言わない。
「取引も無事終えたし、腹も膨れたし、お土産も買ったし、ギルドへ帰るとしようかのぉ?」
「かしこまりましてございます、雇い主様」
「うんむ」
そうして3人でギルドに戻ろうとしたその時、一人の人物が一行の前に転がり出てきた。
「あ、あんた! やっと見つけた!」
「何じゃいお主は」
「この本! 頼む! 買ってくれ!」
その男は分厚い本を掲げて買い取りをせがんできた。一方のお子さ魔王は完全に男のことを忘れていて、しきりに首を傾げていた。本を見れば思い出しそうなものだが……満腹だから頭に血が巡ってないのか? まぁ何より大きいのは、とっととギルドに寄って報酬を支払い、我が家に帰ることしか考えていないのだろうが。
「ほら、露店ででかい本を売ってた店主だよ。歴史関係の好事家がどうのって雇い主殿が言ってたろ?」
「む? ……おお、そうか。そういえば居たのぅ。ならお主はあの時、欲をかいた店主か」
「ぐっ……!」
「先程も言うたが、儂は別に欲しかったわけではない。故に要らん」
サイラスの説明で思い出したらしいお子様だったが、やはりというか珍しい位では欲しいとは思わなかったらしい。
「そう言わずに! 俺にゃこの本をさばく伝手なんて無いんだよ!」
「ほ〜ぉ? 伝手じゃと? ……ほ〜ぉ?」
伝手などという言葉を口にしたのは、サイラスの肩の居候たるお子さ魔王を置いて他にいない。であるならば、この情報は何処から出たのかというのは推理するまでもない。当の本人はというと、微妙に顔を逸らしている。
(こ奴、マイコニド娘の服を買いに行かせた時、ついでにあの男の元に寄って吹き込みよったな?)
「半値……いや! 10分の1でも良い! 頼む!」
しつこく食い下がる露店の店主に、少々うんざりしながらちんちくりんが問い質す。
「何故にそこまで金を欲すのじゃ?」
「ガキが……いるんだ」
「ふん……」
よくある与太話か、とちんちくりんは興味を失いかける……が、
「そいつがある貴族の馬車に轢かれたらしくてよ。しかもうちのガキが馬車の進行方向に飛び出してきたから、避けようとして車軸が歪んだとかどうだとか……。ガキの命は助けてやるが、慰謝料も治療費も出せと脅されてる……。それが馬鹿でけえ額なんだ……」
魔王は思案する。このような話は、よくある話だと思わなくもない。しかし金貨150枚もあれば、下手な馬車など3台は買えるはずの額であり、色々腑に落ちない。
ちなみにこの世界での貨幣は、大魔法協会と大商人組合が共同で設立している銀行のようなものがあり、そこで貨幣価値を保証している。また貨幣自体、ある種の魔道具のような物である。なので金貨の価値は金の重さの価値ではないし、ちょろまかしも偽造もできない。
「ふむ。あの時吹っ掛けてきおった額でも足らなんだのか? でなければ、値を吊り上げたりすまい」
「あの時はあの本の価値を知らなかったから……。咄嗟に口に出たのは慰謝料と同額だったんだよ。だってよぉ……それを払わない内は会わせもしなけりゃ治療もしねえって! なぁ頼む! もう欲はかかねえ! 少しでも良いから買ってくれ!」
必死の形相で頼み込む男に、ちんちくりんの足たる男が身動ぎする。それを敏感に感じ取った肩の上の居候は、やれやれと思うのである。
「……なぁ雇い主様」
「………………はぁ〜〜〜。お主のその性格、将来絶対に苦労するぞ? ……おい店主や」
「買ってくれるのか!?」
声を掛けられた露店の店主は顔を跳ね上げた。
「まぁそれも考えてやるが、まずはその子供の所へ案内せぇ。儂なら治せるやもしれんでの」
「……あんた、大魔導師様だったのか?」
治癒の魔法は、魔法を扱う者達の最高峰である魔導師の称号を持つ者達の、更にその一部の者達の秘匿している技術である。それをやれると口にするお子様は、実は大魔導師だと言われた方が納得ができる、とそんな心境で男は恐る恐る訊ねるのだった。
「そんなんはどうでもええわい。のぉ? 見せるだけならただじゃ。問題なかろう?」
「……だ、駄目なんだ」
「駄目? とはどういうことじゃ?」
見せられない怪我とははて? と、お子さ魔王は首を傾げる。
「……ガキはその貴族が連れてっちまった……らしい」
「……何じゃいそれは。それじゃあ怪我をした話すら怪しいではないか。本当に生きとるのか?」
「分かんねえに決まってんだろ! あんたのいう通り、うちのガキは生きてるかどうかも分かんねえ。でも会うにしろ何にしろ、まずは慰謝料だって言うんだぜ? そんな金、どうやって作れってんだ! 俺は……俺は強くもなけりゃ器用でもねえんだ……」
そう聞いて自称魔王は目の前の男の査定をする。確かに実力と言える程の何かを持っている気配はない。戦闘ランクは訓練を積んでいない一般人レベルかむしろ非力な位だろう。しかも自分で自分を器用じゃないとのたまうそんな人物が、簡単に大金を手に入れるなんてことができるとは思えない。となれば、方法など限られてくるわけで……
「で、ご禁制の遺跡に忍び込んだ……って所かの?」
「なっ……!?」
つまり、何らかの犯罪を犯してでも手に入れなければならないということだ。立ち入りを禁止されているような遺跡は、国が管理している特別なものであった。勿論、普段は兵士が駐屯しているし、見つかればそこで首を刎ねられる可能性が高い。……彼はそんな危険を犯してまで本を手に入れてきた、ということだ。
「生きて戻れたのは幸運じゃったのぉ。安心せえ。誰に言うつもりもないわい。にしても妙な話じゃのー?」
「妙……って?」
「お主、役所には訴え出なかったのか?」
「……相手が相手だけに、俺の話など聞いちゃくれなかったんだよ」
いくら相手が貴族とは言え、法の下では平等でなければならない。法の方を軽んじれば、それを制定した国を軽んじるということだからだ。それを捻じ曲げても罷り通ることのできる相手となると……
「それなりの……それ程の大貴族、ということか?」
「………………」
(にしても変じゃのう? ここの王はかような無法を許すような男に見えなんだが……)
事実を突きつけられた男はその場にへたり込んだ。ああ、そうだよ。大貴族様が相手なんだ。分かっちまったからには、こいつも俺を見捨てるに違いない、と。そう絶望してうずくまる。しかし、何故か王の性格を把握しているちんちくりんは、相手の肩書など気にしない。
「ほれ、顔を起こさんか。儂は見捨てるなどとは言うとらんじゃろ?」
思ってもみなかった言葉に、露店の店主はガバッと身を起こす。
「にしてもどうするかのー……。よし、お主! その貴族とやらの済む場所に案内せい!」
「案……内?」
「儂が話を着けてやろう」
「……あんたが何者かは知らねえが、どうにかできる訳ねえだろ!? 相手は貴族様だぞ!?」
希望が見えたと思ったら何てこと言い出すのだろうこのお子様は、と言わんばかりの怒声を放つ露店の店主だったが、対するお子さ魔王は至極冷静に答えを返す。
「落ち着かんかい。少なくとも儂には、お主が払わねばならぬらしい慰謝料とやらを優に超える財を持っておる。忘れたか?」
「あっ……」
言われてみれば、と湧いてきた希望に男は再び生気を取り戻し始める。
「それと……おい! ついてきておろう!? レグイン商会の者共!」
「れっ、レグイン!? ……って、あの?」
「あー、そうだよなー。普通は何もかもが大っきなとこだもんなー、あそこ。何でこの街の素材店だけあんななのか」
「(ふいっ)」
レグイン商会の
「……お呼びで?」
「話は聞いておったろう? 念の為にレグインに渡りをつけておけ」
「畏まりました」
「ああ、それと。この話の貴族について心当たりは?」
「恐らくアルダバン侯爵家ですね。レグイン様いわく、付け入るす……いえ、何の問題のない高潔な人物であるとのこと」
「うっかり付け入る隙が無いって言いかけたの!? 部下の言い草にまであ奴の性根が透けて見えるようじゃぞ、全く……。まぁ今はそんなのどうでも良いわ。アルダバンとやらの事はこの目で確かめるとしよう」
お子さ魔王にしてみれば、レグインが取引をする際の基準がどうであろうと知ったことではない。というか、今は何の参考にもならなかったので、自分の目で見てみるしかないと溜め息を吐くのだった。
その後、一行は店の店主の案内で件の貴族、ガリウス・アダルバン侯爵の邸宅を訪ねるのであった。到着するや否や、どうやってかこちらの来訪を察知していたらしいアダルバン家の執事が顔を出し、自称魔王の一行に対応するのであった。
「どちら様でしょうか?」
「儂は戦闘ランク7の冒険者であるザンクエニアと申す。ここな屋敷の主人にお目通りしたい」
「……貴方が?」
ジロジロと不躾にちんちくりんを吟味する執事であったが、成り行きを見守る一同の心は一つであった。「その気持ちは良く分かる」と。
「信じられんかの? なんならギルド職員に出張ってきて貰っても構わんぞ?」
「……それには及びません。旦那様は冒険者などにお会いになりませんから」
にべもなく追い返そうとする執事にお子さ魔王は、魔王らしく厭らしい笑いを含んで執事を煽る。
「ほぉ? しかしこ奴の子供を預かっているそうではないか? 何でも慰謝料と治療費を要求しているだとか?」
「……(ジロッ)」
「(ビクッ)」
何勝手に部外者に喋ってんだ、ぁあん!? って図である。なんだかこの執事、小悪党臭がします。
「そう、ですね。お支払い頂かない内は……」
「ほれ」
ジャリンッ
お子さ魔王は例のポーチを投げ、執事の目の前に落とす。
「……これは?」
「その中には少なくとも金貨1000枚分に届くだけの金貨と宝石が詰まっておる」
「いっ……!?」
「はぁっ!?」
金額の多さに執事は勿論、露店の店主も素っ頓狂な声を上げる。……サイラス? 聞かないふりしてますよ?
「何じゃ? 出せんと思うたか? 戦闘ランク7の冒険者を侮り過ぎではないのか?」
「……しかし、これは貴方の金であって」
「店主、拾え。やる」
「……はっ!? へ、へい!」
露店の店主は、突然話を振られて慌てて状況を飲み込むと、地面に投げ捨てられたポーチを拾い、そのまま執事へと突き出す。
「で? 十分じゃろう?」
「………………」
「さぁこ奴の子供を返してもらおうか?」
「……できません」
もう反論できないよね? とばかりに外堀を埋めていったのにもかかわらず、帰ってきた答えはノーであった。
「なんでだよ!」
「あの子は……あの方は、ご当主様の息子であるリオルド様の忘れ形見。貴方のような方の手元に置いておくわけにはいきません」
「な……なん……?」
「あー、やはりのぉ……」
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