ご飯は続くよ満腹まで

「ご主人様ぁ? 今から焼きますのでぇ、私のキノコも食べて下さいなぁ」


 そこに、何故かしな・・を作りながら、マイコニド娘が自慢の逸品を手にして訴えかけてくる。が、それを見た他の二人は微妙な顔になる。


「お、ぉぅ。頼むの。……なんじゃ、こ奴が大きなきのこを手に、なんてこと無いセリフを言っただけのはずじゃのに、何故こう動揺してしまうんじゃろか?」


「奇遇だな……何故か俺もそう思っていたところだ」


 そんな二人を尻目に、マイコニド娘は何処から取り出したのか炭に火を点けると、巨大エノキを串に刺して焼き始めた。幾つかは途中まで縦2つに裂き、間に塩漬けの脂身を挟んで炙っている。


「しばらくお待ちくださいねー」


「うむ、楽しみにしておるぞ」


「ってことならしばらく掛かりそうだし、次行くか。そろそろガッツリ行きたいだろう? ……だから肉だ!」


「ぬ!? おっほー! にく! に……く? のぉ、なんちゅーか、これ……白くないかのぉ?」


 サイラスが包みより取り出したのは何故か白い肉塊であった。ちんちくりんならずとも、首を傾げたに違いない。


「まぁ肉って言うより、脂身だな」


「……のぉ? さっきの塩漬けといい、何でお主は脂身が大好きなんじゃ? 確か儂、これの隣で焼いてた赤身に反応しとったはずじゃよな?」


「あー、あの動物の肉はなぁ……赤身は固くて臭くてまずいんだ」


「なんと……」


「それと、別に脂身が好きってわけじゃないんだが……まぁ食え。これもそこそこ美味いから」


 薄くスライスされたそれを、マイコニド娘の分と取り分けて咀嚼するお子さ魔王。


「むー……(ぱくっ)……!? おお、脂身と聞いておったから柔らかいのかと思いきや、ずいぶんと歯ごたえがあるもんじゃなぁ。(もっきゅ、もっきゅ)むぐむぐ、かと思えば、噛めば噛むほど旨味が滲み出てきよる。……しかしやっぱり脂身は脂身じゃぞ? ……さては?」


「何だ、流石に二度目は騙されないか。これはさっき言った臭くて硬い肉を、脂身や香草と共に細切れにして形成して焼いたものだ」


 そしてサイラスが改めて取り出したのは、表面の焼き色が美味しそうなハンバーグなのであった。


「おお!? はんばぁぐ・・・・・っちゅーやつか!」


「お、何だ知ってたかー。さすがはランク7ってとこか? 以前は金持ちとかでかい組織のお偉方がこーっそり食ってたらしいんだが、こんなのは安い肉にこそ必要な技術だからなぁ。あ、これも熱いから気をつけろよ? ってああもう、言う前から」


 これも律儀にマイコニド娘の分を取り分けると、サイラスの言葉なんぞ耳に入らないとばかりの勢いでハンバーグに食らいついていたお子様であった。


「あむっ! ほふっほふっ! おうっふ! うんっまー!」


「ま、流石に包み揚げの中身の熱さ程ではなかったか」


「うまっ、うまっ、うっまー! うむ! これは美味い! 臭いらしい肉も香草類のブレンドの妙か、ただただ肉々しさを残すのみ! 脂身も全体に馴染んでおるのかはんばぁぐ全体にコクがある! 美味い!」


 お子さ魔王も、今度は醜態を晒すようなことはなかったらしい。ただ純粋に舌鼓を打っていた。……食べ切るまでは。


「美味かった……が、のぉ? 言うてはなんじゃが、ちょっと重いのぉ? 美味いけど。……で? で? 次は?」


「はいはい、次はこれだ。お勧めだぞ?」


 どうやらお子様魔王にしてみると、少しばかりこってりが重過ぎたらしい。年寄りか? その割に胃袋は次の刺激を求める辺り……どんな胃袋してるんだ? やっぱりお子様なのか? そんな年齢不詳の雇い主の前に差し出されたのは、


「……ぬ? これは、麺、か?」


「そうだ。すごーくあっさりしてるから、クドくなった口の中をすっきりさせてくれるぞ?」


「(ちゅるちゅる)んぐっ……ほぉ。これは……やさしいのぉ」


「梅干しというらしいんだが、こいつを何かと一緒にクツクツ煮ただけのシンプルな汁なんだそうだ」


 二人は出汁の正体を知らなかったが、それは昆布である。魚の出汁も加えればメインにもできそうな味にはなるのだが、サイラスの選んだ店の主人は昆布のみのあっさり出汁を選んでいた。クドい食べ物の多い土地柄なので、最初から口休めの一品にと考えていたらしい。尚、お子さ魔王は殊の外これがお気に召したようで、何度も頷きながら麺を啜り上げていく。……やっぱ年寄りか。


「うむ。これは良いものだ」


「だろ?」


 梅と昆布の麺をお子様魔王が堪能していると、マイコニド娘が焼き上がったキノコを手に振り返った。


「焼き上がりましたよぉ〜」


「おお! 待っとった!」


「俺も楽しみだったんだよな、そのでかいキノコ」


 サイラスとお子さ魔王、各々が大きなエノキを、そのままのと間に塩漬け脂を挟んだものと2つ受け取る。


「まずはそのままでー」


「ふむ。何の味も付けずとも良い、ということかの? どれどれ、あんむっ……ほふっ! あふっ! ほふっ!? ……うふぅぅんまぁあぁ」


「うっ……めぇなこれ。何だこれ……!? ぷりっとした食感はもとより、炙ったことによる香ばしさ、そして素材そのものの味や香りなんだろうが……最高だなこれ」


「うふふふふぅ〜♪」


 二人の絶賛っぷりに、マイコニド娘は嬉しそうに笑みを返す。……つか、そのキノコ、仲間じゃないんだろうか?


「つ、次はこっちじゃな! あむっ! ……っほぉおお! 強めの塩気が又合うのぉ! そのままでも、身から染み出す香りと旨味で美味しく食べられたが、塩っ気があるとまたそれはそれで美味い!」


「驚いた……これは本当に美味いな。この町の名物になってたかも知れないぞ?」


「……(ふいっ)」


 そんな未来を奪ったことを、少しだけバツが悪そうに顔を背けるお子さ魔王。それに気付いたサイラスは、キノコ娘は雇い主が連れて行くことが決まっていたことを失念していたようで、しまったという表情を見せた。まぁ実際の所、有名になってしまえばマイコニド娘の正体はすぐにバレる。そうなればろくな未来は待っていなかっただろう。しかし、そんな事情を知らないサイラスは、急遽話題を変えることにした。


「あー、なんだ。さっきまでの揚げ物や肉料理に代表されるように、この街はちょっとばかりクドい食いもんが多いんだが、同時にさっぱりさせる食い物も多いんだよ。さっきの麺とかこれとかな」


 そう言ってサイラスが取り出したのは、楕円の天頂部を外側に引き伸ばしたかのような黄色い果実。


「おお、レモンじゃな? ……まさかそのまま食わせるわけではあるまい?」


「ん? 平気な奴は割とそのまま齧ってるぜ?」


「(ぶるっ)わ、儂はパスじゃ」


 サイラスの言葉に、お子様舌らしい雇い主はレモンの酸味も苦手なのか、想像してしまったようでぶるりと身震いする。そんなお子様相手にサイラスは何かを取り出し、中身を差し出しながら媚びるポーズを取って、


「そんなレモンの苦手な貴方にもおすすめな、これっ!」


「……何じゃい。急に妙な口調になりよって、気持ち悪い奴じゃの」


 と、かなりドン引きした自称魔王に一刀両断されたのである。


「……これを売ってた売り子のものまねだったんだが、気持ち悪いは流石に酷くないか? まぁ……それは良いや。これは陸椰子の実と海椰子の実、そしてレモンをバランスよく配合してパイ生地に練り込んだお菓子だ」


 陸椰子はナツメヤシ、海椰子はココナツの事である。ナツメヤシの実を干したものは、非常に甘みが強くてねっとりとしている特徴を持つ。一方、ココナツから取れるココナツミルクは、油分の多いコクのある素材である。それらとレモンの果汁や皮をパイ生地に練り込んだり、刻んで混ぜ込んだりして焼いたお菓子であった。


「お菓子!! おお! そういえばあったの! 儂も目にしておったわ!」


 見た目がイカツイ、正に冒険者そのものであるサイラスの奇行に目を奪われてしまっていたお子さ魔王。しかし差し出されたものが自身でも目をつけていたお菓子であったことに気づくやいなや、ひったくって食いつくのであった。


「(ぱくっ)おほぅっ!? (バクバクバクッッ!)……あんまぁい♪ ……うむ! 一口目にレモンの爽やかな酸味と香り! しかしその酸味をまろやかにする海椰子のコク! 更には甘みの強い陸椰子が纏めてくれておる! 完璧なお菓子じゃな!(ぱくぱく)」


「気に入ってくれたようで何よりだ」


 幸せそうに咀嚼するお子さ魔王を眺めながら、自身の分も差し出すサイラスであった。イカツイおっさんが、年端のいかぬ幼児を餌付けする図のように見えなくもない。マイコニド娘が居るので親子っぽく見えなくもないが、居なければ確実に通報されている事案である。

 ……尚、屋台で買い上げたものはまだ幾つか残っていたのだが、サイラスの雇い主は十分満足したようなので、昼食はここでお開きとなった。勿論、残りは自称魔王がお持ち帰りになりました。



 ――一方その頃、自称魔王の去った後の冒険者ギルドではこんな事があったとさ……。


 ランク7のちんちくりんに噛み付こうとしていたチームのリーダーは、仲間の魔法使いの必死の引き止めにあの場では引き下がってはいたものの、時間が立つに連れてイライラが募ったらしく文句を言い始めていた。


「なあおい。あいつが強いかも知れねえってことは分かった。がよぉ? 流石にお前らは怯え過ぎじゃねえのか?」


「「「ふざけんな!」」」「「「馬鹿かてめえ!」」」「死にたきゃ一人ね死ねよ!」「黙れアホが!」


「うぉっ……」


 と、彼の言葉に反応したギルド内の魔法を多少は扱える者達から、総口撃を食らうのであった。


「あいつがランク7? はっ! ランクが8や9でしたーって言われたほうがまだ信じれるっつーの!」


「「「そーだそーだ!」」」


「……お、おい、マジでか?」


 戦闘ランクが7というのでも、常識を疑うようなおかしなランクなのである。何せ亜竜種とタイマン張れる単独討伐任務があるのだから。それがランクが8や9ともなってくると、伝説レベルの英雄である。騒動の原因となってしまった男は、流石にそれはないだろう? とある種の縋る気持ちで周りを見るが……。


「俺はあいつが魔王を名乗っても信じる」


「亜龍種どころか、ドラゴンの成体でも相手になるかどうか……」


「俺はどこぞで崇められてる精霊か超越者だと……」


「俺は気付いたら意識飛んでた……」


「……」


 一部の関係あるのか分からない被害報告を除き、彼等のザンクエニアに対する評価は青天井であった。それも一人や二人ならともかく、自分よりずっと強いと認識していた冒険者達まで話に加わって来たことで、噛み付こうとしていた相手の恐ろしさをここでようやく知ることができたのだった。この日を境に、彼は誰彼構わず喧嘩をふっかけるのを止めたという。……それまで彼に危機回避能力は非常に低かっただろうから、ある意味幸運だったと言えるだろう。

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