ご飯は美味しく楽しく食べましょう

 町外れの広場には町民や冒険者達が焚き火のできるスペースがあり、食事を取ったりするのに利用しやすいよう幾つかテーブルが備え付けられている。その一つに着いた一行は、サイラスの回収してきた昼食を広げて一息ついていたのであった。お子さ魔王は席に座るなり、溜め息混じりに呟いた。


「やれやれ、びっくりしたわい。まさかのすっぽんぽんでアレを着とったとは……」


「俺もびっくりだよ……」


「お手数掛けましたぁ」


 サイラスも釣られるように溜め息を吐き、元凶であるリフィのほほんと謝罪する。キノコ着ぐるみを脱いだ彼女は、肩までかかる緑色のストレートヘアをしていて、現在割とセンスの良い服に身を包んでいた。ただ、リフィは少々豊満な物をお持ちなので、周りの目を集めそうではある。


「ああん? のぉサイラスや? 嘘はいかんのぉ。鼻の下伸ばして舐め回すように見ておったろうに」


「ちょ、そんなじっくり見てないわ! 気付いたら顔面に、クソ重たいポーチぶち当てられてた位だしな!」


 ここぞとばかりにイジるお子さ魔王であったが、自分の方こそマイコニド娘が脱ぐのを即刻止めた上に、サイラスの事をさっさと追い払っていたのを思い出す。そもそもお子さ魔王の位置からは、サイラスが何をどう見ていたかは良く分からないのである。しかし、


「あらぁ? そーなんですかー?」


「そーなんですよ!? 見てませんて!」


 身を乗り出してわざとなのか胸を強調したマイコニド娘から、思いがけない援護射撃が入るのであった。自分が弄れなかったのはともかく、サイラスの良い表情を見られたとお子様魔王は一人頷く。しかしこのネタではもう追求する余地がないことに思い至ったお子さ魔王、切り口を変えてみることにしたのである。


「にしても儂は、お主の買ってきた服のセンスの方が意外じゃったわ」


「意外って……悪かったなぁ? 店の人に当たり障りのない服を選んでもらったんだよ。俺のセンスは関係ない」


「ほほぉ、帰ってくるのが少し遅いと思っとったら、そういうサービスがあったんじゃの。……詰まらん。弄れんではないか」


「あんたは俺にどうして欲しかったんだ……」


 サイラスが思わず呟いた言葉を拾った雇い主は意地の悪い笑みを浮かべ、サイラスは心底嫌そうに顔を顰める。しかしお子さ魔王の方も、それ以上掘り下げることも出来ず、己が手で余りイジれなかったことを少々残念に思いつつも、そろそろお腹も減ってきた頃である。そもそも、サイラスをいじろうとしながらも視線はずっと目の前の食事に釘付けであったのだから。


「それでぇ? 今からお二人は昼食なんですう?」


「そうじゃ。多少多めに買っておるでの。お前も加わると良い。それとこれらはこの街の住人であるサイラスのお勧めばかりでの? 期待して良いぞ! ちなみに儂が街で気になった食べものは大体入っておる!」


「へぇ、じゃあご主人様の目が、地元民であるサイラスさんのお勧めと被る位に確かだ、って話なのですねぇ?」


「如何にも! なのじゃ!」


 ドヤ顔で胸を張るちんちくりんであったが、対面に座るサイラスはある単語・・・・に思考を奪われていた。


「……ご主人様?」


「はいぃ。私、ご主人様に飼って頂く・・・・・ことに成りましたぁ」


「……ぇ?」


「まぁそれは………………ぇ? は、ぁあ!? おぃぃ!? ちょ、おま、言い方ぁ!?」


 自称魔王は経緯はともかく、彼女を連れて行くことは否定せずに話を続け……る前に、マイコニド娘の放った単語の問題点に気づく。マイコニド娘の言い方だと誤解を招きかねない、というか既にサイラスは誤解してるとしか思えない表情をしていた。慌てた自称魔王が、言い方を考えて言い直せとばかりに注意するも、


「? 何か間違ってますぅ? 心地よい空間をご提供頂きぃ、身の安全を保証もして頂きぃ、好きなように暮らして良いとの仰せではなかったですぅ? 飼われるのと何か違いがあるのですぅ?」


「ぬっ!? ……間違っておるとは言い難い……がしかし! 違うと言いたい!」


「……まぁ分かったよ」


「絶対勘違いしとるじゃろ!?」「お分かり頂けたようでぇ」


 平行線な二人と一人であった。サイラスをイジれなかったばかりか、下手すれば自分が弄られるだけの結果に終わりかけたことに釈然としない自称魔王は、マイコニド娘にじっとりとした視線を送る……が、当の本人はニコニコして見つめ返すばかりで恨みの視線も効果はなかった。


「ぬっ……ぐ、ま、まぁ良いわ。それより飯じゃ飯。儂は腹が減った!」


 どうにも分が悪いと判断したのか、露骨に話題を切り替えることにしたようだ。サイラスはサイラスで、この話を掘り下げても意味がないだろうと、苦笑しながら雇い主が最初に目をつけた猪肉の串を包みから取り出した。


「ふむ。これがあの猪肉……って、何じゃ? 最初に見たときより色が濃くなっておるな?」


 お子様魔王の指摘通り、初めに見かけた時には薄い飴色をしていた肉だったが、サイラスの取り出した串肉は焦げ茶色に色付いていた。


「ああそれはな、あの店の自慢のタレを重ねて塗り直して遠火で焼かれてるからだな。だからある程度焼き続けたのがお勧めなんだよ」


「ほほぉ! じゃからあの時、後にしようと言ったんじゃな? 儂はすぐにでも食いたいと思ったもんじゃが……あむっ……!? はふっはふっ、うっ!? っま――――――っ!」


「ははっ、気に入ったみたいで何よりだ」


「これはタレの影響か? 表面が若干パリパリで! 脂とろっとろの! 歯ごたえ抜群な! ザ・肉の串! じゃな!」


 余程美味かったのか、お子さ魔王のボルテージは振り切れんばかりだった。そしてすぐさまもう一本へと手を伸ばそうとし……サイラスにやんわりと止められるのだった。


「おおう……気に入り方が凄いな。ってか、待て待て。他のだって美味いんだから、串ばかり食べようとするんじゃない」


「むっ!? ……しょうがないのぅ。……で、こっちはアレかの? あの細切り野菜の包み揚げかの?」


「ああそうだ。中はかなり熱いから気をつけろよ?」


「分かっておる! 子供扱いしおって……あーんむっ……! むぉあっ!? あっふぁっ!?」


 せっかく注意を受けたのにもかかわらず、口の中で熱さ大爆発だったらしく、お子さ魔王はそれでも吐き出そうとはせず悶絶する。その辺りは偉いと思うが、口の中を火傷しちゃったら意味がないぞ。


「ほれ見ろ、言わんこっちゃない」


「ふあぁあふぅぅふおおぁお……」


 口を開けて、中で触れる面積を減らしながらどうにか冷まそうとするお子さ魔王。しかし、効果はイマイチだった!


「魔法ですこぉしだけ冷ましたらどうでしょう?」


「ほぁっ!? ほへはぁっ!」


 おお、それだ! お前天才! とばかりの視線をマイコニド娘に送り、すぐさま魔法で口の中を冷めきらない程度に冷やす。……ついでに口の中の火傷も直していたのだが、それはちんちくりんのみぞ知ることであった。


「……(もぎゅもぎゅ、ごくんっ)うんっま! はぁああ……。やっさしい甘さじゃのー。下になっとった部分は流石に水分を吸って柔らかくなっておったがもちもちじゃったし、それ以外はまだまだカリッとしとるのぉ! そのカリッカリの皮を噛み割ると、熱熱の餡がスープと一緒に解け出てきて、口の中を旨みたっぷりのスープで満たしてくれる、何とも言えぬ美味さじゃな! 熱かったけど……。しかし干した獣の臓物から出る出汁というのはこれほど美味いもんなのか……」


「へぇ、隠し味は臓物なんですねぇ……。何処かで買えるでしょうかぁ?」


 食べてる最中に臓物臓物と連呼され、少々げんなりしながらもサイラスはその問いに答えるのだった。


「……臓物は止めろって。後で取り扱ってる肉屋に寄ってやるよ」


「絶対じゃからな!」


「はいはい」


 妙に元気いっぱいな自称魔王に、人混み嫌いな割に元気なランク7だなぁ、と思いつつ曖昧な笑みを返すサイラス。


「それで次は何じゃ?」


「ああ、これはちょっと好き嫌いが別れるんだ。これが中身でな? 寒い地方で穫れる海の獣の脂身を塩漬けにしたものなんだが……食べてみるか?」


「む? ……むぅう。やはり、しょっぱいの。旨味がないわけではないが、儂には塩辛すぎるのー……」


 お子さ魔王は渋い顔するものの、塩気に脂身とくれば、酒飲みには堪らない逸品であったろう。


「ま、そうなんだが、ここに小さく刻んだものがあってな? これを細切り野菜に混ぜ、酸味の強いベリーのソースをたらし、このとうもろこし粉でできた生地に包むと……食ってみろ」


「ぬぅ……お主がそう言うなら美味いんじゃろうが……(ぱくっ……もぐもぐ)!? (ガツガツ!)美味っ、美っ味ーい!? なんじゃこれ、なんじゃこれ!?」


「あんまり甘いソースじゃないけど、ベリーの香りと野菜、所々塩っ気が現れて面白いだろ?」


「うむうむ! 野菜が主体故か、余り塩漬けのしょっぱさが気にならんのぉ! これは野菜の方も、甘みの強いものが多いんじゃな?」


「正解」


 食事が美味しかったことは勿論、立てた予想が正しかったことも相まって、とてもご満悦なお子さ魔王であった。


「むっふー! 美味いのぉ! ……次! 次は何じゃ!」


「揚げ芋だ」


「揚げ……芋じゃと……!?」


 サイラスの言葉に驚愕の表情を浮かべるお子様魔王。しかしその理由は大したことではなかった。


「何だ、知ってるのか」


「うむ、聞いたことがある、ってだけじゃな。飲ん兵衛共がよく噂してる食いもんじゃろ? 何時も噂にしか聞かなんだのでな、少し楽しみなんじゃ」


「そっかそっか。雇い主様のいう通りの代物だな。これは芽を取って揚げて、塩を振っただけのシンプルな揚げ芋になる」


 そして差し出された揚げ芋をマジマジと眺めてから一気にかぶりつく。……あ、注意はどうした?


「はぐっ……!? あっふぁあああ!?」


「あっ! 済まん! 言い忘れてた!」


 しかし2度目ともなると、手慣れた感じに手早く口の中を冷やすお子さ魔王。恨みがましい目をサイラスに向けつつも、咀嚼は止めない。


「むぐむぐ……(ごくん)。……美味い。美味いが熱かった」


「すまんすまん」


 サイラスが頭を掻きつつ本当に済まなそうな表情を作るものだから、お子さ魔王はそれ以上に何かを言うことができない。なのできっぱりと忘れ、今食べた揚げ芋についての話をすることにした。


「しかし何じゃの? 変わった風味じゃの?」


「ああ、そりゃあ動物の脂で揚げてるからだな。コクがあって良い感じだろ?」


「ほぉなるほどのぉ。確かにこれは止まらんな。皮付きのまま揚げてあるのも、パリッ! としていて良いし、中はホックホクで甘みさえ感じるのぉ」


「美味いのは分かるが、まだ後にも控えてるんだから程々にしておけよぉ?」


 適温に冷ましては口の中に放り込んでいくお子さ魔王に、サイラスは聞いちゃいねえな、と苦笑するのみであった。

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