貴族の子
馬車の事故原因を作った平民の子供の話が一転、その子が貴族の血をひいていたという話になったが、お子さ魔王はこれを予測していたらしく驚かなかった。確かに大貴族であれば、無理を通して法をある程度捻じ曲げることはできるだろう。地方自治そのものを丸ごと抱き込めば良いのだから。しかし何時、王の耳に入るとも限らない立場を危うくする行為でもある。そもそも大商人であるレグインが、高潔な人物だと評した貴族がそんな事をするであろうか? 逆に、やましい事を何もしてないとすれば、何故法の側が貴族を守るのか? 答えは元々その子が貴族の血に連なる人物であった、ということだ。
「じゃが、やり方が少々荒すぎやせんか? こ奴が育ててきた事実は覆りようはないはずじゃぞ?」
「だから何です? どうせある程度育てたら、娼館にでも売り払う算段だったのでしょう」
「ふざけんじゃねえぞ!?」
執事の発言に露店の店主がキレて差し出していたポーチを地面に叩きつける。「それ、儂のポーチ……」という呟きは、サイラスだけが拾っていた。というかお子さ魔王、自分で放り投げておいて、ポーチは返してもらう気だったらしい。そしてポーチの事を気にしてない風を装いながら、何とか言葉を絞り出す。
「……おぅ。あー、なんじゃ、娘じゃったんか。そういえばそこら辺は聞いておらなんだのぉ。で? そ奴と引き離された娘はどう言っておるのだ?」
「………………」
「何じゃ? 言えぬのか? まぁその反応が、娘がどうしたいと思っているのかの答えで間違いなかろうな。……で、店主よ。お主はどうするのじゃ?」
「はぁっ!? 何分かりきったこと聞いてやがんだ!」
未だ執事の暴言に感情が引っ張られていた露店の店主は、ちんちくりんの問いにも噛みつかん勢いだった。
「落ち着け。話の流れから察するに、お主の子は継子、あるいは拾い子であったのじゃろ? そして今は
「左様に御座います」
「……」
お子さ魔王、これだけごねておいて、実はちゃんと確認してなかったとかだったら分かってるよな? とばかりに睨みつけるも、執事の方は当然確認も何もかも全て済ませております、とばかりに涼し気な顔をして応える。
「それで? どうするのじゃ? 幸い娘はお主を慕っておるようじゃし、やはり引き取るのか? お主はここのお貴族様以上の何かを娘に与えてやれるのかの?」
「……」
魔王の問いの真意を正しく理解した露店の店主であったが、その答えは出ない、いや出せないまま無言でうつむくのであった。
「……はぁ〜ぁ。ほんに人というのは難しいものよのぉ。……よし決めたぞ! 儂はやはりここの主人に会うとしよう!」
「ですから我が主人は……」
「おや、遅れてしまいましたか?」
また押し問答が始まろうか、とそんな所に一人の人物が顔を出す。その不自然に気配の無かった登場に、お子さ魔王は内心、小さく悲鳴を上げていたのだった。
(うひぃ!? なんで気配を絶って現れとんじゃこ奴は! ちゅうか絶対出るタイミングを図っておったに違いない! ぜ〜ったいそうじゃ!!)
このビビリ魔王の心情は、唯一足であるサイラスのみが知っていた。なにせ髪の毛をぎゅーっと掴むものだから、声には出さなかったものの痛いったらなかったのだ。一方、執事の方は新たに現れた人物を良く知っていたらしく、
「!? レグイン商会の会頭……?」
「はい、そうですよ。この方が珍しく私に手伝えと仰るので罷り越しました次第です」
「この、方……」
レグインの言葉を受け、執事は改めてちんちくりんを見やるのだった。心情はこうだったろう。何なんだよこいつは、と。
「で、私めはこちらのご当主様にお会いできますのでしょうか?」
「………………私の一存では」
執事の返答には間があった。何せレグイン商会は貴族の横繋がりにも一役買うほどの大商会。その会頭が会いたいといえば、アポ無しだろうと断る貴族はいない程であった。つまり、この執事の権限や判断では、相手を上手く追い返せない程の人物だということになる。
「では迅速な確認をお願い致しますね。まぁ、別に私共との取引に魅力を感じて頂いてなければ別に構わ……」
「今すぐ確認してまいります!」
すぐに行動しない執事に発破をかけて追いやると、レグインはお子さ魔王に愛想を振りまくのだった。
「これで宜しかったですか?」
「……うう、お主に借りを作るのは業腹じゃが、今回は致し方ない。良く……やった、レグイン」
その言葉を聞いて、に――――っこり、と笑みを深める。
「……うう、なんか取り返しの付かない過ちを犯した気がする」
その後、間を置かずして戻ってきた執事により、一行は侯爵家当主の下へと通されたのであった。
………
……
…
応接間に通された一行は、お子さ魔王のみが最大限に寛いでいた。そこに遅れてやってきたのは武人を思わせるがっしりした男性ことガリウス・アルダバン、この家の主人である。
「……待たせてしまったか?」
「良い。大いに寛がせてもらっておった。ここの使用人は洗練されておるようじゃな」
「(ジロッ)」
ソファに深く腰掛けたお子さ魔王の尊大な態度に、執事の視線がきつくなる。
「止めよ。その方は下手をすれば私なぞより身分が高い方なのだぞ」
「そ!? ……んな、まさか」
主からの叱責に、驚愕の表情を浮かべる執事。
「よいよい、国なんぞに組み入られる気はないからのー。そこらの話は無しで普段通りでお願いしたい」
「分かった、そうさせてもらおう。して、要件とは?」
「この家に引き取られた娘に関してじゃ」
自称魔王が無駄話無く直球で本題に入ると、侯爵の表情も怖いものとなった。
「どのような話かな?」
「事の始まりはここな男が蚤の市で、希少性の高い本を売っていた事に起因するんじゃが……その値は金貨150枚じゃった」
「ふむ? ……続けてくれ」
急に関係無さそうな話を始めるお子さ魔王であったが、侯爵の方は魔王のことを良く知っているからか、辛抱強く話の続きを聞くことにしようだ。
「……儂はちょうどその時、非常に気分が良くてのぉ。珍しいものを見つけたと、半ば金をくれてやるつもりで言い値で買おうとしたのじゃ。が、この者は欲をかいたらしく、本の値段を釣り上げようとした」
「ふむ……」
縮こまる露店の店主と、それ見たことかと言わんばかりに鼻で笑う執事。二人の様子をちらりと見ながらも、侯爵は話の肝の部分が読めずに困惑していた。
「まぁそこで儂は買うのを止め、その場を後にしたんじゃが……こ奴はぶらぶらしとった儂のことを必死で探し当てての? そこでこういうんじゃ。半値でも10分の1でも良いから買ってくれ、と」
「……欲張った割には随分と安くしたものだ。何がなんでも金を作りたいという意志が見えるな」
「じゃろう? じゃから儂もそこで少ーしばかり興味が湧いてしもうての?」
と言いながらお子さ魔王はサイラスに視線を送り、そのサイラスは視線を逸らす。
「ふむ……その気持ちは分からなくもない」
「でじゃ、大金がどうして要るのかという話を聞いてみれば、こ奴の子供がお貴族様の馬車の前に飛び出ていったらしいからだ、と言うのじゃ。そしてその貴族の従者? かに言われた話がこうじゃ。馬車も傷んだので慰謝料を請求する。加えて子供も怪我をしてるが治療はしてやる。ただし慰謝料を払ってからだ、子供は預かってお……」
「バルナジオ!!」
「……」
お子さ魔王が何を語らんとしているかを察した侯爵は、己が部下の名を怒鳴りつけるように呼んだ。
「どういうことだ? あの子はちゃんと話を付けて引き取った、そう聞いていたはずだが?」
「……あの方を育てていたこの男は非常に卑しい男なのです。日々の糧を盗みに頼ることもありました。きっとお嬢様が育った暁には、娼館に売り飛ばすつもりだったのでしょう」
「(ギリッ)」
侯爵はきちんとした手順で引き取ったものだと思っていたらしい。一方で、以前より露店の店主を監視していたらしいこの家の執事は、主人の孫娘を育てていた男をクズと判断したようだ。そして先程と同じ内容の暴言を浴びせられた露店の店主は、怒りで顔を赤くするものの流石に貴族の前では怒鳴り散らすような真似はせず、悔しげに歯噛みするに留めるのだった。
「しかも慰謝料の話を持ちかけた時、この男はどうしたとお思いですか? ご禁制の遺跡にまで忍び込む有様ですよ?」
「!? このっ……大馬鹿者!! あそこは常に国の兵が見張りを立てておる! 忍び入って見つかりでもすれば、問答無用で即斬り殺されてしまうわ! そんな危険な場所にわざわざ忍び込んでまで命懸けで金を作ろうとしたこの者が、売り飛ばすつもりであの子を育てていた訳がなかろうが!」
「そ、それは……」
武人然とした侯爵の全力の怒声を前に、流石の執事も縮み上がる。というか、この迫力満点の怒声を聞いて涼しい顔をしているのはマイコニド娘とレグイン、そしてお子さ魔王だけであった。……いや、お子さ魔王は小さく体を跳ねさせていたので実はビビっていた! そしてそのちょっとした機微を見つけては愉悦の表情を浮かべている変態はレグインであった。……つまり、何とも思ってなかったのはマイコニド娘だけである。恐るべし! マイコニド娘!
それはさておき、侯爵は椅子より立ち上がり露店の店主の前まで歩み出ると……
「……君、名前を聞いてもよいだろうか?」
「ろ、ロドって言います……」
そこにビビリモードより立ち直ったお子さ魔王は「ほう、そんな名前じゃったかー」と独り言ちる。相変わらず人の名前を気にしない奴だなぁ、と今は足の役をお休み中のサイラスは内心苦笑する。
「ロド君、知らぬこととはいえ済まなかったな。これはこれで当家のことを考えてくれて取った行動だったとは思うが、非礼 をお詫びする。どうか我らを許して欲しい」
「ぅえっ!? ちょっ! 頭を上げて下さい! ……俺なんかを相手に」
「旦那様!?」
「バルナジオは控えておれ! ……一人の孫を持つ爺として、これは当然なことなのだよ、ロド君」
「許します、許しますから! ……頭上げて下さい」
「感謝する。そして今まであの子を育ててくれたことにも、重ねて深い感謝を捧げよう」
完全に挙動不審になった露店の店主改めロドなのであったが、侯爵の感謝には終わりが見えなかった。そこに先程までビビっていたへたれ魔王が、儂の出番じゃ! と言わんばかりに助け舟を出す。
「……おーい、そろそろ止めてやれ? どうして良いか分からぬようになっておるぞ? 下手な平民の中には貴族に頭を下げさせたら首が飛ぶなんて思っとる奴もいるくらいじゃしの」
「む? そうなのか? ……そうか」
流石にそれは言いすぎではあったのだが、ロドの表情を見て真に受けた侯爵がようやく顔を上げ、ようやくロドはホッとした表情を見せる。
「で、その娘とやらは何処におるんじゃ? まさかこの流れで会わせないというのは無かろう?」
「うむ、当然会ってもらって構わない」
その言葉にロドは気色満面となり、執事はどこぞの魔王程ではないが、苦々しい顔を見せる。しかし次なる魔王の提案で、執事は苦い顔では済まなくなるのだった。
「で、じゃ。ついでじゃからこの者を雇わんか?」
「……なるほど、それは名案かもしれんな」
「旦那様!」
私は反対ですと口には出してないが、態度からはありありと分かるレベルであった。が、侯爵と魔王は気にせず話を進める。
「のぉ店主……いや、ロドや」
「へいっ!?」
「……何で儂にまでビビっとるんじゃお主。今更じゃろうが?」
「い、いや、あんた凄い偉い? 人、だったっぽいから」
自称魔王に声を掛けられたロドは、気まずそうに目を泳がす。お子様が偉かろうが、大金吹っ掛けたり散々怒鳴ってしまった後では、確かに今更な話である。
「置いとけ置いとけ、んな話。でじゃ。お主の子供……いや、本当はガリウス殿の孫娘じゃったか? 毎日とはいかんでも、会えるためならばどんな仕事でも覚えるじゃろう?」
「覚える! 覚えます! 何でもします!」
「じゃ、そうじゃが? どう思うバルナジオとやら」
「……仕事に適当や妥協は許しませんよ」
「!? はいっ!!」
一方は渋々了承し、もう一方は拳を握りしめて喜びをあらわにした。
「ということでどうやら丸く収まったようだの。どれ、その子供とやらと会わせてもらおうかの?」
「うむ。マルグリッタを呼んできてくれ」
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