第3話 通常の世界

 つかつかと萌美家の玄関に歩み寄った彩は、手前にあるコンクリート敷きに足を乗っけた。

 「通常の世界じゃ」

 彩は透過することなく乗っかる足を見つめながら呟いた。

 「秒針が元通りに、一秒一秒を刻んどる」

 腕時計を見つめる吉弘がほっとする。

 「彩と言いますが、もえちゃんは居ますか」

 既にインターホンを鳴らしていた彩が伝えていた。

 萌美が不機嫌そうな顔付きで出てきた。赤紫色のジャージーというラフな格好だが、モデルのようにすらりとした萌美が着るとおしゃれだ。

 「何の用?」

 冷ややかな目つきで萌美は、彩と吉弘を見た。

 「かなちゃんから聞いたんじゃけど……」

 一瞬にして顔色を変えた萌美が、しゃべり出した彩を黙らせるように、ぴしゃりとドアを閉めた。すたすたと駐車場の空きスペースに向かうと、後ろをついてきた彩に、くるりと向き直った。その表情は、苛つきを押さえているような感じだった。

 「何を聞いたん?」

 「あたしとよしくんが付き合っとるとかどうとか……」

 彩は語尾を曖昧に引きずった後、はっきりと否定する。

 「付き合っとらんから」

 「わしはあやちゃんのこと、なんとも思っとらんで」

 横から口を挟むようにして吉弘も否定した。

 「あたしもよしくんのこと、なんとも思っとらん」

 畳み掛けるように彩は言い添えた。

 「わかった」

 萌美は表情を変えることなく、ぽつりと言った。彩と吉弘は、あまりにもあっさりとした返しに、肩透かしを食らったような気分になった。

 「ボール……」

 言い掛けて止めた萌美が、彩を睨んだ。その目は、責め立てるようだった。だが、つんと背を向けると、振り返ることなく家に戻っていった。そんな萌美を止めるわけでもなく、追いかけるわけでもなく、呆然と彩は去っていく背中を見つめた。吉弘は納得のいかない表情で、萌美の背を見送っていた。二人は、過ぎていく時間を忘れ、その場に立ち尽くした。

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