(3)
「お姉ちゃん? 手、どうしたの……?」
ミカがそう言うまで私は、その日のミカの髪型を懐かしい気持ちで見ていた。丁寧に編み込まれた二つ結びは、特別何があるわけでもない普通の日を、ほんの少し特別に、ほんの少し豪華にしてくれる髪型。子供の頃、母親にお願いして編み込んでもらうのが好きだった。
「手?」
目を見開いて固まるミカには過去一番の恐怖心が見える。どうしたのだろう、と自分の両手に視線を落とそうとして、気がついた。
左手がない。
左手をなくすような出来事なんてなかったと思う。どこに落とした? いや、落とし物じゃあるまいし!
……それに、こんな展開は記憶にない。おかしい。嫌な予感がする。
「ミカちゃん、今日何か変わったことはあった?」
ミカが訝しげに眉を寄せた。それはそうだ。切羽詰まった様子で急に関係ないことを問われたら困惑するに決まっている。
「うーん……あ! 飼育係になったよ。今日係決めをしたの」
飼育係? 清掃係ではなく?
「それでね、この後飼育係のマイちゃんとモモカちゃんと一緒に猫を拾いに行く約束をしてるの」
猫? 飼育係が猫? 学校で猫を飼うことってできるのだろうか。五歩くらい譲ってミカのクラスで猫を飼っても良いことになっているとして、これはどういうことだろう。私は猫を拾いに行ったことなんてない。
「飼育係になったの?」
「お姉ちゃんが昨日おうちでネコちゃん育ててるって言ってたでしょ? ミカも育ててみたくなっちゃたの!」
そうか、この左手失踪事件の犯人であり黒幕であるのは、私。
一瞬にして立ち上がった仮説は、悲しくも論理的で現実的だった。実行犯は目の前にいるこのミカかもしれないけれど、どっちにしたって同じことだ。いなくなった左手は私とミカの間に落ちている。
「そっか」
きっと、学校で猫は飼えない。だから行くのやめなよ。
そう言ってしまえれば楽だけど、これ以上なかったはずのことを口に出してしまったら、どうなってしまうのか。想像ができない。次は右腕が消えるか、足が消えるか、それともこの世から消えているか。
ミカがスカートの裾を握りしめて心配そうに私を見ていた。
「お姉ちゃん、時間切れになっちゃうよ」
気がつけば砂時計の砂はほとんど落ち切っていた。私とミカが話せる、本日分の制限時間。何か、何かできることは——
「隣の席のユウキくんも猫探すときに誘ってみたらどうかな? もっと仲良くなれるかも」
情けないことに私ができたことといえば、そう提案することだけだった。本当はしばらく後の予定のはずだったけれど、何も知らないミカは名案だとばかりに頷いた。
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