(2)
夏も終わったというのに肌を焼くような暑さは健在だ。去年買った薄い長袖の秋物ワンピースを着る機会が、今年は何回あるだろうか。冷蔵庫から缶ビールを取り出して、そんなことを思いながらプルタブに指をかける。プシュッと音を立てた缶から見事に泡が吹き出した。
指についた泡をなめて、鼻歌で今日テレビで流れていたCMのBGMを再現する。自動車のCMで、爽快感のあるアップテンポの洋楽だ。飼い猫のリリが合いの手を入れるように私の足元で鳴いた。
——まだ大丈夫。順調だ。
ミカと会うのは小学校の近くの公園の大木の裏と決まっている。大木の裏に着いて砂時計をひっくり返すと今日もミカが駆け寄ってきた。
「今日ね、運動会の練習の五十メートル走でミカ一位だったんだよ!」
「一位なの? すごいじゃん、おめでとう!」
ミカは「玉入れの練習は今度の体育でやるんだって」と運動会の練習のことをたくさん話した。聞き役に徹しながら小学校の運動会を思い浮かべる。一年生の頃は赤組が優勝した。私は白組だったから、あんなに頑張ったのにと悔しかったのを覚えている。
中学の時は運動会の直前に、自転車同士の事故に巻き込まれたことがあった。事故の相手は私よりもひどい怪我をしていたようだから、左腕一本の骨折だけだった私はまだ運が良かった。ただ、生まれてから一度も大怪我をしたことのなかった私は大げさともとれるほどの衝撃を受けて、しばらくギプスのついた左腕を直視できなかった気がする。その記憶が強すぎたからなのか、中学の運動会は記憶が薄い。運動会と聞いて思い出すのは自然と、疲れることも気にせずに走り回っていた小学校の頃になっていた。
ミカの話がひと段落した時、ミカの後ろの垣根を猫が通り抜けて行った。灰色に近い白猫で、リリに似ている。もしかしたらリリの親だったりして、と想像して頬を緩めた。
「嬉しいこと、あったの?」
私の表情の変化を感じたミカは小首を傾げる。愛猫家は猫の話になると饒舌になる。特に飼い猫の話は。それを甘く見てはいけない。
「今後ろに猫がいたんだけど、その子が私の飼っている猫に似ていて可愛かったの」
そう言ってから、本来言う予定ではなかったことを言ってしまったことに気がついた。焦りを隠しながら、どうにかして話を本筋に戻そうと頭を回転させる。
「猫?」
私はミカの声が聞こえなかったフリをした。「そういえば!」と大きめの声でミカの視線を遮る。
「ミカちゃんは運動会何組なの?」
随分とわざとらしくなってしまったにもかかわらず素直にそれに答えるミカは、再び運動会の話に熱を上げた。
どうにか乗り切ったとほっとした、その翌日のことだった。
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