第8話 『属性』は世界へ
愁那やバルドのいる組織から逃げるため、自身のエネルギーの大半を消費して発動した『バースト』の強化版『フルバースト』。
それによって尋常でない速度で吹き飛ぶと同時に、急激なエネルギーの枯渇により意識を失った。
そして数時間後。
「……………………」
ザブーンという波の音が響く。
音は聞こえるが、目は開かない。体も動かない。
意識もあまりしっかりしていない。
…あの後、全身を打ち付ける風圧の激痛が意識を起こしては失い、起こしては失うを繰り返し、生きているのかさえ分からなくなっていた。
もはやどうしてこの身を維持できているのかも分からない。
当に肉塊になっているのだろうか。
どれもこれも『属性』のせいでもあり、お陰でもあるのか?
これがなかったら俺は当の前に死んでいる。
しかし、これのせいで俺は訳の分からん組織に狙われ、戦っている。
もう疲れてきた。
死にたくはない。だが、これ以上頑張ったって何がどうなる。
このまま…身も心も底に沈んで…
『……ろ』
…何だ?
『起…ろ』
…このまま沈ませてくれ
『起きろ!』
「………ぶはっ!」
どこからか聞こえてきたその声は動かなかった体を動かした。
その時、目に入り込む日差しを眩しがることすら許されない、自分の状況を即座に理解させられる。
今、俺は広大な水上に浮かんでいた。
そして沈みかけていた。
少し水を飲み込んでしまった。
この塩味…もしかして…ここは、海?
「だっ…くっそ、沈む」
ここまでずっと着てきた学ランが重い。
元から重かったのが、水分を吸ってより重くなってる。
このままだと上手く身を動かせんし、水泳経験も意味をなさん。
脱ぐべきか…。いや、俺にはこれがある。
「『ブースト』」
いつも通り手足の先から炎を噴射し、上昇する。
熱気により足元の水上は蒸発する。
やっぱりこの量の蒸気が直撃しても一切熱く感じない時点で、俺の体は普通のものじゃなくなっているのを再確認する。
…正直、あのまま意識のほぼない中沈んで殺してほしかった。
でも、聞こえてきたあの声は…俺の声だ。
頭では死なせてくれと思っているが、どこかの俺は生きたいって言っているのか。
なんとなく、まだ死んではいけない、やることがあると頭に浮かび上がってくる。
なら、それに従おうじゃないか。
本能か、気分か、運命か。この『ブースト』で向かうべきところがあると、誰かが言っている気がする。
そっちの方に行ってみるか。
「いやー…早くも体感数時間。…ここ、どこだよ!!!」
大海の中心で一人叫ぶ。
さっき海に沈んだことで、相棒という名のスマホ君が力尽きた。
生憎と着ている学ランとかの衣服は『属性』の熱気のおかげかすぐに乾いたが。
制服のそこら中に白い点がある。…塩か。
しかし、こうなると方向音痴の俺がまともに目的地に着くことは不可能になった。
現在地の確認も出来ない。
まさか人生初の海が、こんなことになるとは誰も想像できんだろ。
かなりの時間移動しているが、一向に大陸が見えん。
ちょこちょこ島とかは見つかるけどなぁ。
いっその事、無人島とかだったら住み着いて俺の島にしてしまおうとか思ってしまった。
変に原住民とかがいたとしても皆吹き飛ばしてしまえるだろう。
でも、今はこのまま引き寄せられるように向かうべき場所に向かうことにする。
道中なんか人がすげーいる島を見つけたけど、観光地かなんかかな。
俺の目的地じゃないから降りなかったけど。
…というか、最後に飯を食ったのは東砂たちの研究所が最後だ。
今の日付けが分からないから、どうか分からないが少なからず3日は経っているはず。
それだけ経っていて一切腹が減っていないのはなんでだ。
「………お?」
またかなりの時間移動していると、広い陸地が見え始めた。
…日本っぽくはないな。
沿岸部はそれは都市っぽいのがあるけど、その奥の方に見える自然は日本ではないだろう。
…っていうか、俺ってこんなにも目良かったか?
「…あ、メガネ」
気付いたらずっとかけていたメガネが無くなってしまった。
吹き飛んだ時に振り落とされたか?
たまに着けているのに着けていないと思って分からなくなる時があったが、それと同じで今まで気付かなかった。
でも、流石にメガネが無かったらまともに見えないからすぐに気づく。
視力両目0.001台を舐めるなよ。
はぁ…もう訳分らなくなってきた。
いくらなんでも『属性』だけでここまで人間を…やめている訳じゃないが変わるものなのか?
PM 2:30 ハワイ
『おい!なんだあれ!』
「UMA?」
『人間が…飛んでる』
『スーパーマンだ!』
功次が見つけた人の多い島というのはハワイだった。
本人は気づかないが、『ブースト』が噴射する火は周囲の人間がすぐに気づく程の気温の変化を起こしていた。
『どんどん暑くなってくな』
『早く泳ご…暑い』
海岸にいる人間は急激に上昇していく気温にやられ、海に入っていく。
そんなことが地上で起きているとは露知らず、功次は飛んでいく。
PM 2:50 アメリカ合衆国
『大統領、20分前にハワイ上空を謎の人型物体が飛行していたという報告がありました。推定速度、秒速580mと。ソニックブームにより海面にも多少の影響が』
『…ほう』
アメリカ大統領の元に先程の情報が入る。
『現在ネットの方に映像や写真が出ており、様々な意見が出ております』
『例えば』
『UMA説、エイリアン説、未来人説、兵器説などが』
『君はどう思う?』
『私としては、現在接近が困難を極めているフロリダの重力操作人と同じ類かと』
大統領は深々と椅子に座り、大きな窓から外を眺める。
『恐らく、君の予想は正解だろう。それらと同じように世界各国において異常な力を扱う人間の出現により、対応に追われている』
話に出ているのは、アメリカ、ロシア、イギリス、ブラジル、中国、そして日本。
『我が国としては、その者の排除及びフロリダの復興は優先課題としていますが未だに有効な手は見つからず…』
『…本当にそうかな?』
『…はい?』
『今、日本には火を操る者がいるという。そして世に出ている情報』
『…大統領、まさか』
大統領は立ち上がり、アメリカ地図に目を向ける。
『そのジェットマンがどこを目指しているのかは分からない。しかし誘導可能であるならば、フロリダに向けることも一つの手ではないか?』
『しかしそれでは…より大きな被害の可能性も…』
『目的を達成するのに犠牲はつきものだ。多少の損失、この国が乗り越えられないとでも?』
大統領の言葉に部下は口をつぐんだ。
『最悪の場合、フロリダ州周辺から国民を避難させ、核攻撃による処理も視野にいれる』
PM 3:00 エクアドル周辺上空
「ここら辺だな」
俺を導く何かまでついた気がする。
見たことない森林だ。
まるでアマゾンの熱帯雨林…いや、実際の場所なのか?
まぁ、いいや。
とりあえず地上に降りてみよう。
『この気配…来おったのか』
一人の老人が周辺の木々のざわめき、獣の唸り声から察する。
『長老』
『安心せい。儂が行こう』
村人の問いかけに答え、老人は騒ぐ自然のなかに身を投じた。
「すげーけど…」
周囲に聞こえる無数の羽音に全身が鳥肌を起こす。
俺…虫無理なんだよ。
てか、人間の気配が一切しないな。
一応やっとくか。
「『熱源探知』」
目を閉じ、周囲の熱を感じる。
木々が少しオレンジっぽく見える。俺の体は既に感じることが出来なくなっているが、きっと周囲は暑いんだろう。
だが、そんなことよりもそこらじゅうから感知できる虫の形に怯える。
今の状況だったら獣よりも怖いな。
もしもここが予想するアマゾンならば、周囲を飛ぶ中に見える蚊はとても危険だ。
マラリア熱などを起こす病気を持っているとかを聞いたことがある。
どんな病気かは知らないけど…少なからずただの風邪とかではないはずだ。
「………だぁーっ!鬱陶しい!」
虫嫌いの俺からしたら、ずっと羽音が聞こえる時点で不機嫌極まりないのに刺されたら危ないという意識が余計精神を擦り減らす。
「燃やし尽くすか」
近場の木に近づき、手から出した火を近づける。
「じゃあ…なぁぁぁぁっ!?」
燃やそうとしたとき、足元の根っこがうねる様に動き出しはじき出されてしまう。
な、なんだ?
大自然の植物っていうのは自己防衛反応でも持ってんのかよ。
「木が意志を持っているのか?…じゃあ、こっちは」
他の木に火を近づける。するとまた根っこが拒否するように俺を吹き飛ばす。
いや、すげーな。こうなってくると都市部で飼いならされた植物たちが貧弱というか危機管理能力が無いというか。
まぁ、植物にそんなことを思うのも何だが。
しかし困ったな。虫が嫌というのと普通に危険だというので何とかしたいが、今の俺に出来ることが燃やす以外が無い。
正直環境問題だとかそんなこと気にしている場合じゃないんだよな。
「おとなしく燃えてくれ」
軽い火ではどうしようもないことが分かったので、無理矢理燃やすため手から火を噴射しようとする。
「…のあ!?ちょちょちょちょっと待てーっ!?」
すると今度は周囲の木々の蔓が伸び両腕に絡み付き拘束される。
そのまま地面から5m程まで持ち上げられてしまう。
「くっそ…なんなんだよ!」
振り払う間もなく根が足に絡み付き拘束される。
「…これじゃあ研究所に囚われている時と同じだな」
にしても、いくらなんでもこれは変だぞ。
ただの植物がここまで出来るわけない。
食虫植物とかそういう次元じゃなく、もはや人が食われてもおかしくない。
「くっ…いい加減放せ!…いっだだだだだ」
なんとか暴れて振りほどこうとするが、蔓や根が体をキツく絞め始める。
「お、折れる折れる!」
『…自然に歯向かうからそうなるのじゃよ』
骨が悲鳴をあげ始めた時、何処からともなく声が聞こえてくる。
「な、なんて?日本語で頼む」
『小僧…日本人か。んん…これなら分かるかの?」
「あぁ」
さっきの聞いたこともない言語からうって変わって、流暢な日本語になった。
「で、何処にいるんだ?」
縛られて動けないので首を回し周囲を見る。
「ここじゃよ」
「うわぁっ!」
俺の真正面に上から逆さで老人が姿を現す。
「どうやって…って、爺さん、あんたもこいつらに縛られたって感じか?」
「たわけ、んな訳無かろう」
すると爺さんの足に巻きついていた蔓がほどけ、すっと着地する。
「小僧…あれ?なんと言ったかの…そうじゃ『属性』持ちじゃろ?」
「なんで…それを…」
確か『属性』ってそんな知られているようなものじゃないだろ?
なんでこんな辺境の地、圧倒的樹海にいる爺さんが知ってるんだ?
「そりゃのぅ…儂も小僧と同じようなものじゃからな」
「な!?」
「信じぬか?」
「…」
「今の日本の若者じゃのぅ。意思表示が出来ん。まぁ良い。今から言うことを守れるなら、そやつらから放してやっても良い」
別に信じていない訳じゃないが、なんかそう判断されてしまった。
「…分かった」
「なら、この中では小僧の『属性』を使うことを禁ず。良いな?」
「あぁ」
すると爺さんはあや取りをするような手付きをすると、俺を縛っていた蔓がほどけていく。
「…助かった。でも、ホントっぽいな」
「なんじゃ?」
「爺さんが『属性者』っての」
「そう大それた物でもないがの。ちと、こやつらと仲良くなれるだけじゃ」
さっき俺が燃やそうとした木々を撫でながら爺さんは言う。
「そうか」
この爺さんからは全く敵意を感じない。
別に友好的かと言われたらそういうわけでもなさそうだけど、少なからずバルドとか日狩・夜見よか話が通じそうだ。
「ついてこい」
「…あぁ」
とりあえずこの場に居続けても何もなさそうなので、素直についていこう。
…もしかしたら、俺を引き寄せたのはこの爺さんかもしれないしな。
「…にしても、こりゃあすごい大自然だな。見たことねぇ」
「そうじゃろうな。今の
何処に向かっているのか分からないが、改めてみて周囲は圧倒的な木々。
俺も父さんの登山趣味によくついていくが、ここまでのものは見たことない。
「それもそうだな。…で、聞いて良いか?」
「なんじゃ?」
俺は静かに警戒して話しかける。
「この周りにいる生物の気配はなんだ?」
ずっと多くの動物の視線、息づかいが聞こえてくるものだから安心して歩くことが出来ん。
少し目を動かし見てみると豚やら蛇やら猿やら蜥蜴が一定の距離を取りながら俺等を取り囲んでいる。
「安心せい。そやつらは襲って来ん。小僧が下手な事をしない限りな」
「そうは言ってもなぁ…」
「逐一気にしてたら、この先、生きてけないぞ。落ち着いてついてくれば良い」
言われた通りにしよう。
襲ってこないんならそれでいい。
もし襲ってきたら、その時は爺さんに何とかしてもらおう。
俺に『属性』を使うなって言ったのは爺さんだしな。
「フゴッフゴッ」
「んな!?おい!」
少しすると目の前から猪が走ってくる。
こっちに突っ込んでくるぞ!
しかし爺さんはそのまま歩き続ける。
あのままだと死ぬぞ!
「くっそ、『生成:ハンド…』うぐっ!?」
構えてハンドガンを形成しようとすると、地面から根が生えて顎に激突してくる。
痛ぇ…。
「でしゃばるな小僧!」
爺さんに怒られおとなしく引く。
「ヒトだけでなく、獣達に敵意があるかどうかも知れ!」
突っ込んできた猪は、爺さんの手前で減速し止まる。
そして爺さんは屈んでその猪を撫でる。
…マジかよ。
「現代の童共は自然がなんたるかを知らん。確かに獣は人の知るところでない。しかし同じ生物である以上、無益に殺傷することは断固として同断じゃ」
「…悪い」
「過ちから学べるのであれば良いだろう。…先程の行動も儂を守るためじゃろ。じゃがな、小僧の『属性』は火。この場で扱えば、最悪が起こり得る。それは心にとどめるのじゃ」
「分かった」
そしてまた歩き始める。猪も一緒に歩き始める。爺さんの足元で。
こうやって無害な感じで歩いているならば可愛いものなんだがな。
「…ところで一つ聞いてもよいかの?」
「ん?」
また少しすると、爺さんが話しかけてきた。
「小僧は日本の子じゃろ?」
「そうだな」
「今尚、動物愛護団体は存在しているのか?」
「…?まぁ多分。ちょくちょく熊とかの話題で猟師とかとぶつかってたな」
「愚かな」
「え?」
穏やかな声とは一変、俺に怒ったとき同じようなドスの利いた声に変わる。
…どこかキレるところ合ったか?
「どうしたんだよ?」
「実に愚かだ。どうせそやつらは本物の自然を知らん。ただただ無知の上に可哀そうだとかを抜かしおる。儂とて無益な殺傷を行うのであれば、誰であろうとも許さん。じゃがな、古くから人と動物というのは適度な距離で関わってきたのじゃ。その調整を行ってきたのは紛れも無い猟師などの自然に携わる者。無関係の都会共がそれを抜かす権利も立場もない」
「お、おう…」
「まず考えてみるのじゃ。その獣共の被害が及ぶのは自然に隣接しうる田舎と呼ばれる地域や猟師。都会民は被害も危険性も知らん上での高みの見物か。そんな者、真なる獣に喰われればよい」
爺さんの言わんとしているところは分かる。
俺も山に登ることはあるから同年代の中では割と自然に触れていると思うけど、あんな足場の悪い中で熊やら猪やら遭ったら堪ったもんじゃない。
そう言ったことを全く経験していないだろう奴が、無責任な事を言うなということだろう。
「で、結局どこに向かってんだよ?」
かなり歩いてきたが視界には木々の山々。実際は違うのかもしれないけど、知らない人からすると何の変化もない。
「もうじき着く」
「そうか………………………ん?」
確かにもうじきだったな。
急に視界が広がり、旧時代的な建物が乱雑する空間に着いた。
奥に一際大きい樹が見える。
ちょこちょこ見える人の姿は民族的とはいかないが、街の中では決して見ないだろう恰好をしている。
俺が着ている学ランみたいに縫い目もしっかりしている訳ではない。布という布といった感じだ。
『おかえり。長老、そいつか?』
何処からか、男性が近づいてくる。
…何を言ってるのか分からない。
『うむ。危険な存在ではない。儂の部屋に連れていく。誰にも手を出さんよう伝えてくれ』
『分かった』
ここの民族特有の言語だろうか。
英語すらまともに分かんない俺からしたら、全く聞いたこともない言語を理解するのは不可能な事だな。
「ついてこい」
「あぁ」
とりあえずまた爺さんの後ろを歩き始める。
その最中、ここの集落みたいなのに住んでいるだろう人たちを見ていた。
あちら側も俺の方をみんな見ているので変な視線が集中していた。
まるで『属性』を手に入れた時に世の人が俺に向けてきた視線に似ているな。
こういうところの住人は原始的な武器とかを持っているイメージがあったがそんなことはなく、割と普通だ。
まぁ、これだけ人と建物があって機械類の物が一切見当たらないのは文化圏の差を感じる。
建物もコンクリとかの建材ではなく、植物製のもののみ。
狼が息でも吹けば、木っ端微塵に飛びそうだ。
そしてついたのは、先程から見えていた巨木。
真下まで来ると、その高さに気圧されそうになるほどだ。
根の太いところだけでも俺の数倍の大きさをしている。
まるで自然の東京タワー。
…この樹、『属性』を感じるな。もしかしてこの爺さんが?
「何を立ち止まっておる。入るといい」
「あ、あぁ…どうやって?」
俺の疑問はそこだ。
爺さんは樹のふもとで止まるが、どこにも「入る」ような空間はない。
「気にすることはない。そのまま歩めば、道は出来る」
「何言ってんだ?」
でも、言われた通りに前へ足を動かす。
根にぶつかる直前に、太い根に人が通れるくらいの穴が開く。
「…マジかよ」
そして広がったのは樹の中がくり抜かれたようになっている巨大な空間。
「なんじゃ?小僧も使う『属性』でもこれくらいの事は出来よう」
「いやいやいやいや!無理だろこんなん!」
さも当たり前かのような反応をしているが、いくら何でもレベルが違う。
俺は言っても火炎を出して、それを飛ばしたり、身に着けたりして身体を強化するくらいのことしか出来ない。
ここまで自然というか土地・環境に大きな影響を与えるようなことは、到底無理だ。
「まぁ、立ち話もなんじゃ。座れい」
すると爺さんが地面に手をかざすと、木造の椅子と机が出てきた。
とりあえず座ろう。
久々に椅子というものに座った感覚は、体の力が抜ける様だ。
そのまま木材に座っているとは思えないクッション性を感じる。
ほんとに木か?これ。
出現した机の上には蠟燭が置いてある。
爺さんがライターを懐から出し火をつける。
俺の火とは程遠く儚く弱い火。
それがこの広い空間唯一の光源となった。
「じゃあ話すかの。まず小僧、その力をいつ手に入れたのじゃ」
「…17の冬だから、8ヶ月くらいは前か」
よくよく考えると結構前だな。
その期間殆ど家に帰れていない。
いい加減変な注目されるのも終えて、家でゲームしたい。
普通に遊びたい。
って言うか本来だったら、俺は受験生なのか。
まぁ、勉強なんかしてる場合ではないが。
この力さえなくなれば、元の日常に戻れると思っていたけどそんなこともなくなってきたな。
「そうか、まだ人間の範囲で生きておるのじゃな」
「…?」
どう言うことか分からず首をかしげる。
人間の…範囲…?
「小僧はこの力についてまだ知らないことが多そうじゃな」
「逆に爺さんは『属性』の何を知ってんだ?」
「小僧が儂の場に来たことも何かの縁。教えてやろう」
俺自身では何も調べたりはせず、今のところ持っている情報のほとんどは東砂や織原、あと以前の組織で耳にしたものだ。
「まずじゃ。この力のことをどう解釈しておる?」
「…俺を面倒事に巻き込んだ邪魔な力?」
「ふむ、間違ってはいないじゃろうな。じゃが…それによって未だ命を繋げているというのも真じゃろう」
「うっ…まぁ、そうだけど」
複雑な気分だ。
これが無かったら当の前に普通に死んでいるから恨もうにも恨めねぇよなぁ。
「この力はな、誰でも手にすることが出来るわけじゃないんじゃよ」
「へー…でも、そりゃそうか。誰も彼も持っているんだったら、これを使って戦争が起きている筈だからな」
「この力は戦争をするためにあるのではないからのぉ」
「そりゃあ…な」
「で、じゃ。改めてこの力はなんのためにあると思う?」
何のためか。
結局のところそんなことを考えるような場合ではなかったからな。
とりあえず死にたくない。それだけのために使ってきた。
「………悪いが、分かんねぇな」
「もうちと考えたらどうじゃ」
「自分じゃ分かんないときは他人に聞くって言うのがやり方なもんでな」
「調べたりしたらどうじゃ」
「そんなもん何処にもないぞ」
「…それもそうじゃの」
ボケてきたんか、この爺さん。
俺だって辞書やらスマホがあるなら自分で調べるさ。
まぁ、あったところでまともな答えが見つかるわけ無さそうだが。
「じゃが答えが出なくともよい。ただ今の小僧がどう感じているかを見ようとしただけじゃ。その顔を見るところ今はまだ何も分からぬと言った感じじゃな。生きることに精一杯にも見える」
「悪いな。大した答えが出なくて」
正直『属性』を手に入れてからここまでゆったりとした時間は久しぶりだ。
何かを警戒し続けるように意識を全方位に張り巡らす状況が続いていた。
それと比べたら今のこの状況はあまりにも静か。
風の音も人の声も鳥のさえずりも、全てが遮断され時が止まったように感じる。
「では次の質問じゃ。この『属性』のデメリットとは何か分かるかの?」
「…デメリット…?」
そんなもんあったのか?結構バンバン使ってたぞ。
デメリットの事なんて東砂とかは教えてくれなかったし資料にも書いてなかった。
バルドとか愁那のいる組織の奴らもそんな話は一切していなかった。
…いや、もしかして知らなかった…とか?
「どんな力にもそれ相応の犠牲というものはついてくる。世というのはそういうものじゃ。それはこの自然すらも操るこの力にも当てはまる。むしろこれほどまでに強大な力である以上、相当なものがあるとは感じんかね?」
「…言われてみればそうなのか?でも、そう言われてもデメリットなんて今の今まで気にしたことも感じたこともない。だから分かんないぞ」
俺の思うにデメリットと言うのは、『属性』使用時の疲労、そして『理性の欠落』。
それくらいだ。
…でも、これほどの力のデメリットと言うのならあまりに軽いのだろうか。
もっととんでもないものが俺らの背には乗っているのかもしれない。
「これは早めに知っておく必要がある。特に小僧のような若者にはな」
「…それで、それは?」
「不老じゃ」
「…は?」
「小僧は今の年齢から老いることはない。寿命でも病気でも死ぬこともない」
…なん…だと。
じゃあなんだ?俺は老いず、永遠の10…今は8か?
永遠の18歳として生きるのか…。
何だろう…それだけであれば別にそこまでのデメリットには到底思えないんだけど。
「…ん?不老ってだけなのか?不死ではないのか?」
いつもならセットで聞くような単語が聞こえなかったので聞いてみる。
「そうじゃな。心臓を打ち抜かれる、脳を粉砕される、肉体が消失する。そんなことが起きれば生物として死ぬのは当たり前じゃろう」
流石にそうか。
それで死ななかったら、とうとう人間というか生物じゃあないな。
…でも、日狩は体が光の粒子になって分解されてから生成していたけども、あれは話が違うのか。
自分の意思ならばいいんだな。
あんな状態になられたら、こっちの攻撃が当たらない。
夜見も闇に潜られてしまったら同じだ。
俺も似たようなことが出来たらなぁ。
「なんじゃ、小僧。もしやこの不老という効果の恐ろしさを理解していないようじゃな」
「あぁ、分かんないね。正直老いで死なないのは逆にメリットだと思うんだが」
「馬鹿か小僧。お前さんは理解しておらん」
「何をだ?この力さえあれば、そんな簡単に死なない。さっき言ったみたいな外的要因で死ぬことが無いなら、残りの死ぬという要因がなくなるなんて滅茶苦茶いいじゃないか」
これがあれば今の状況では言えないけれども、精神が持てば働きまくって金は稼げて、ゲームしてアニメ見放題だ。
俺の脳ではメリットくらいしか思い浮かばない。
「それがデメリットなのじゃよ。儂が力を手に入れたのは1926年、
…この爺さんめちゃくちゃ生きてるな。1926年の時に78だと?
ってことは今の年齢は175くらい?ギネス更新だな。
でも、そう言うデメリットか。
今の俺には関係ない話だな。俺が看取りえる人はいない。
「…小僧、お前さんが死ぬことはおそらくないだろう。さすれば必ず経験をするぞ。もう生きることをやめたいと」
「いーや、ないね。俺はいつまでもポジティブでいるだろう」
「ふっ、どうだかな。知識と経験が異なるように、いざその場に対面すれば案外思うようにならんものだ」
鼻で爺さんが笑うと木の椅子から立ち上がる。
「どこいくんだよ」
「ちと皆の様子を見てくる。小僧はここにいろ」
別に反抗をする必要もないので、言われた通り広大な樹の中に留まることにした。
ついていこうとする足を無理やり止めて。
爺さんは再度根に空間を作り外に出た。
傍から見ても人間業じゃないよな。
…あの感じ、爺さんの『属性』は『固系属性』なんだろうか。
どう見ても実体のある物を操っている。
だが東砂はあそこまで応用を利かせていた記憶はない。
他に『固系属性』っぽいのはバルドの『氷』か。
しかし体感的に敵に回したくないのは、断然こっちだ。
なんだろうか。本能的なものか、この爺さんと戦って勝てるビジョンが見えない。
どう考えても、若さと老いという間には隔絶した力の差を生み出す。
それなのにその差が意味を成さなくなる状況に立たせているのが『属性』だ。
…いい加減腹を括るべきなんだろうか。
外界の音が一切遮断されたこの空間で静かに瞼を下ろす。
聞こえるのは自分の呼吸音とただ燃える蝋燭のみ。
そこで静かに思う。
この力は払えない。
今も俺の意志とは反対に体はどこかへと向かおうとしている。
何処に行きたがっているんだ。何がしたいんだ。
それは自身の事のはずなのに、理解が出来ない。把握出来ない。
自分を忘れたわけじゃない。それは分かっている。
何が好きで楽しかったのか。何が嫌で悲しかったのか。
どんな経験をしてこの短い人生を歩んできたか、それはすべて覚えている。
だけど今この体を動かそうとしているのは俺の意志ではなく、恐らく『属性』。
知らず知らずの内に何かが変わっている。そんな気がして止まない。
もうこの身と運命は止まらない。止められない。
まだ制御が聞く間は意思のままいよう。
AM 9:00
「目標、ハワイより西南西方向12キロ地点にて消息を絶ちました」
「…そうか」
功次の大脱出の後、愁那やバルドのいる組織はかなりの被害が出ていた。
膨大な『属性』の連発により外部からの接触を遮断していた結界のようなものが破壊された。
結果、今まで侵入不可だったはずの空間に外部の侵入を許した。
これに関しては戦闘要員であったバルド・久明によってそれらは駆除された。
だが、日本製の戦車・戦闘ヘリといった陸自用の兵器が即座に来ることは組織も予想していなかったようで、後始末には多少の手間取りが生じた。
組織は別機関が功次または火の鳥を追跡したのではないかと考えている。
「それにしても困りましたね。貴重な検体が無くなってしまったのは実に惜しい。今の今まであの戦闘実験場が破壊されることはありませんでした。あのバルドも久明でさえも為しえなかった事がこの短期間で果たすほどの特異個体。すぐにでも取り戻したいところですね」
男の後ろでモニターを見終えた女は、そう勿体なさそうに言う。
「…0が次に向かう舞台は二択。北か南か」
「何処のですか?」
「…アメリカ大陸だ」
「なるほど。北には今「J」が猛威を振るい、南には過去にこの組織から離れた者が。そろそろ0はシナリオから外れることはないでしょう。ならばその二つに向かうことは確定していると」
「…パンドラの箱が出現した。来るべき時に備え、今すべきことはこの空間を解放し世界を圧縮しなければならない」
「そうですね。対極的双子も現在織原が対応していますが、0の爆発によってこの第56研究所も限界が近く、Sも意識を戻していません。主要検体及び所属員を退避させるべきでしょう。退避と同時にバルド・久明を南北アメリカ大陸に派遣します」
部屋を出ていこうとした女を男は止める。
「…いや、二人は南だ」
「では、北には誰を?」
「…織原、そしてS」
「しかし織原は現在対極的双子の対応に当たり、Sは未だ意識がないのは先ほど言った通りです。その二人にあちらに当たらせるほどの余裕は…」
「問題ない」
「…発射」
男が女の言葉を遮ると、少女の言葉と同時に建物下で轟音と衝撃が起きる。
その瞬間上空に向かって、巨大な水弾が飛んでいく。
「まさか…Sは既に意識を戻したと?」
「あぁ」
「では、織原の方は」
「対極的双子の対応は私が当たる。織原はSとともに向かわせろ」
「…しかし」
「聞こえなかったか?」
「…分かりました」
女は何か言いたげであったが、男の圧に負け黙る。
そして女は部屋を出ていく。
「…次の舞台を境に世界は動き出す。いや、動かされる。せいぜい踊り明かしておくれ、0」
遠くを見つつ男は不気味な笑みを浮かべながら、建物下で『属性』で生成された主砲を手に静かに佇む愁那に視線を移す。
その周囲には先の戦いで粉砕された瓦礫が砲撃の衝撃で吹き飛んでいた。
そして意識を失っていた愁那を運ぼうとした研究員の死体も並んでいた。
「君は引き金に成りえるか、S」
そして功次の飛んでいった方向に男は向き直る。
「はたまた外部の君が引き金と成りえるか、J」
「小僧、戻ったぞ」
爺さんがしばらくして戻ってきた。
その時、功次は机に突っ伏して寝ていた。
「…流石にそうもなるわな」
爺さんは苦笑して、葉で作られた布をかける。
爺さんは思う。
小僧は力を手に入れてから8ヶ月と言った。
世の時勢から見るに小僧は注目の的。
日本に留まっていた若僧がただ一人でここまで来るには訳がある。
そうでもなければこのような未知の空間に取り囲まれた状況で、寝息すら聞こえぬほど死んだように寝る筈がない。
「ちと確かめてみるかの」
老いぼれた指とは思えない程の良い音で指パッチンをする。
すると眠る功次の足元から根が伸び、その足に絡み付く。
「…そうか…小僧、あそこにいたんじゃな」
何かを気づいたような反応をすると、根はほどけ消えた。
「そりゃあ苦労するわな。あやつらは相当しつこいぞ。儂ほど長く生きるとそれなりに力も強大になってまうでのぅ。感づかれぬように抑えるのは一苦労だわい。まだ慣れぬ力を扱う小僧が抑える事は出来んじゃろう。…これから面倒なことになりそうじゃ」
無駄に長く生きてしまったからこそ言える、経験からくる未来予測。
恐らく、あやつらは小僧を追いここまで向かってくるじゃろう。
それがいつかは分からぬ。今日か明日か明後日か来週か来月か来年か。
もはや災害かの様に言うが、儂にとってこの力は自然の化身、災害の化身と捉えておる。
ある種の自然の化身。神ともいえる。
じゃから、ここの者達は儂の事を長老と慕い、神のように扱ってくれるのじゃがな。
あちらの状況は、もはや把握していない。
じゃが、ここまであやつらにとって有益な存在をみすみす逃すとは思えん。
儂のように研究され尽くしたものを除くが。
「…今は眠るが良い」
こんな若僧一人、力による副作用で正常な精神は薄れつつあれど残された精神は摩耗するだろう。
この力を正確に扱うにはどこまで正気でいられるか。それが重要となる。
どうせ奴らの言う『運命』とやらには逆らえないのだろう。
ならば、儂のすることは同族達に知らせるだけじゃな。
そうして、爺さんは大樹から再度出ていった。
「………………………んぁ?」
いつのまにか寝ていたようだ。
今は何時だ?
ポケットからスマホを取り出すが、相棒は未だに寝ているようだ。
そうだ…スマホは水没して力尽きていたな。忘れていた。
「この樹、窓位ないのかよ」
目の前にあったはずの蝋燭も消えきり、明かりは一切無い。
完全な暗闇だ。
軽く火を出して光源にしたいが爺さんに駄目とか言われてたしな。
「んぁ?」
寝起きから少しして目がしっかりと機能し始めると、微かに月明かりが差している方向があることに気付いた。
「あっちは…入ってきたところか。爺さん開けていったのか」
少なからず目が冴えて、何も動かないというのは暇でしょうがないので外に出てみる。
「…うわぁ、すげぇ」
外に出て空を見上げるとそこには一面に広がる星空だった。
今までの人生でここまではっきりと星の光が、月明かりが見れたことなんてない。
「どうじゃ、綺麗じゃろ」
「うわぁっ!?」
背後から聞こえてきた爺さんの声に驚き、咄嗟に飛び退いて距離を取る。
「判断してからの反射行動は良いが、気配で行動出来るようにならぬとこれから先、足をすくわれるぞ」
「…そうかよ」
確かにそうかもしれないが、そこまで意識が行くことすらない程にこの星空は美しい。
まるで吸い込まれていきそうな感じだ。
山の頂上からの星空は、街の光が届かないためよく見える。
「儂はのぉ、この星が好きじゃ」
「…」
「身をおいているここの人たちも好きじゃ。あやつらは皆、人間をやめておる儂のことをも受け入れ共に生きることを認めた。当時もはやただの老いぼれとかして、戦争へと向かおうとしていた帝国についていけず逃げた儂を受け入れてくれたこの世界を守りたい。…小僧はどうじゃ。小僧の世界は小僧を受け入れたか?」
…それを聞いて、今までを振り替える。
今の俺を受け入れてくれたのは…真式、結朔の深い友達。家族…だけか。
その他は全て俺の敵なのか?
爺さんは安住の地を見つけている。
じゃあ俺は?
少なからず訳の分からん組織に追われ、誰とも連絡を取れず、世界は俺のことを化物扱いだ。
おそらく爺さんも今の世に出れば同じような状況に陥るだろう。
しかし生きてきた時代が違う、環境が違う、技術も価値観も違うんだ。
そんな人と比べてどうになる。
俺は俺だ。
世界が俺を認めぬと言うのなら俺はそんな世界に認めさせるしかない。
俺が、いや『属性』がそうしろと言っている。
日狩が言っていたではないか。
『属性』は自身の深層心理を表している。
それならば、これは本当の俺がやりたいことだ。
世界を、認識を、思想を吹き飛ばすための力が俺にはあるではないか。
使わないでどうする。
「…俺を置く世界は俺を受け入れていないな」
「じゃろうな。であれば、小僧はどうする?」
「…最初に、この俺の力にあることを託した奴がいてな。そいつは世界を正すことが望みらしい」
「正す…のぅ」
「正直そいつのやり方にはあまり賛同したくはないが、言っていることは間違っちゃい無い」
俺が見てきた世界は差程広くはない。
別に海外に行ったこともこの状況におかれるまではない。
それでも、それでも今の世の情報網と言うのは簡易的に俺を世界の人間であることの一人であることを自覚させる。
「小僧等の言う通り今の世は腐りきっとるよ。縁や時、自然を見る時代は終わりを告げた。それを良しとするかは時の人が判断すべきこと。儂がどう言おうが勝手じゃが、今の世は好まんな。じゃが…ここに来る前の帝国にいた頃よりかはマシかもしれんのぅ」
「戦前と比べてちゃ話になんねぇな」
「…小僧はこれからどう動くのじゃ。自身でも分かっておろう。既に後戻りは叶わぬことを」
「…そうだな」
もう…後戻りは出来ない。
俺自身大したことはしていない…筈。
だが、既に日本では俺と言う情報が出回っている。
愁那の事もある。
事なかれ主義で話が進むような状況ではなくなってしまったのだ。
「もしも…歩むことを止め死して世から解放されたければ、その身、自然の栄養としてやっても良いがの」
「いや、それはいい。死ぬわけにはいかんからな」
そう、死ぬわけにはいかない。
いや、死んではならない。
それは俺の人間としての生存欲求ではない。
多分、『属性』がそう言っている。
「では、これよりどうするんじゃ?ただ闇雲に世を渡り歩いたところで、何も見えては来ぃせんよ」
「…今、俺の『属性』がどこかに行けって言ってるんだ」
「…何じゃと?」
この功次の言葉を聞いた爺さんは、「これが奴らの言う運命か」と思った。
「最初はこっちの方だと思っていたんだが、今は違う。もっと北の方に行けって言ってくるんだ。そこに何があるのかは俺にも分からない」
「北か…北となるとそこには米国があるが…あそこに小僧を引き寄せるようなものがあったかのぅ」
爺さんはとぼけた様に言うが、その頭に思い浮かんでいたのは曲がりなりにも『属性』をその身に宿し、早くも100年程経っているからこそ功次よりも研ぎ澄まされた『属性感知』の能力。
自身より余程強い『属性』の匂いを感じ取っている。
おそらくこの存在が小僧を引き寄せ、奴等の言う運命の第一は自身、そして第二の地点なのだろう、と考えている。
「小僧、そこに何があるかは分からぬのであろう?」
「そうだな」
「であるならば…」
「ん?」
無限に広がる星空に吸い込まれそうになっていると、一瞬にしてその星空が視界から消えた。
それは大量の葉が舞い降りたことで起きた。
落ちてきた大量の葉に埋もれそうになるのを手で払う。
一体、なにが…。
すると背後から膨大な『属性』を感じ取った。
「…っ、爺さん?」
それを感じ取った直後、後ろにいた爺さんの方に振り返ろうとした体が硬直した。
動かない。体が動かない。一切だ。
「ここからは、儂からの授業じゃ」
爺さんが大きく手を拡げると、謎の衝撃波が俺の体を吹き飛ばす。
「一体何をする気だ!?」
体勢を立て直し、爺さんの方を向く。
今まで感じてこなかった全身から冷や汗が噴水のように噴き出る。
例えバルド、愁那を相手にしても感じる事のなかった絶望的な威圧。
「言っただろう。授業じゃよ、授業」
「なんだよ授業って!?殺す気満々じゃねぇか!?」
巨大な根がドーム状に展開され、閉じ込められる。
これは…過去に東砂が似たようなことをした。
ただし今回は展開した爺さんも同じ空間にいる。
「この空間ならば、小僧の能力とて暴れつくしても構わんだろう」
「暴れる?」
「米国に行くのであろう。そこに行くのであれば戦闘に慣れておくべきじゃろう」
「戦闘だと?なんで俺が爺さんと戦わなくちゃならんのだ」
「米国に行くのであれば、日本国からここまで飛んでくるとは話が異なってくる。あの国は軍を持っておる。今の日本とは違う」
「だからなんだよ」
「まずじゃ…ここまで来るのに
すると背後のから迫る根がある。
「っぶねぇ!?」
しゃがんで避けると、頭上を人の頭ほどの直径をした根が直進していく。
「何する!?」
「そんな叫んでおって良いのか?」
立ち上がろうとした直後、地面から顎の方に根が突撃してくる。
「二度は食らわん!」
「戦闘中、いちいち反応している余裕はないぞ」
それからもそこら中から生えてくる根の突撃を避け続ける。
一撃でも当たれば死ぬ。
そんな未来が見える。
この攻撃…日狩の触手攻撃に似ている。
しかし、あれとは比較にならないほど速く重い。
あの時と同じように『ソード』で受け止めるが、あまりに重く吹き飛ばされてしまう。
明らかに違う。
『光』という、おそらく『気系属性』。
実態を持たないからこそ、ある意味軽い。
それとは違い、こっちは明らかな物理。おそらく『固形属性』。
実態がある故に重い。
「クッソ…いい加減に、キッツいぞ」
「言ったであろう。この中でなら暴れて良いと」
少し攻撃の手が緩められる。
おそらく攻撃開始されてからたったの数分しか経っていないはずだが、体感では1時間は経っているような感じだ。
…ここで、耐久していることが爺さんの目的ではない筈。
授業そう言っているという事と、さっきまでの会話からいくと…戦えという事なんだろうな。
「…はぁ、ただ黙っているだけではならんっていう状況なんだよな。なら…『炎脚』『生成:アサルト』!」
「…ほう」
「いくぞ!」
『炎脚』で脚力を強化し、爺さんの元に急接近する。
「若いのぅ」
走りながら生成した『アサルト』を射撃すると、爺さんに当たる直前で木の葉に防がれた。
それは燃えてなくなったが、俺の銃弾は全て防がれてしまった。
「自然は大事にじゃぞ」
「いや、盾にしたのはそっちだろ!『炎拳』『バースト』!」
言い返しながら、『属性』を発動し爺さんに急接近する。
中距離から戦っていると俺じゃ威力不足だ。
なら、近距離と思って殴り込みに行く。
「おうらっ!」
「単純じゃな」
爺さんの顔に向けて拳を繰り出すが、地面から急速に伸びてきた根に阻まれる。
「まだまだ!」
「どれだけそうしようとも、儂の守りは破れんよ」
「かってぇ…」
どれだけ殴っても、根や葉に止められる。
クッソ、確かに破れん。
「あ、待て!」
「距離を取るのは当たり前じゃろ」
俺が爺さんの守りに四苦八苦していると、地面に拡げられた葉で波を作り、後ろに下がられてしまった。
「そこに居続ける事が正解かのぉ?」
「ん?…ぐっふぁっ!?」
横腹に強い衝撃が入る。そこには地面から生えた拳のカタチをした根があった。
「あがっ!?」
そのまま吹き飛ぶされて、ドームの壁に叩きつけられる。
「っっっっっ!」
言葉にならない悲鳴が口から飛び出る。
痛いでも言いきれない激痛。
「常に視野を広く取るのじゃよ」
爺さんが何かを言っているが…聞き取れない。
脳がそんなことに意識を割いている場合ではないようで、どうにか痛みの感覚を逃すことに全力になっている。
「痛いだけで死ぬわけじゃなかろう」
「あ…あ…」
「軟弱な」
俺が薄れる目をどうにかして開けようとしていると、爺さんが近づいてきて、俺の頭に手を当てる。
「『再生』」
「あ…あ…あ?」
徐々に痛みが引いていき、体が正常に動き始める。
脳が全身に意識を向けるようになると、なんとか立ち上がった。
「肉体はただの人間とあれど、いくらなんでも柔すぎるのではないかの?」
「だからこそ…痛いんだが…」
まだかなりの痛みはあるが、会話は可能くらいまで来た。
にしても…とんでもなく痛かった。
本来『属性』で戦うとなると、大体は一撃即死の戦いだ。
やっている規模が大きくなるが、やっている内容は普通の銃撃戦や昔の戦いと変わらず、人間というものは一撃で死に得る。
だから喰らったことが無かった重い一撃。
「あれでも手加減はしておるよ、相当な。本来の戦闘ともあらば、今頃小僧の横腹は団子のように根に貫かれておっただろう。根の先端を丸めただけ優しいと思え」
「…あ、あぁ。そうかもな」
やはり、危ないところだった。
「にしても、そのように『属性』で何かを形作るのは良いが『気系』ともなると貫通力に欠けるな」
「でも…そりゃどうしようもないぞ」
「なんじゃ解決法は簡単じゃろ」
「なんだよ」
「その持ちうる膨大な『属性』をうまく使いこなすのじゃよ」
「充分使えてるとは思っているが?」
今まであってきた奴らも言っていたが、俺の『属性』の出力は異例らしい。
体感では分からんがな。
でも、それのおかげもあってか生きてこれたんだ。
それなのにこの爺さんには容易く防がれている。
きっと爺さんの『属性』は俺よりも出力が強い。
そういう事なんじゃないかと思っているんだが…。
「小僧と儂では根本の『属性』が異なるからなんと教えればよいか…まぁ、例えばな…」
すると爺さんは着ている服の中から、大量の葉が落ちてきた。
…ずっと入れていたのか?
「これらはここいらに生育しておる固有の植物の葉じゃ。儂は常にこれらを常備し、力を付与する。その力の付与にも大なり小なりは存在し、それは慣れと意識的に決めることが出来るのじゃよ。じゃが、小僧は儂のように付与ではなく完全に『属性』を用いて戦う」
「…じゃあ、俺が作った武器はまだ『属性』が込めきれていないってことか?」
「そうじゃな。小僧が使うその武器、威力を二の次とし弾幕を張ることを重要としておるじゃろ」
「でも、そんなのどうしてわかるんだよ」
別に何か数値が出ている訳でもないはずだ。
俺がどれだけ『属性』を込めたのかとか、そちら側から分かられてしまったら残り弾数などが分かってしまうではないか。
本来の銃などとは違うからこそ、こちらで生成する時に弾数を決めて相手がのが強みなのにそうなると、その強みも無くなる。
「ただの経験じゃよ。『属性』と向き合う時間が長くなるほど『属性』は体の奥底まで浸透し、全てが手に取るようにわかる。人間は血液が流れている感覚というのは自覚できんが、『属性』の力が体のどこを流れているかというのすらも分かるようになるのじゃよ」
「だからって、俺の方までわかるもんじゃないだろ」
「分かるぞ。特に小僧程強大な『属性』じゃとな」
「なんだと?」
「小僧も知っておると思うが、『属性』というのは常にエネルギーが外界に漏れ出しておる。しかし力を使用する際、その溢れ出す『属性』は一時的に止められる。じゃが、小僧の『属性』はあまりに膨大であるため、力を使用したとしても余裕があるせいで、『属性』が漏れ出し続けている。それなりの経験のある者であれば、そこからお主がどれだけ消費しているのかくらいは判断出来る」
「…マジか」
じゃあ、俺は今まで『属性』を使いきれていなかったっていう訳か。
…もしかして、バルドとかも俺が生成した銃の弾数を把握しながら立ちまわっていたのかもしれないな。
「小僧はまずその溢れている分を可能な限り、扱うものに込める事じゃな」
「そうかもな…」
俺自身は自覚出来ちゃいないが、実際にそうなっているのだからそこいら辺を改善するしかないな。
「では、本格授業じゃ」
「なんだと?」
さっきまでのは授業じゃなかったのか?
「これから時間のある限り、『属性』の指導を行ってやる」
「…マジか」
そしてまた爺さんは俺から距離を取り、植物を操り俺に攻撃を仕掛ける。
何とかそれを防ぎ躱し、爺さんの元まで接近を試みる。
されど惜しいというところには一切届かない。
今のままでは爺さんに一太刀浴びせることは不可能に近い。
しかし『固系属性』と『気系属性』では扱い方にもかなりの差があるようで互いに説明のしようの難しさはあるが、爺さんはどうにかして俺が強くなるように熱心に教えようとしてくれているので、こちらとしてもこれからの目的達成のために素直に聞き入れる。
「小僧は話に聞く今の世の童よりかは、目上の話はよく聞くようじゃな。こちらとしても教えていて変な苛つきが無くて助かるわい」
「そうか」
そしてその授業というのは、俺の体が限界と叫ぶまで行われた。
力尽きて倒れると、爺さんは根のドームを解除した。
空には夜空ではなく、太陽が正面にあった。
「伊久さん、向かわせた対属性部隊壊滅」
「なんだって!?」
部下からの言葉に私は驚愕する。
充分な数の戦力を差し向けたはずだというのに、まさか負けてしまうとは。
「相手の数の報告はあったのか」
「部隊からの連絡では2人だと」
「どういった能力・特徴かは分かるか?」
「一人は男性、尋常ではない耐久性・切れ味を持つ刀を持ち、戦車隊を一刀両断したとのこと。そしてもう一人は女性、冷気を操り瞬時にして陸戦部隊を凍結し、展開された氷壁は戦車の砲撃すら防いだと」
私はその報告に驚愕した。
まさか、そこまで強大な力を持つ存在が二人もいるとは思わなかったのだ。
「…そうだ、目的の奴は?」
「それは…」
部下は口淀む。
おそらくは奴が出したであろう火の鳥を追い、その場まで部隊を向かわせたのだが…この反応の様子から奴は見つからなかったのだろう。
ならば…どこに…。
「あ、しかし…」
「しかし…なんだ?」
何かを思い出したように部下が言う。
「向かわせた部隊ですが、当初火の鳥を追っていると気づけばある地点をワープしたかのように通り過ぎたという報告がありました」
「…何?一体どういうことだ?」
「どうやら火の鳥に関しては航空部隊が追跡をしていると、先程まで正面に捉えていた筈がある地点を境に姿を見失い、部隊はその地点を飛び越し距離10キロほど離れた場所にいたとのこと」
…何を言っているのかいまいち理解しかねるが、あのような力が存在している以上そのような不可思議な現象も都市伝説やまやかしと一蹴するのは難儀ところである。
「では、何故部隊はその『属性者』と接敵出来たんだ?」
「それが…部隊がその地点に突入する直前、上空にとんでもない勢いで吹き飛ぶ物体が見えたと」
「なんだそれは」
「あまりに一瞬の事で正体は分からず…おそらく、敵の砲弾か何かかと…」
「………」
それは本当に砲弾だったんだろうか。もしや…まぁいい。
「で、その後は?」
「それが見えたと同時に周囲にガラスが割れるような轟音が聞こえたと。その直後、今までなかったはずの光景が一瞬にして開かれ、そこが今まで入る事の出来なかった地点であると。そして進軍し少しすると、『属性者』二人と接敵という経緯です」
「…なるほどな」
そこから多くの報告からこれからの指針を揺るがす情報がわんさか得られた。
火の鳥が向かった場所の地図を見ると、数十年前から『見えざる土地』という名で呼ばれていた地域であった。
そこは地図上は確かに存在しているのに、そこに一歩踏み入れようとすると反対側の場所に飛ばされてしまうというように言われていた。
まるでそこいらのオカルト好きの言う事だったり、そういった番組で宇宙人の仕業だとかと持てはやされる様な話題だが、実際に起きてしまうので長年不思議がられていた場所だった。
しかし、今回ので確証に変わった。
あそこは『属性者』を保有する機関か組織か研究所か、そういったものがある場所だ。
我々は現在の所、あくまで人間の一種であると考えているため彼らを宇宙人のようなものではないはずだが…あれだけの戦力をたった二人で殲滅するとなると、相当な実力を持つと言える。
「次の手はどうしますか」
「うむ…」
下手な手をうち、被害を増やすことは許されない。
しかし長考し過ぎて何も手をうたないと言うのも問題だ。
時は一刻を争う。
「あの場の周辺地域はどうなっている?」
「不死鳥の進行上の地域には避難指示が政府から出されたので、住民は皆離れていたことで『属性者』との戦闘による被害は建造物のみに留まっておりますが…不死鳥の進行上と関係のなかった地域は、突如出現した『見えざる地』への混乱が絶えません。現在日本政府へ根回しを行い、事態の沈静化を図っております」
「うーむ…」
しかし、ここで事態が沈静化しようとも一時的なものであろう。
すぐさま再度話題となり、同じように押さえ込もうとする動きをすることになる。
こう言ったことは、思想統一・情報統制の容易な国の方が便利だ。
日本国はおいそれとはいかない。
それにかの『属性者』の組織も此度の事を踏まえて何らかの動きを見せるに決まっている。
今すぐにでも、『属性者』という危険人物がいる周辺地域の住民は避難させるべきだ。
「…よし、直ちに周辺住民へ避難指示を出せ」
「しかし…住民は明確な理由が無ければ納得して避難しないかと。…それに、あの日本政府がそんな決断を出来るとはとても…」
部下の言う通りではある。
日本政府は常に後手後手であり、責任を負うことを恐れる権力者が蔓延る社会だ。
そんな国がこの指示を素直に受け入れ実行するかだ。
「…そこは国の判断に任せるしかない。ここで指示を出せば人的被害においては最小限に抑えることが出来る。出さなければ周辺住民はほぼ100%で被害に遭い最悪の場合、死に至るだろう。だが、いまだ未知の存在であり、『見えざる地』が出現したという事も周辺住民しか把握していない。それなのにその他大勢にも知らされることとなる避難指示を出した時には混乱は免れない。その責任をあの政治家たちが取る度胸があるか、それにかかっている」
「…分かりました。直ちに日本政府へ勧告を行います」
そして部下は離れ、出ていく。
ドア越しの足音が聞こえなくなってから、一息つく。
「クソッ!」
机に強く拳を振り下ろす。
今回の件で奴を捕らえることが出来ると思ったが…事はそう簡単に済まなかった。
また各国代表からいろいろ言われることになるな。
しかし…奴はいったいどこに?
やはり先程の報告にあった『見えざる地』に進軍直前に見えた砲弾のようなもの。
それが奴だったのか?
だが…砲弾と見間違えるほどの速度で飛べば生身の人間の体はただではおかない。
それに報告だとこちらが派遣した戦闘ヘリよりもはるか上空だったと。
どんな手段をもって、そこまでの高度を飛ぶことが出来るんだ。
では、もしその砲弾が奴であった場合を考えよう。
速度などの必要情報は当然分からなく着地地点も分からない。
そんな観測していなかったものの追跡は困難だ。
現状の手では行き詰ってしまったか…。
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