第6話 数多の思惑

「被検体Sの回収、および彼の確保に成功」

「よくやった。下がれ」

言われた通りに私はその場から離れた。

「おい」

「…何?世垓君に負けたバルドさん」

ある場所に向かっていたところ、私を止めたのは朝、襲撃をして来た『氷属性』のバルド・ダンガだ。

彼女は鋭い目で私を睨んでいる。

「貴様と違い、我は奴の情報が少ない中の戦闘だ。相性不利でもある。そして上層部からの帰還命令によって去っただけだ。敗北したわけではない」

「そうかしら。そういう割にはかなり追い込まれていたようだけど」

「…それ以上挑発するなれば、この場で凍結してやってもいいのだぞ?」

周囲に冷気が漂い始めた時、私たちの足元に空間の輪が出現しそこに落下した。

「…流石に部屋の近くではバレるか」

それぞれが離れたところに転移をされたんだろう。

「…にしても、あの方は気が利くのね」

そこは私が向かおうとしていた場所だ。

拘束室。捕らえられた『属性者』がいる場所。

「入れてもらえる?」

「はっ」

見張りの『属性者』に扉を開けてもらう。

小さな足音さえも響くほどの音のない空間。

奥からは鎖が擦れる金属音が聞こえてくる。

「気分はどう?東砂」

「…最悪、とでも言っておこうか」

疲れた目で私を視界に入れた中ノ村東砂がそう返す。

「今まで気付かなかったわね。私があなた達の組織に忍び込んでいたスパイだって」

「…そうだな、気付かなかった。役者でも目指したらどうだ?」

「遠慮しておくわ」

「…私が研究を始めた最初期から参加をしていた者がスパイなんて誰が思える」

「その割には悔しそうには見えないわね?諦めか、開き直ったか、どっちかしら?」

「…いや、伏線がありながら気付かなかった自身への愚かさを呆れているところだ」

「伏線?」

「…ここに囚われてから、そこらを通る者共の話を聞いた。その中で我々が『属性』と呼んでいる力に対して、同じ呼称を用いているのを」

「…」

「…そこで思い出したのだ。私達の組織で力の呼称を『属性』とし始めたのは、お前だったことをな」

「……」

「…襲撃を受けた際に奴らも同じように『属性』と呼んでいたことに疑問を浮かべるべきであった。繋がりが無い組織同士が、情報共有なしに同じ呼称を新たなものに付ける確率の低い事は少し考えれば分かるはずだ」

「………」

確かにそうだった。

東砂の組織が微小ながら私達が確認していない『属性者』との繋がりを持っているという事で潜入した。

その時に本来のこの組織ではあの力を『属性』と呼んでいたために無意識で『属性』と呼んでしまっていた。

しかしその時の東砂は、「その呼称、名義としてそれを使おう」って同調したけど。

気付かれなかったから良かったとはいえ、これは私のミスね。

「…聞いて良いか?お前はどうやって私の『属性探知』から逃れていたのだ?」

「そんなもの私にかかれば設定の改竄かいざんは簡単。プログラムの中から私の『属性』である『音』の波長を除いてあげるだけ」

「…そうか」

東砂はそこから何も言わなくなった。

しばらくの間行動を共にしていたから少なからず思うところはあるけれど、私には私の目的がある。

それを叶えるのには東砂に付くよりはあの方の方が向いていた。ただそれだけだ。

「織原殿。少しよろしいか」

「あら、久明ひさあき君じゃない。久しぶり。何か用?」

私と同じ時期にこの機関に参加した久明金盛ひさあきかねもりが話しかけてきた。

袴に刀を帯刀している姿はまさに戦国時代の武士そのもの。

しかし長くツヤのある髪は貴族を思わせる。

彼がずっと帯刀している刀は、彼の『属性』によって生成されたものらしい。

彼の『属性』は『金属』。『固系属性』だ。だから彼の生み出す物は実態を持っている。

『属性』の便利なところは細かい機構や仕組みを無視して物を造ることが出来る点だと、彼は言う。

それは他の『属性』を見ていてもそうだとは私も思う。

分かりやすいのは世垓君だろう。

『気系属性』だからこそ、重力などに左程左右されないで武器を造れるのは便利。

私の『音』も『気系属性』だけど、彼のように瞬間的に何かを生成するのは至難の業。それに『火』と違って『音』は視覚では認識できないから、形をイメージするのは難しい。

まぁ、これはこれで体は普通の人間である彼に私が勝てたと考えれば良いものね。

「貴殿が捕獲に完了したという世垓功次という者を見てみたいのだが…どこにおられる?」

「さぁ?少なからず拘束室には輸送されてないみたいよ。さっき行った時にはいなかったから他に回されたんじゃないかしら」

「左様か…現状この機関においては貴殿が最も彼に詳しいと言う」

「そうね」

「その点からお聞きしたいが、彼の実力は如何程いかほどのものか?」

そう聞く久明の目は興味に満ちている。

バルドはかなり戦闘欲が高い。それはこの機関にいる『属性者』の半分ほどに共通する特徴だ。

それは『理性の欠落』が原因だ。

もう半分は研究欲が強い人が多い。私はどちらかというと後者だ。

そして久明はどちらかというとバルドと同じ前者だが、彼女ほど交戦意欲が高いという訳ではない。が強すぎないのでかなりこの機関では重く扱われている。

「戦うつもりならお勧めはしないわよ」

「理解しておる。貴殿が潜入しておった組織を襲撃した先遣隊は全て彼が全滅させたのだろう?ダンガ殿そして被検体Sと呼ばれておる少女の猛攻をも防ぎきったと聞く。そのような者と相見えようものなら命の保障があっても遠慮したい」

「じゃあ何が目的かしら?」

「彼の『属性』は歴代でも類を見ない出力を発揮すると聞く。拙者も数値上や映像でも確認したが、それでも実物を見たいという細やかな望みを叶えようとしている」

「まぁ、それは良いけど…多分許可下りないわよ」

「なんと!?そしてそれは何故なにゆえに?」

「私の予想だと彼は『属性者』の中でも特に危険視される存在を隔離する『MIRA区画』に回されているはずだから」

驚く久明に向けてその理由を説明し始める。

「彼はその純粋な潜在能力の高さ、汎用性、応用力、適応能力、全てにおいて突出している。その時点で扱い方には慎重にならないと、私達にどのような危険が降りかかるか予測しきれない。それにそんな彼ならばすぐに気づくはず。被検体S…彼の妹、世垓愁那はこの機関にいて、何かをされたということを。今は私の攻撃と、その後に打たれたアレで意識を失っているけど、何らかのきっかけ…例えば『属性者』であるあなたが接触する、というので彼は目覚めるかもしれない。そう考えたら、上はあなたのささやかな望みは受け入れられないと思うわ」

そしてまだ私の憶測ではあるけれど、彼は今のところ『理性の欠落』があまり進行していないのかもしれない。

確かに人を殺し、平然としていられるのはおかしいものだけれど、状況によってはそれが当然となることもある。

戦争だってまさにそうだ。侵略はともかく、自衛のために相手国の兵を殺すことは少なからず正当化される。

彼が置かれてきた状況は自分が殺らなければ殺られる。そんな状況は戦争と酷似していて、自身の中で無意識的に正当化されていてもおかしくはない。

もし彼の『理性の欠落』があまり進行していないとなれば、彼は自分以外の他人のために行動することが可能になってしまう。

そして目を覚ました時、すぐに妹である愁那を助けねば、家族・友人を守らねばという思考になってしまえば、敵である私たちに対して躊躇いなく彼はその力を振るうだろう。

「…成程。彼を知る織原殿がそういうのであればそうなのであろう。拙者も太陽に飛び降りるほど馬鹿ではない。それでは上の意志と叶えられる状況まで待つこととしよう」

「それが賢明ね」

「では、拙者はこれで」

そこで久明と別れた。

…じゃあ、私は明るく暗いあの子たちのお世話でもしに行きましょうかね。


「被検体0への投薬量15%上昇。尚も『属性』への変化見られず」

「…一度停止しろ」

「投薬停止!」

「投薬停止します」

「………っ」

研究員たちはベッドに固定された俺への注射を抜く。

何とか反応をしないように我慢をする。

「奴は異常だ。『属性』の値だけではない。これだけ強制増化剤を打ち込んで、反応無しなんてどうにかしている」

「これによって『属性』を新たな段階にへと昇格することが出来るとこれまでの結果から見られます。そしてそこに至るのには相当量の技量がなければならないため、被検体0はその条件を満たしている筈ですが…」

そうブツブツと言いながら奴らはどこかへ離れていった。

「………異常ってなんだよ。俺は化物か何かか?」

何かを打たれた右腕をさすりながら俺は目を開ける。

「…ったく、注射は苦手なんだよ。『属性』が使えるなら今すぐにでもこんなところ抜け出したいところなんだが…」

『属性』を発動しようにも使えない。

さっき打たれた薬のせいか?それなら自力で、と思っても医務室のベッドみたいなのに堅く固定され動けない。

…困ったな。本格的にヤバい奴らに目をつけられたことだけは分かるぞ。

多分ここに愁那もいる。そうでなければあんな変な風になっている筈がない。

ちょっと変なところはあるし、割と日常的に蹴ったりしてくるような奴だけど、それでも俺に対して本気で殺しに来ることなんてない。

たとえ『属性』が関係してきても…だ。

…そしてあいつ。まさか敵だったのか?

…いや、そんなことは考えたくない。正直東砂達の中では一番信用出来た。

よく気に掛けてくれたし、飯も美味かった。東砂の訳分からん質問に困っていた時も助けてくれたんだ。

そんなことはないと思いたい。

「…寝心地の悪いベッドだ」

明らかに実験体みたいな扱いをされていて、あっちがどれだけ快適だったか…いつものベッドで眠れる喜びをこんなところで感じたくはなかったな。

俺はステルスミッションで捕まったんか。

このまま電流を流されるみたいな拷問は勘弁願いたいところだ。

「…っと、戻ってきたみたいだな」

離れたところから、話し声が聞こえてくるのでもう一度寝たふりをする。

動けないが、もし起きているとなって殺せとなれば今の俺はどうも抵抗出来ん。

「やはり薬による変化が見られないとなると、他の外的要因によって変化を起こすしかない」

「それは『属性者』との戦闘を与えるということですか?」

「うむ。我々の微弱な『属性』では彼に影響を与えることは不可能だろう。そうなると戦闘要員を回してもらわなければならない」

「しかし現状第8番研究所に滞在している戦闘要員は『氷』のバルド、『金属』の久明、戦闘要員以外で対抗可能なのは『音』の織原がいますが、0との戦闘により損失しては機関にとっての痛手です」

「そうか…では、今研究中の被検体Sまたは織原が担当している対極的双子をぶつけるのはどうだ」

研究員らしき奴の一人が言った被検体Sというのには聞き覚えがある。

愁那が気を失ったときに、降りてきた特殊部隊みたいな奴らも同じことを言っていた。

もしかして被検体Sというのは愁那の事なのか?

血の繋がった兄弟を殺し合わせるなんて、なんともまぁ最悪な奴らだ。

「それであれば現在の時点では機関にそこまでの損失はないと思われますが、将来的にそれらは機関に大きな影響を、世界にも大きな影響も変化も起こしえる存在となります」

「しかしそれ以外、この場で0に変化を起こす手段はない。そしてもしも0にSや双子をぶつけた際、相乗効果によりSと双子にも変化が見られるとそれはそれで研究に大いに役立つ」

「では、上に指示を請います。この提案が飲まれ次第、0を戦闘実験場に移動します」

そして研究者たちはまた離れていった。

…このままだと、俺は愁那か変なその…対極的双子っていうのと戦うことになるのか。

愁那は『属性』としても不利だし、戦いたくない。

それにその驚異的双子とかいうヤバそうな名称を使われている奴らとなんか戦いたくない。

「何とか逃げ出さないと」

そうして急いでここから抜け出すために体をゆすったり捻って何とか抜け出そうとした。


男は言う。

「S、調子はどうだ」

少女は答える。

「奴は何処ですか」

それに強く男は返す。

「答えろ。調子はどうだ」

少女は渋々答える。

「…良好です」

それを聞いた男は淡々と答える。

「そうか」

少女は再度問う。

「奴は何処ですか」

「まずは落ち着け。先程、研究部門から貴様を指名で行いたいことがあるという話が出た」

「…」

「それは貴様の標的である世垓功次との戦闘を与えるというものだ」

「それは殺すことは可ですか」

「…可だ」

会話が終わり少女は退室をしようとする。

「了解しました」

そこで制止がかけられる。

「待ちな」

男と少女は周囲を見る。

そして男の前に光の粒子が集まり元気な少年が現れる。

「待って…日狩ひかりお兄ちゃん」

声がすると部屋の隅の陰から暗い少女が現れる。

「その功次?ってやつの事、僕らに任せてよ」

少女は元気な少年を視界に入れ、問う。

「私が行く。出てくるな」

元気な少年は返す。

「お姉さんはその功次っていう奴の妹なんでしょ?ミスしちゃうとダメだから僕たちがやっちゃダメかな?」

「許さない。奴は私が殺す」

少女は無視するように部屋を退出しようとする。

「あっ…待って」

隅で黙っていた暗い少女は部屋を出そうとした少女の陰から現れる。

「出ていっちゃ…や」

すると暗い少女は周囲に陰を広げ、少女を闇で包む。

「何が…?」

包まれた少女は落ち着きはそのままに状況を確認しようとする。

しかし体を動かしたが、闇が纏わりつき思うように動けない。

「…確かにSは強力で0に対しても有利を取れる。だが未だ不安定な点が見られる。それに比べ、対極的双子は既に完成形に近い。0に影響を及ぼすにはSより対極的双子が適している」

男の発言に少女は食って掛かろうとする。しかし纏わりつく闇によって思うように動けない。

「奴は私が殺す。変えるな」

すると少女の足元の空間が湾曲し、落下する。

「…チッ」

少女は悔しそうに舌打ちをした。


「戦闘実験許可が下りた。直ちに被検体Sを戦闘実験区画に輸送せよ」

逃げ出そうとしながら人が来るたびに寝たふりをするということを繰り返していると、急に大勢が来て俺の寝ているベッドが動き始めた。

なるほど…やっぱり俺は戦わせられるのか。

でも、これはこれでいいぞ。

戦うということは『属性』が使えるということ。

いっそのこと、全力で使ってこの施設の一部を破壊して逃げ出してやる。

だが下手に威力や規模を大きくしすぎるとここにいるだろう愁那にも被害が及んでしまうな。

…それだけは避けよう。

っていうかこのベッド、人が動かしている感じがしないな。

車輪によって運ばれているんじゃなくて、何だろう…無重力感がある。


しばらく寝心地の悪いベッドでの休憩を楽しんでいると、閉じた目から見える明るさが暗くなった時、ベッドが止まった。

…着いたのか?

『被検体0。戦闘実験区画に輸送完了』

『属性閉器解除』

「…あだぁっ!」

放送が聞こえた瞬間、ベッドが急に垂直になったせいで地面に落とされた。

「おい!何しやがる!?…やべ」

ついキレてしまったが先程まで寝たフリをずっとしていたんだ。

こんなすぐに反応しちゃ不味かったかもしれん。

『被検体0。狸寝入りから起床』

「…ちっ、なんだバレていたか」

『此方は常時観察をしている。我々がその場から去ったといって目がなくなったわけではない』

「そうかい。じゃ、今度は起きていないといけない用件があるってことだろ。言ってみ」

『被検体0。君にはこれから彼らと戦ってもらう』

「彼…ら?」

ら、と言っているからには複数か?

なら愁那ではないのか…いや、愁那と誰かっていう可能性があるのか。

それは…困るな。

俺が誰が来るのかと構えていると、前方に光の粒子が集まり始めた。

「なんだ…あれ」

粒子は徐々に人の形を形成していく。

そこから現れたのは明るい表情の少年だ。

パッと見10歳くらいか。ただこんな訳の分からない登場の仕方をしただけに、こいつも『属性者』なんだろうな。

「お兄さんが0?」

「0?俺は0なんかじゃない。俺は世垓功次だ」

「じゃあ0だね。合ってて良かった」

「何もあってねぇ…」

大丈夫かこいつ?ちゃんと国語習ってるのか?

「…っていうか、お前だけか?彼らって言っていたからまだ来ると思っていたんだけど」

「ちゃんと来るよ。妹…」

「妹…まさか愁那」

夜見やみはね」

「…ん?」

すると少年の背後にある影から暗い雰囲気の少女が現れた。

「いつも…お兄ちゃんは私を置いてく」

「大丈夫だよ。僕は夜見を置いてかないから」

「…双子…か?」

二人は顔が非常に似ている。雰囲気は真逆だが。

「さぁ、僕達がここに来た理由は分かるよね?」

「どうせ戦うことになるんだろ?だが、生憎あいにく戦うのは好きじゃないんだ」

「お兄さん、嘘は良くないよ」

「…何を……は?」

俺は自分の手から『属性』が勝手に出ていることに気付いた。

「なんでだ!?俺の意志じゃないぞ!?」

「お兄さん、表面上は望んでいなくても、その子はそうじゃないんだよ」

「…どういうことだ?」

「『属性』を持っている人はね、どれだけ理性が働いても本能には勝てないんだよ。『属性』は自分の深層心理を表すからね」

「…俺は、そんなこと思っていないはずだ」

「そっか。でもすぐにわかるよ」

「…何?」

「行くよ、夜見!」

「う、うん」

「くっ…」

そして『属性』を持つ双子との戦闘が始まった。


『申し訳ございません。主には御二方を御守りしろとの御命令でしたが…』

「良いの良いの。むしろ二人の消息が分からなくなった方が私達からしたら大事だから。…二人をお願い」

うけたまわりました』

朝方、主である功次様との接続が途切れてから12時間が経過しました。

妹君である愁那様の元へ向かい少ししてから、接続が切れたので、何かしらの問題が発生していることは考えられます。

しかし死していないことは分かります。

『属性』による接続が切れた後も生成される際に用いられた『属性』の値だけ、私はこの世に顕現し続けることは可能です。

もし、主が死しているのであるならば既にこの世との繋がりを完全に遮断されるので、私がこの場にいることは出来なくなる。

ですから、生きておられるのは分かりますが…その場所が探知出来ない。

「うわぁ!UMAだ!」

「不死鳥だ!」

最後に接続が切れた方向に向かって飛び始めると地上から人間の声が聞こえる。

私を未確認生物と勘違いをしているようです。

醜い。実に醜い。微塵たりとも美しくない。

早急な判断に囚われ真実に目を通さない、今の時代の人間。

我々が真なる幸を得るには、腐敗し無能な人間の排除。

生存の為の必要な犠牲。いや、当然の犠牲。

「…なるほど。やはり行動が早いですね」

しばらく目的の方へ飛んでいると、ヘリがこちらに向かってくる。

そこにはカメラや音声機器を用意した人間たちが乗員している。

…主の言う通り、マスコミは面倒なものですね。

……消します。


「もっと近づけ!」

「危険です!これ以上は!」

「これほどのスクープがあるか!?伝説上の生き物が今目の前にいるんだぞ!撮らない訳にはいかないだろ!」

並走するヘリから人間たちの問答が聞こえてくる。

うるさい蝿を落とさない人間がいないように、私とて同じ。

しかし主が私を生成してくださった時に、込められた『属性』エネルギーを使いすぎると存在の維持が出来なくなってしまう。

それならば…

「おい…あの鳥。こっち見てないか?」

「ちょ、ちょっと待て!こっちに向かってくるぞ!」

「に、逃げろ!」

ヘリは旋回して離れようとする。

ですが、私の方が早い。

そのままヘリに突撃し、翼で叩き堕とす。

「プロペラ損傷!航続不能!」

「落ちるぞーっ!」

そのまま地面へとヘリは堕ちる。

墜落周辺には撤回がまき散る。衝撃などで死者が出たようですが、気にする必要はありません。

人間はいつか死ぬ。それが早まっただけですから。

主、すぐに向かいます。


『ここで速報です。都市に不死鳥が出現。周辺の住民は速やかに避難を』

ふとテレビから衝撃的な映像が映し出される。

「あんなものが実際にいるんですね」

「きっと加工映像でしょう。気にする必要はありませんよ」

長らく私の家に仕えている使用人に聞いてみると、そう返されてしまった。

しかし私にはどう見てもあれが偽物には見えない。

ここ最近の世界情勢は異常な事になっている。

私があの時出会った世垓功次様から始まり、世界中であのような謎の力を行使する人間が現れ始めた。

日本でもちょうど昨日、水を無から生み出し操る少女が街中で暴れているということが起きたばかりだ。

そんな空想的な事象が多発しているのに、あれを加工だと断定するのはいささかなものかと思う。

『度重なる謎の力を持つ人間の出現についてどう思うでしょうか』

『そうですね…僕も実際にこの目で見ている訳ではないのであれが実際の事象であるのか判断しかねますが、もしもあれが実際の事象であるとしたら、何かしらの種があるマジックとしか言いようがないですね』

『しかし最初に発見された男子高校生が扱う火には簡単に建物を倒壊させる力がありました。あれをただのマジックと一蹴するのはどうかと…』

『じゃあなんだ?あれはただの人間が生み出したものだと言うのかい?』

『そうは言っておりませんが…』

様々な部門の学者たちでも意見が割れている。

でも、いい加減現実を見ることが重要だと私は思う。

実際に彼らによる死者、被害は出ている。

私を襲おうとしたであろうあの人たちも、きっとこの世にはいなくなっている。

特に今まで聞いたニュースでひどいのはアメリカで起きた重力変動事件。

フロリダ州にて重力を操る人間が現れ、周囲一帯の環境は変動し、建物は転がされ、人は宙に飛ばされ、すると地面に叩きつけられる。

まるで地獄絵図のようだった。

しかし彼らの中にも良い人がいると私は信じている。

事実私を助けてくれた世垓功次様を始め、エクアドルに現れた老人は減少し続ける熱帯雨林を再生、彼らが出現してから世界中の温室効果ガスの微量な減少といったように世界が起こしてきた問題の一部が解決する例もある。

それを一様にして犯罪者である、化け物である、殺すべきだ等々、全てを悪とする考えには呆れてしまう。

「伊久お嬢様、お迎えが参りました」

「…分かりました。すぐに向かいます」

使用人からの連絡にダルそうに答えてしまう。

「だらしないですよ」

「いいじゃないですか。少しくらい。今はお父様もお母様もいませんよ」

「しかしこれからご主人の御得意様等おとくいさまらとの会談があります。多少なりとも意識してもらわないと」

「…そうですね」

渋々立ち上がり向かう準備をする。

『くれぐれも世界に出現していく謎の力を持つ人間に近づかないようと国際連合からの警告が出ています。彼らが発するエネルギーに当てられた際、同じ様に謎の力を発症する可能性が示唆されています』

『そしてこれらの人間が起こした事件・事故・本人に対しても政府は対応に追われており、緊急の判断が求められています』


「まだ奴は見つからないのか?」

「報告は未だないです」

いち早く奴を見つけなければ…私の、いや日本の信用が落ちてしまう。

今の今まで奴等が世界に出てこなかったのは、あるパターンにおいてのみ『属性』を発症することが分かっていたからだ。

事前に発症確率の高い者を隔離し、世界に影響を及ぼす種を潰してきたからだ。

しかしそのパターンから外れ、世界に影響ぼし始めたのが奴だ。

何故名も籍も分かっていながら、確認が出来ないんだ。

奴の両親も「場所は知らない。むしろ私たちが生きているのか教えて欲しいくらいだ」の、一点張り。

奴の出現を皮切りに例外が多く出現し始め、世界に牙を剥き始めた。

人間としての理性の崩壊と共に自身の本能に従い生きる。

世界に縛られていた真なる自由を求める人間が何をし始めるか分からない。

日本においては一刻も早く奴を見つけねば…。

「緋瀬日本属長に報告!現在高濃度の『属性』からなる不死鳥が出現!迎撃されたヘリの落下や飛行後の火の粉により大きな被害が出ている模様!」

「何ぃ!?『属性』というなら、その検知は!?」

「報告によると『火』のようです!」

「…『火』…だと?…すぐにその七面鳥を追跡しろ!」

「はっ!」

現状『火属性』なんて奴以外に存在しない。

きっとその鳥を追えば奴に繋がるはずだ。


「Wow, interesting boy is starting to appear in Japan too.(いやー、日本にも面白い人が現れ始めたか)」

アメリカ・フロリダ州。

周囲には誰もいない中、スマホの映像を見た男は言った。

手に持つ瓦礫を球体に変形し、凹みを作り文字を刻む。

『Koji(功次) VS John(ジョン)』と。

そして投げ、足元の鉄パイプを持ち構える。

「Come on(来い)!」

すると投げられた球は空中で方向を変え男の方へ戻る。

そして、それを打ち遠くに飛ばす。

「Nice shot(良い球だ)!」


「総理、超人類ちょうじんるいへの対策を発表しなければ国民の不安は拭えません」

「では、何か良い対策でもあると言うのか?」

「専門家による案が考案されていますが、どれも決定打に欠け…」

「だったら余計なことを言わない方がいい。不確定な情報を公表し、変に不安を煽る方が問題だ」

「しかし、何の情報も無いというのも国民にとっても不安であり…」

「なら今すぐ確実な情報と対策を考えるんだ」

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