第9話 少しおかしいかもしれない

 昼休みに、涼白からチャットが届いた。


>放課後、この前の公園で、ちょっといいかな


>今日は大丈夫


>稲瀬くんって、バイトとかしてるの?


>え? なんで?


>今日は大丈夫とか、結構言うから


>ああ、まあ、似たようなことはしてるかな


>そっか、すごいね


 何がすごいかはわからないが、本人にしかわからない感情というものがあるのだろう。

 むしろそういったものがないと、歌詞なんてかけないとも音楽業界の誰かから聞いた気がする。


 特別なものを特別に感じない器と、特別じゃないものを特別に感じる感性が大事。それが人に何かを伝えられる人間の条件だ――だとかなんとか。


 そうならば、なんとなくだけど、涼白はその条件を満たしている気がする。


 それにしても、隣に座り合っているのに、チャットで話すとか、どんな関係だろうか。

 まあ、チャットでもいつの間にか敬語じゃなくなってることに、少し嬉しさを感じてるんだけどさ。


 じつに友達っぽいだろ。


     ◆


 放課後になり、公園へ行く。

 前と同じようにペットボトルの飲み物を買って、ベンチに座る。


 俺たちは遊具で遊ぶわけでも、ボールで遊ぶわけでも、大声を出すわけでもない。

 用途を制限された区画内で、誰に迷惑をかけることもなく、未来の話をした。


「ねえ。この歌詞なんだけど、どうかな」

「書けたのか。まだ一週間も経ってないのに」

「まあ、書けたことは書けました」

「なんで敬語」

「や。恥ずかしいなって思って。こういうの」

「別にいいだろ」

「でもだって、イネに送る手紙を、第三者に見せているわけだから、ファンレターを盗み読みされるような恥ずかしさが……」

「……ああ」


 なんとなく、つまらなくなる。

 いや、つまらないというわけじゃない。

 おかしなことに、俺は『イネ』に嫉妬しているようだった。


 いやいや。

 俺は俺だろ。

 じゃあイネも俺だ。


 なのに、涼白の言葉で、それら人格が分離したような気持ちになった。


「どうかな。わたしの歌詞って、曲つけられそう?」

「ん」


 涼白の不安そうな声に、現実に戻る。

 最近じゃあ、初期のクールっぽさなんか消えて、普通に感情を見せてくれる。

 でも、ライブで盗み見たあの表情はない。

 それはイネにだけ送られる、憧憬の色。


「イネへの憧れを歌詞にしてみたんだ。あと、イネへの感謝の気持ちとか、そういうの」


 俺は歌詞をざっと見た。

 印象としては本人の言う通り、「感謝と憧れ」だった。

 

 ――あなたのおかげで生きる意味を知った。

 ――あなたの音楽をずっと聞いていたい。


 それらを抽象的に描き、穴の開いたドーナツを作るように、周りから言葉を埋めている感じ。

 

 ひたすらに個人相手に送る詩。

 そこに、俺が曲をつける。


 できないことは、ない。


「やってみるよ」

「ほんと? すごいね、ありがとう!――でも、できあがったら、誰が歌うんだろう?」


 涼白の顔を見て、俺は笑った。

 何を今更という、それは俺の心からの素直な笑みだった。


「涼白に決まってるだろ。それをイネに直接送信してやろうぜ」

「ええ!? でも、でも、届くかな……!?」


 いきなりの展開に感じられたのだろうか。

 涼白は焦りながらも、その行為に興奮しているようだった。

 瞳の中に宇宙が広がっていく。

 涼白の心は多分、透明だ。

 だから、色がつきやすい。


 そして、今の色はイネがつけた色なんだ。

 やっぱりつまらない。

 なんで、嫉妬?


 わからない。

 わからない。


 ――そしてしばらくして。


 涼白の、ただ一人のために送る「曲」はできあがった。

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