第7話 友達と曲をつくるかもしれない


「――というわけなの」


 そうして、涼白は話を終えた。


 俺は手にしていたペットボトルを傾けて水を飲む。

 それから言った。


「過去を話終えた感じをだすなよ。まだ何も話してないからな」

「えへへ」

「無表情で照れるな」

「だって、仕方ないよ。わたしには、理由なんて、なにもないんだから」

「なにもないって、なにが」

「どこかで聞いたんでしょ。わたしの噂。みんながわたしのことをどこか避けるのはさ、やっぱりわたしが少しおかしいからなんだと思うよ」

「まあ、確かにチャットアプリの自撮りアイコンはおかしいよな」

「それは言わないで……」


 俺は噂を口にした。

 ただただ聞いた話を右から左へ投げただけだ。


「リストカットがどうとかいう話か?」

「稲瀬くんってなんか、すごいね……」

「なにがだよ」

「いや、ふつうは、そういう話題は避けるっていうか」

「じゃあふつうじゃないんだろ。で、なんで時間の合わない時計をつけてんの?」

「だから、リストカットの跡があるっていう噂を聞いたんでしょ?」

「うん」

「じゃあ、そういうことだよ」

「うん……え? それで終わり?」

「え?」


 なんだかチグハグな会話。

 先に待っていたのは、ただの噂通りの答え。


 雨が降るよ、と言われて、雨が降ってきただけ。

 晴れるよ、と言われて、晴れただけ。


 なんだかそんな感じだった。


「ふーん、としか言えないな。意外性がない。噂通りか」

「意外性とか、いるのかな……」

「少なくとも、その話は面白くないな。なんたって、涼白の目が輝いてないから」

「どういうこと?」

「好きな曲の話をするときの涼白はなんだか、見ていて面白いんだよ。いきいきしてるからな――でも今の涼白は目が死んだ魚みたいだ」

「死んだ魚かー」

「なんで手首切ったの? 死にたいのか?」

「わかんない――」


 涼白は世間話をするかのように、自分の命の話をした。


「死にたいとか、生きたいとか、わかんないんだよね。わたし。確かめるために切ってみたけど、正直、わかんなかった。色々聞かれるの疲れるから、時計して、跡隠してるだけ」

「そりゃ、聞いて悪かったな」

「あ、ううん。なんか稲瀬くんなら、平気かな」

「たしかにペラペラと喋ってるもんな」

「言い方……」

「大丈夫、その気持ちはわかるから」


 具体的には俺も妹に言われたから。


 涼白は、わずかに首をかしげた。


「なんか、不思議なんだ。稲瀬くんと話してまだ数日しか経ってないのに、まるでずっと前から話をしてるみたいな気持ちになるの」

「……ふーん。そりゃ不思議だな」


 もしかして、イネとして発信している曲に、俺っぽさが出ているのだろうか。

 何かを言おうとしたが、藪蛇になりそうだったので、黙る。

 遠くからランドセルを背負った男の子と女の子が、追いかけっこをするかのように、駆けて行った。


 涼白は小学生が見えなくなってから、聞いてもいないことを話し始めた。


「イネのいいところはさ」

「うん?」

「曲もいいんだけど、一番は歌詞なんだよね」

「まじか」


 曲じゃないんか……。

 ちょっとショック……。


 いやもちろん歌詞だってきちんと考えてるけどさ。


「イネって多分、すっごく口下手なんだと思うんだ。だから曲に歌詞をのせて、自分の気持ちを伝えないと、生きていけないんじゃないかなって思う。そうやって、呼吸をするみたいに、歌を作ってるんじゃないかな」

「母親みたいなことを言うね……」

「どういうこと?」

「いや、なんでもない」


 ピーマンが食べられない歌を聞かせてやりたいよ。


「イネの歌を聞いてると、なんか一人じゃない気がするの。会話をしてるみたいに、感じる。だからそういうとき、わたしは、生きなきゃいけないって思える気がするんだ。だってまだ、イネに返答できてないから」

「へえ……」


 俺は涼白の横顔に目を奪われていた。

 好きなものを話す時の涼白の瞳はやっぱり、輝いていて、綺麗だ。

 それはもしかすると命の輝きなのかもしれない。


 俺はそれをもっと見たいと思った。

 だから言った。


「じゃあ、涼白から、返事を出せばいいじゃん。イネに」

「……どういうこと?」


 綺麗な眉がしかめられる。

 涼白の頭の中に、その『回答方法が存在しなかった』ということを知り、なおさら勧めたくなる。


「つまりイネの曲へ、返答すればいいだろってこと。涼白も歌詞を書けばいいよ。それを歌にして、イネに送ってみれば? そうしたら、もっと生きていたくなるかもしれない。もしかしたら、イネから返答をもらえるかもしれない。楽しくなってくるだろ」

「でも、わたし、曲なんて作れないし」

「それは俺がつくってやるよ」

「え?――」


 涼白が幽霊でもみたかのような顔をする。


「稲瀬くん、曲、作れる人なの?」

「まあ、それなりには」

「そうなんだ。すごいね……どんな曲をつくるの?」

「そうだな――」


 俺は少し考えた末に、言った。


「イネみたいな曲かな」

「パクリはだめだよ」

「はい」


 っく。なんだか無性に悔しい。

 だがそんな思いもすぐに消える。

 なぜなら、涼白の瞳に星が瞬き始めたから。


 彼女は小さくつぶやいた――「でも、それ、少しおもしろそうだね」と。


 と。

 言うわけで。

 俺は涼白に曲をつくることになった。


 まさかクーラにそれを話しただけで、あんなことになるなんて、思いもしなかったけど。

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