第6話 まだ友達じゃないかもしれない

 自室に戻り、ベッドに飛び込む。

 ヴヴ、とスマホが振動。

 さきほど送ったチャットアプリの返信だろう。


 相手は涼白だ。

 先ほど送っていた内容は、一つの質問。


>仲間というか……、友達の様子がおかしいときって、どうやって対応すれば良いかわかるか?

 

 寝転がりながら画面を開いてみると、予想通り涼白からのメッセージだった。

 

>仲間も、友達もいないから、わからないです。


「え!?」


 俺はベッドから跳ね起きた。

 友達がいないってどういうことだろうか。

 ここに居るじゃないか……!


 俺は眉をしかめて、画面を凝視。

 気合を入れて、チャットアプリに文字を入力した。

 送信。


>友達、いるだろ。


 返信。


>え? いないです……。


>いや、いるだろ。


>いないです。どこにいるんですか。


>俺が、いるじゃん


 既読はすぐについたが、返信がない。

 俺自身なんでこんなにムキになってやり取りをしたのかは分からない。

 それでも、文化祭のクラス代表実行委員になり、一緒に作業をした仲だし、その上で、チャットアプリのIDを交換し、自分の曲を薦められてもいる。

 

 これって友達じゃないのか?――じゃあ、なんだろう。


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 ヴヴ、とスマホが振動。

 俺は画面に目を走らせた。


>友達になるには、どこかに一緒に遊びに行ったりしていないと、友達と呼んではいけないのではないでしょうか……。


 まじかよ。

 めちゃくちゃ丁寧に、変な定義がきたよ。


「友達基準が小学生だろ……」


 だが、逆に考えれば話は単純だ。

 遊びに行けば友達になれるってことだ。


 俺はささっと文章を作成。

 なんの考えもなく、送信。


>じゃあ、遊ぼう。そしたら友達でいいよな。


 返信は意外なほど早くきた。

 

>なにをして、遊ぶんですか……?


 ……。

 ……、……。

 ……、……、……。


 俺は送信ボタンを押した。


>公園とか……。


 小学生かよ……。


>わかりました。


 わかるのかよ……。


 ということで、なぜか俺は涼白と放課後、公園に行くことになった。

 なんだこの状況。

 

 でも少し、面白いのも事実だ。

 妹は偉大なのかもしれない。


     ◆


 平日の放課後。

 俺と涼白は予定通り、公園を目指し、なんとなしに一緒に歩き始めた。


 最近は、文化祭の件で一緒になることも多いので、違和感はまったくなく、周囲から変な視線もない。


 公園って、いざ探そうとなると、なかなか無いものらしい。

 ネットで探してやっと、それなりの公園を見つけた。


 コンビニでペットボトルの飲み物を買って、目的地の公園に到着。

 地図でみるとそれなりの大きさはあったが、安全のためなのか、遊具はほぼ撤去されており、注意書きには『ボール遊び禁止、大声をださないで』とでかでかと書いてあった。


「稲瀬くん。ベンチしかないけど、なにするの?」

「なにしようか……」


 こんな公園でなにをすればいいのか……。


 俺と涼白は仕方なく、ぶらぶらと歩き、適当にベンチに座った。

 空はまだ明るい。

 九月も終わりに近づいてきたが、今日は暖かい方で、風も気持ち良い。


 俺は隣の涼白に尋ねた。

 

「これで友達なのか……?」

「友達いないから、わからない……」

「そうか……」

「うん……」


 公園のベンチに座る高校生二人。

 なんだこれ。

 友達になるの、難しすぎだろ。


 それにしても、公園の管理者め。

 安全第一なのはわかるけど、公園なんだから、遊べるものぐらい、残しておいてくれよ。

 ここに一人、実害を受けている高校生がいるぞ。

 

 目に見えない敵に文句を言っている俺が、今の状況に対して、必死に考えていると勘違いしたのかもしれない。

 涼白が俺の顔を見た。


「なぜ稲瀬くんは、わたしと友達になりたいの?」

「え? ああ……それは――ていうか、もう友達だろ。遊び来たんだから」

「じゃあ、友達だとして、なぜ?」

「だとして、とか定義するな――まあいいや。えっと、そうだな……」


 俺は理由を考えた……あれ。どうしてだろうな。

 考えてみたが答えはでなかった。

 正直に言う。


「なりたいから、なりたい――としか答えられないかもしれない」

「そっか。変わってるね」

「涼白も似たようなもんだろ」


 変わってるね、に大してそう答えたつもりだったが、涼白は別の部分への言葉だと思ったらしい。


「うーん。わたしは、そこまで友達が欲しいって思ったこと、ないかな……」

「あ、そっち」

「どっち?」

「いや、別にいいんだけど――じゃあなんで、俺とは色々と話してくれんの?」

「え?」


 涼白はぽかんとした。

 暗ineの話から始まったが別に俺はクライナーではない。実行委員会で同じになったが、プライベートで話す必要はない。


 涼白の表情を観察する。

 なるほど。

 これは、さっきの俺と同じタイプらしい。


「涼白もわからないんだろ」

「友達ってよくわからないね……」


 コミュニケーションレベルが低いものの集まりって、まとまりなくなるのな。

 俺、少しだけ、クーラとレンに感謝をした。

 あいつらはあいつらで、俺の足りない部分を担ってくれているのかもしれない。

 だからといって甘くするとつけ上がるから、言わなけど。


 それにしても、ありえない具合に非日常的な時間だった。

 ただの公園なのに、俺と涼白が、飲み物片手にベンチに座って話をしている。

 ふっと、自分たちの姿が俯瞰して見えて、思わず呟いてしまった。


「冷静に考えると、友達っていうか、デートみたいだな、これ」

「え!?」

「あ、いや、周囲から見たら、友達っていうか、デートみたいだなこれって」

「二回も言った!」

「いきなりテンションあがりすぎじゃね……」

「変なこと言うから!」

「暗ineの時も、そんな感じだったよな」

「稲瀬くんは、色々と唐突すぎると思うよ……」

「そうか。気をつけるよ」


 ここでこうして座っているというのも、味気ない。

 今、ここにきてどれくらいの時間が経ったんだろうか。

 五分と言われても信じるし、三十分と言われても信じられる。


 スマホを取り出して時間を確認しようとしたが――偶然、隣の涼白がペットボトルを口に運んで、傾けた。

 その腕にはごつい時計がついている。アウトドアでも使えそうなモデル。

 バンド部分の太い、白のデジタル時計。

 

 俺は時間を確認するためだけに、それを首を傾けてまで、じっと見つめる――と、涼白が「あ、それ、時間あってないとおもう」と忠告してきた。


「え? じゃあなんでつけてんの、時計」


 その瞬間、俺は思い出す。

 どこかから聞こえた涼白の噂話。

 友達のいない俺への情報は断片すぎて、ただのワードとしか認識していなかったこと。


 ――時計は、リストカットを隠してるらしいよ。

 ――だからプールのときも外さなくていいんだって。


 涼白はやけにゆっくりと、ペットボトルのキャップをしめた。

 それから言った。


「大したことじゃないんだけどね――」


 始まる話は、時計の話。

 そしてリストカットと、イネの話。

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