第5話 妹への短い相談
誰かに相談するっていっても、俺の全てを知っていて、なおかつ年齢が近く、気軽に話ができるやつなんて、一人しか存在しない。
妹の明日香だ。
中学生ながら俺よりも達観した考え方を持っていて、なおかつ、俺の全てを知っている。
多分、これだけじゃあ伝わってないよな。
明日香は、とにかく俺の全てを知ってるんだよ。
率直にいって、いろいろと怖いタイプの妹だが、頼りになる存在でもある。
……兄としての威厳はない。
◆
学校から帰って、すぐに妹部屋のドアをノックした。
明日香は部活に入っておらず、学校が終わるとすぐに部屋に閉じこもって、小説を書いているらしい。
なんの小説かは知らないが、何かの新人賞に出すこともあるらしく、まだ受賞には至っていない。
母親曰く、「才能はありそうだけど、テーマが基本的に兄と妹の禁断の愛」とのことだったので、俺はそれ以上を聞かないことにした。
聴き慣れた声がした。
「なーに?」
「俺だけど、ちょっといいかな」
「ああ、お兄ちゃん。ちょっと待ってね――はい、どーぞ、入ってきていいよー」
「あのさ。ちょっと相談というか質問があってさ――」
ドアを開く――と、制服を脱ぎ始めた明日香が居た。
で、俺の顔を見て、叫ぶ。
「きゃーっ! ノックぐらいしてから入ってきてよっ!」
「したよな!? あれ、俺、記憶障害!?」
明日香は制服を着直すと、学習机の上のノートパソコンに向き直った。
「なるほど。やっぱりお兄ちゃんに着替えを見られて、こんな反応してたら、嘘っぽいから、もっとおしとやかにいこうっと――」
パソコンをかちゃかちゃする妹。
黒髪セミロングの女子中学生。
こいつは、自分の小説の参考に、自分の兄を使用しているのだ。俺の行動を観察しては、メモ帳に色々と書き込んでいる。
相談相手としては適切だろう。
これ以上俺のことを知っている相手はいない。
多分。
◆
学習机の椅子を俺側へと向けて、明日香は「相談かー」と話し始めた。
「――クーラさんのこと? それともレンさん? もしくは涼白さん?」
「なんで知ってんの……」
こいつはクーラとSNSで繋がってるし、連絡も取り合ってるから、そこから涼白のことも知ったのだろうけど。
「なんで知らないと思ったの? ていうか一応、正体隠してクリエイター活動してるんだから、情報の管理ぐらい、しっかりしなよ」
「はい……」
「お兄ちゃんは、本当に、曲作り以外は雑魚だよね」
「お兄ちゃんに雑魚とか言うなよ……」
でも、あながち嘘ではないから、これ以上は言い返せない。
「で、何が聞きたいの?」
「うん。なんか最近、クーラがおかしいんだよな。で、レンもおかしいし」
「理由わからないの?」
「わからないから、こうして相談にきてるんだよ」
「涼白さんのことは?」
「……? 涼白は友達だけど……俺の曲が好きらしい。ライブにもきてたんだよ。話は合わないけど、見てるとすげえ面白いやつでさ、あ、これ、見る? めちゃくちゃ面白いんだぞ。自撮りのアイコンでさ――」
「――はぁ。お兄ちゃん。聞いてもないこと、ペラペラ喋り過ぎ」
「あ、ごめん」
「それで、クーラさんの気持ちがわからない、と」
「うん。あいつ、なんかおかしいんだよな……」
思いつく限りの予想を話してみたが、明日香は聞いているようには見えなかった。
話終えると、明日香は小さくため息をついた。
「こりゃ、大変だなあ――あ、そうだ。こんどは鈍感兄と敏感妹の話を書こうかな」
「え、いや、小説の話じゃなくて、俺の話を――」
「まあ、いいんじゃない?――」
明日香は中学生とは思えない、大人びた表情を浮かべた。
「――なんか、お兄ちゃん、楽しそうだし。初めて見るくらい、いきいきしてるよ? そのままのお兄ちゃんでいればさ、いいと思う」
「はあ……?」
いや、全然、楽しくなんてねーんだけど。
残念ながら明日香はそれ以上、何も話してはくれなかった。
執筆の世界に旅立ってしまったらしい。
そのままの自分か。
それはつまり、今まで通り、曲を作り、そこに自分の思いをのっけて、ぶつけていけばいいということだろうか。
クーラに新曲の相談でもしてみようかな――最近では珍しく、俺からクーラに連絡をとってみたが、タイミングが悪かったのか、既読がつかない。
俺は諦めて、涼白にチャットアプリを送ってみることにした――。
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