第4話 モデル襲来そして炎上

>涼白の暗ineのおすすめはわかったから、他の話はないのか?

>他の話題って……天気とかですか


 涼白とのチャットは面白い。

 暗ineの話題がなくなると、次は天気の話とか、どういうことだろうか。

 馬鹿にしているわけじゃない。

 俺も音楽なくなったら、次は天気の話になると思うから。


 きっと同じような相手と話せることが、ワクワクしているんだろうと思うけど――答えはわからない。


 その日も、自分の曲を、涼白から逆紹介されるという、よくわからない昼休みチャットをしていた。


 ――そんな中。


 今から問題を起こす『そいつ』は巧妙に変装をし、誰に気がつかれることなく校内に侵入したという。

 俺のクラスの前にくるまでは、「何故この人は私服で学校にいるんだろう」くらいにしか思われていなかったようだ。


 だが、俺のクラスに入室し、ざわつく教室内を無視し、ヘッドフォンで聴覚を封じ、チャットで視覚をも封じている俺の前に仁王立ちすると、己の身を守っていたキャップやらサングラスやらを一気に剥ぎ取った。


 で、当たり前のように教室がパニックになる。

 俺はようやくそこで気がついた――らしい。これはあとで聞いた話。

 ここからが俺の実体験となる。


     ◆


 昼休み。

 仕事のメールを返しながら、涼白のチャットを返し、相変わらずブレッブレのプロフィール写真で「ふふっ……」となっていると、いきなりヘッドフォンが取られた。


「……?」


 何かと思ってスマホに向けていた視線をあげると、目の前に見知った女がいた。


「どうも。わたしよ。わかるわよね?」


 わからないわけがない。

 漣蓮(さざなみれん)である。

 天然の銀髪と青い瞳。白い肌に、これでもかとマスカラで伸ばした長いまつ毛。

 ファッション性の高いミニスカートを中心とした装いに、なぜか大人っぽく見えるツインテール姿。


 マルチな活躍をしている女で、たしか年齢は俺より一つ下だっけか……?

 SNSを賑わすモデルかつ、動画配信者かつ、歌い手ってやつ。他にも何個か顔があったっけ。なんかの会社の社長とか。


 いや、そんなことはどうでもいい――周囲からの視線に気がつかされる。なぜこいつがここにいるということより、なぜ俺と話をしているのか、という観点のほうがヤバイ。


 俺はイネじゃない。

 稲瀬潤だ。


「どちらさまでしょうか……?」

「すっとぼけないで」

「注目を、受けて、おります」


 気が付けよオーラを体から出す。


「なら外に出るから、ついてきなさい」

「わかりましたけど、おたく、どなた?」

「あんたが昔、こっぴどく振った女――」

「あー! あー!」


 なんなのコイツ!?

 ドッキリ系動画ばっかり撮ってるから頭おかしくなってんじゃねえの!?

 振るってなんだよ。

 あ……、まさか二曲目の楽器提供をやんわり断ったことを言っているのか……? あれは忙しくて断っただけだ。

 それで意趣返しにここへ来たとか……?


 なら早く帰して、仕事の話は仕事の時間にしてもらおう。俺は今、学生だ。

 それも、『友達とチャットをする、フツーの高校生』だ。


 で、そのフツーの高校生のチャット相手である涼白は、暴風雨に巻き込まれたような展開に、隣の席でぽかんとしている。


 そりゃそうだ。

 俺は涼白に言い訳がましく言った。


「気にしないで。チャットしててくれ――たぶん! なにかの! 手違いだと思うから!」


 まあそのチャットの相手、俺だけどさ。

 あと、後半は人生で初めて、学校で叫んだけどさ。

 でもこうでもしないと、写真まで取られてるんだから、どうにもならねーだろ。


 涼白もユーチューブなんかは常に見ているタイプらしいから、さすがにレンのことも知っているようだ。


「わ、わかったました」


 噛んでる。

 面白いな、涼白は。


     *

 

 学校での俺はイネじゃない。

 学校での俺は稲瀬潤だ。


 昔、母親から言われた。

 

「あんたは、ピーマン残すときですら、歌って伝えてきたからね。きっと歌を歌うことが、あんたの意思伝達方法」


 中学生の妹の『明日香(あすか)』からも言われた。


「お兄ちゃんと一緒に寝てると、寝言も歌なんだよね〜」


 それを聞いて驚いたね。

 まじかよ、それ職業病じゃ――いや待て、なんでアスカは勝手に俺のベッドに侵入してんだよ! ってさ。


 まあ、余計な話はおいといて。


 そんなことを言われると、いくら『何も考えてなさそう』とか『トーテムポール』とか評価される俺でも、思ってしまう。


 なら――曲を作ってることを知らない奴とは、友達になれねーのかなって。


 本当の自分を見せないと、友達にはなれないのかなって。


     ◆


 相変わらずの校内騒動中。

 今の俺は稲瀬潤。

 曲を作っていることを知っているやつは、高校には一人もいない。

 教室のトーテムポールだ――で、誰がつけたあだ名なの、これ。


 とにかく外へ、レンを追い出さねばならない。

 教師が来るのも時間の問題だし、それで困るのは俺だけじゃない。


 周囲が当たり前のようにざわついている。

 大人ならまだしも、学生からしたら、今まさにみていた動画配信サイトの有名人が目の前にいるんだから、当たり前。


 それにこいつは、天然の銀髪に、やたら長い髪、そして青い瞳と、なにかと目立つ容姿をしている。

 性格だって破天荒。

 整形疑惑の動画を出した配信者を叩く動画なんて朝飯前。

 自分を性的に誘ってきたプロデューサーを実名で報告。

 なのにそれを話題性とキャラと、そして時折見せる優しさで黙らせている。


『え? あれ、本物? サザレンじゃねえの!?』

『なにこれなにこれ、まさか撮影じゃん!?』

『ていうか、なんでトーテムポールが相手してるの……?』


 ほらみろ、こうなるだろうが。

 ていうか、おい、今、聞こえたぞ! トーテムポールおまえか!


 あだ名の元凶を見つけられそうだったが、その前に俺はレンに引っ張られて、廊下へと引きずり出される。

 

 追い出すつもりが、引っ張られる情けなさ。

 レンは展開が早い。

 クーラと二人で話している横にいると、マシンガントークの意味がわかる。


 俺は小さな声で言う。


「ていうか、お前、なんなの。これ、場合によっちゃ、契約違反だからな」

「なによ、契約って」

「俺はイネってばれねーように、母親からも言われてんの。それ破ったら、まじで俺の母親、レーベルとかP(プロデューサー)とかに突っ込んでくからな。俺、個人事業で事務所もねーんだから」

「……お義母さまには嫌われたくないけど」

「だろ。なんかしらねーけど、お前、俺の母親にめちゃ丁寧なんだからさ」

「そりゃ未来の……あれ、だし……」


 もごもごと口を動かし始めた隙を見て、手を振り払い、俺は廊下を走った。

 走っちゃいけないけど走った。

 で、後ろからレンが「あっ」と追いかけてきたのを確認して、人気のないほうへ逃げる。

 レンもそういう時は慣れたもので、わざわざ外していた変装グッズを走りながら着用している。

 騒いでいたのは結局クラスメイトとその周囲数名ぐらい。なんとかなるかもしれない。


 レンは銀色の髪をふわりと浮かせ、その表情をしかめた。


「ちょっと待ちなさいよ! 聞きたいことが、あったんだから……だから来たのっ!」

「聞きたいことってなんだよ!」


 走りながらの情報交換。

 階段を2個飛ばしで降りよう――として怖かったので、一個ずつ降りる。


「女のことよっ」

「女ってなんだよ――」


 いやまて。

 女――おいおい。まさか、涼白のことか?


 クーラみたいな話になるのか、これ。

 

 実は先日の会議の後――具体的には焼肉食べたときの酒のあとから、やけにクーラが俺に絡んでくるのだ。

 もちろん音楽ユニットの相方なわけだから、連絡をとるのは普通だ。

 今までだって、チャットアプリなんかの連絡は日常茶飯事だった。


 でも、なんだか最近はよくわからない連絡が多い。


>みてみて、新しい服かったー。


 とか。

 で、写真添付。

 削除。


>谷間写真を進呈してやろう。


 とか。

 写真添付。

 削除。


>今お風呂から出たよ〜。写真見る?


 とか。

 写真添付――される前に数時間ブロック。


 全く意味がわからない。

 俺が『なんなの? 暇なの?』と返すと、今度は怒りのスタンプ攻撃だ。まじで意味が分からない。


 ただ少し思い当たるのは、涼白のプロフィール写真を見てから態度がおかしいってことだ。


 まさか――とは思う。

 でも、今度は学校に、レンが来た。

 で、言った言葉は『女』である。


 まさか、クーラがレンに話をしたのだろうか。

 で、何かを感じた。


 何を感じるのか――自撮り写真の面白い女子高生が居るから、スカウトにきた……?


「んなわけないだろ……」


 噂は最小限にして、さっさと終わらせよう。


 校門も正門もまずいので、裏門へ。

 もはや上履きのまま外へ駆け出る。


 ここなら誰も……と思ったけれど、校内からは丸見え。

 窓際にずらりと生徒が集まっていたが確信を持って見ているのは、俺のクラスメイトだけで、他の生徒は、なんとなく集まっているだけのようだ。


 しかし写真はまずい。

 俺はレンをさらに奥へと歩かせて、門の向こう側へと押しやる。


「で、なんだよ……。正体がバレたら、俺、活動できなくなるのはもうわかったよな」

「お義母さんと契約のことは、もうわかったから」

「なら早くしてくれ、こんなところまできて、なんなの」


 あとなんか、レンの言う「おかあさん」ってイントネーションがおかしい気がするんだけど……まあいいか。


 レンは注目されていることなんか気にもしないで、俺をキッと睨んだ。


「あ、あんた、に聞きたいんだけど。好きな女ができたって、ほんとなわけ……?」

「……はあ?」


 こんな騒ぎを起こして、こいつは何を言ってるんだ。


「そんな話のために、ここまで来たのかよ。チャットアプリでいいだろーが」

「うるさいわね! 直接聞かなきゃ、納得できないでしょ!? で、答えなさいよ! いるの!? いないの!?」

「いや、いないけど」

「え、いないの!?」

「いねーよ」

「嘘でしょ!?」

「嘘ついてどうすんだよ」

「え、いないの!?」

「タイムリープしてんのかお前」


 なんでそんなに驚くんだよ。


「大体、誰に聞いてきたんだよ、それ」

「クーラだけど……」

「あの女……」


 先日からなんなんだほんと。

 涼白にイネの正体がバレたら、どうすんだよ。


「そ、そうなんだ。ふ、ふーん、いないんだ……? じゃあまだ、彼女もいないんだ」

「いるわけねーだろ」


 レンは明らかに落ち着き始めた。

 銀色の髪を指先でくるくるとし始める。


「いないなら、いないって、先に教えてときなさいよね!」

「いや、いねーもんをどうやって教えるんだよ」


 ていうか、なんだその報告義務。


「友達ならできたけどな、女の」

「友達か!」

「なにが嬉しいの」

「わたしは、仕事仲間だから。仲間の勝ちね」

「しらねーよ……」

「じゃ、もういいや。クーラから連絡きてさ、衝動的にきちゃったんだ」

「コンビニにいくみたいに、俺の高校にくるな」

「じゃ、あたし帰るね」

「ちょっと待て」


 俺は、退散しようとするレンの肩をガシッと掴んだ。


「てめえ、この騒ぎ、きちんと責任とってくれるんだろうな……?」


 疲れるので、あまり怒らないようにはしている俺だが、さすがにこれは黙っていられない。

 先生が来るのも時間の問題ってぐらいに、裏門が見える廊下側の窓に、生徒が張り付いている。


「な、なんのこと?」

「つぎ誤魔化したら二度と曲はつくらねーぞ。二度とだ」

「全力で火消しします」


 そうしてその日のうちに、あらかじめドッキリをするはずの高校を間違えて、突撃するはずの生徒とは別の生徒を拉致ってしまった謝罪動画を出した。


 もちろんレンは炎上したが、あいつにとっちゃ日常茶飯事。

 こっちの火が消えたから良し。


 それにしても、なんか最近、俺の周りが慌ただしいのは何故だろう。

 誰かに相談でもしてみるか……?

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