03

 私が通う高校の体育倉庫は、小さいプレハブが連なった形をしている。その上、校庭に近い方の倉庫ほど往来が激しい部活――すなわち野球部や陸上部など――にあてがわれている。そのため、校庭より遠い体育倉庫の裏側はあまり人が出入りしないということを、当時千香が自信たっぷりに話していたのを覚えている。

 体育倉庫の裏側はナナカマドの木が等間隔で生えていて、その向こうには道路と学校を隔てるブロック塀が建っている。昼は校舎で、夕方はこの体育倉庫が影になるせいで、夏でもひんやりとしているから、前はここでよく涼を取った。

 そしてここで、私は千香に告白した。

 道ならぬ恋だという事は十分に承知していた。そしてそれが、彼女にとってであることも。

 私は倉庫の壁にもたれかかって、あの時のことを回想する。





『いいよ』

 津辺木千香ベッキーは、仄かに顔を赤らめながら――だけど私から視線は逸らしつつ――確かにそう返した。

『ありがと、ベッキー』

 本当は、もっと飛び上がって喜びたかった。

『でも、ちょっと――』

『分かってる。ベッキーはエース、みんなの期待の星だもんね』

 毒のような言葉だ。この一言一言が千香の首を絞めていることが分かっていながら、私は呟いてしまう。

『人前では付き合ってるは見せない。特に学校の中ここでは』

 それが私に課せられた、毒の対価。





 背後から聞こえた足音に、私は立ち上がろうとして、止めた。

 足音がおかしい。千香の足音にしては、重い。男性だろうか?

「――千香なら来ないよ」

 その言葉に、ゾッとした。

「居るんでしょ、七日森梓なのかもりあずささん?」

 それは声と言うには情報量が無い、電文のようなメッセージ。

「おかしいなぁ、津辺木さんにここに居るって聞いたんだけど。それとも……まだぼくのこと、怖くて出てこれない?」

 ギリッと一度歯がみしてから、私はそれの目の前に躍り出た。

「ごめん。津辺木さんっぽくない足音だったから、尻込みしちゃった」

 適当な言い訳を取り繕う。

「ううん、こっちこそ。突然、津辺木さんに伝言頼まれちゃって。『部活で突然呼ばれちゃって、本当にごめん』って」

 スマホの通知画面には、何も表示されていなかった。

 千香に連絡を取らなければ、それが本当かどうかは確かめようがない。

「そう、ありがとう。転校早々に変なこと頼まれちゃったみたいで、ごめんね」

 ともかく、ここに長居する理由は無い。それこそ校舎前で千香を待って惚気たおすぐらいじゃないと、この気持ちをどこに持っていけばいいのか分からない。

「七日森さん、朝から気になってたんだけどさ――」

 私がそれの隣を通り過ぎるとき、ふとその言葉ワードが私の頭をよぎった。

ぼくの顔、見えてないよね?」

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