【短編】イジメられていた女の子を救った俺がイジメられている

天道 源

イジメられていた女の子を救った俺がイジメられている

 正義感ってやつが武器になるのって、何歳までなんだろうな?

 少なくとも俺がガキの頃は、それを振りかざして、正義のヒーローになること選んだって、どっちかといえば許されていた気がする。


 自分の経験からすると、大体、小学校低学年くらいまでなのかもな。

 いじめられてる奴を助けても、許されるのって。

 俺の一人目の親父が引っ越しばっかりしていたから、各地でそういう人助け行為をしていても、目を付けられる前に転校していたってのも、運が良かったのかもしれない。


 確かに俺も、その年代の頃は、同じ小学校に通っていた女の子を助けていたっけ。

 あれは今考えてもひどいイジメで、とにかく異分子排除って感じだった。

 一年だけ在籍していた港町だった。


     *


 シングルマザーの黒髪の母親に、北欧的なプラチナブロンドの子供が生まれたのは、小さな港に立ち寄った外人との子供だったからとか。

 俺からすればとっても綺麗な白金の髪と青い瞳の女の子だったけど、小さな港町の古い価値観からしたら、子供どころか、大人からも、良くは思われていないようだった。


 名前は――なんだっけ。

「なっちゃん」とか、呼んでたかな。

 花の名前だった気がするけど忘れちまったし、顔ももうあやふやだけど、誇ったって良いくらいに、美しく、透き通った印象だったのは覚えてる。

 教室の横で、必死に下をむいて、誰にも目を合わさないようにしている理由はわからなかったし、女の子なのに坊主に近い短髪だった理由もわからなかった。その時は。


 ある日のことだ。

 そいつは泥団子の的当てゲームに付き合わされていた。もちろん「的の役」として。

 女の子の顔は泥だらけで、短髪ながら美しいはずの髪の毛も悲惨な状態だった。


「やめて」とも言わずに、女の子は逃げていた。

 必死に、小さな体でランドセルを背負って、とにかく射程圏外へ逃げようとするが、すぐに追いつかれて、ランドセルを掴まれて、地面に転ばされる。

 いじめている男のほうは力加減に慣れていて、どうやらそれが慣習的に行われているイベントだということが子供心に分かった。


 俺はまだ引っ越してきてから数日で、友達もいない状況だったが、どこの町でも同じようなもんだった。

 逃げようとランドセルを抱えている女の子の泣き顔と、泥を投げているやつらの笑い顔を見て、立ち位置を決めた。

 その頃は、今じゃ考えられないけど、家庭環境の悪さから、なんていうか、俺も俺で、頭がぶっとんでいたんだ。常に夢を見ているような感じで、ふわふわとしていて、とにかく嘘ばかりついていた。

 

 俺は花壇の脇の大きめの石を拾うと、笑い声へと近づいた。


「うらあああああああああ」と叫んで、石をいじめっ子たちの近くに投げる。もちろん当ててはいないが、相手もビビる。

 どすん、という音は死をも感じさせるのだ。


「なんだよ転校生! あいつの味方すんなら、てめえも同じだからな!」


 ガキ大将みたいな、体の大きいやつが俺を睨めつけたが、俺は「うるせえ、味方じゃねえ、お前らの敵じゃああああああ」と答えると共に、体操着袋の紐で首を締めにいった。

 今考えるとやばすぎる小学生だが、俺の一人目の親父の方がやばいやつだったので、その後も一年はその町で住めたのだ。

 ちなみに俺の一人目の親父は最初にヤがついて最後にザがつく職種についていたこともある。


 失神したガキ大将を見下ろすと、周りのやつらは叫び声を上げて逃げていった。

 俺は、南無三と手を合わせてから、大人が来る前に、逃げようとランドセルを拾った。

 ついでに、近くで茫然とこっちを見ている坊主頭の女の子にも。


「おい、そこの短パンTシャツ短髪女」

「……っ!」

「まずは俺んちに逃げるぞ!」

「……っ!!」


 声もあげずに驚きを表現したそいつは、しかしすぐには動き出さない。俺が敵か味方かを見定めているというよりも、何が起きているかわかってない感じ。


 俺はむかついてきて、「ほらこっちだよ、うるせえ大人がくるだろ!」とそれっぽい声をあげて、女の子を連れ出した。

 まるで王子とお姫様――なんて言えれば良かったけれど、俺にはヒットマンとその舎弟にしか思えなかった。


 家には当然誰もおらず、俺は女の子にシャワーと服を貸してやった。

 裸もみたけど、あの頃の女の子に何も感じなかった――はずだった。親父がいつもそういうビデオばかり見てたし。

 坊主頭で泥だらけだったが、シャワーを浴びると、坊主頭で真っ白な肌の女の子になった。

 色気なんてなかったに違いないけど、俺はなんだか少しだけドキドキしたのを覚えてる。


 それから話をした。


「母ちゃんおらんの?」と聞けば、「いる」と。

「父ちゃんは?」と聞けば、「しらない……」と。

「なんでいじめられてんの」と聞けば「……」とうつろな顔。

「はらへってる?」と聞けば、こくこくと肯くので、親父特製のラーメンをつくってやった。

 インスタントじゃなくて、生麺のやつ。

 スープもきちんと手作り。一個前の町で親父がラーメン屋を目指そうとしたが、ダメになって、借金取りから逃げてきたときに、鍋に服やなんかを詰めてきて、その名残なのだった。


「食えよ」

 どんぶりを前に置くと、女の子は目を光らせた。

「すごい……、つくれるの?」

「つくるとこ、今、見てただろうが」

「う、うん……食べていいの?」

「食べろよ。俺も食うし――さっきの話だと、母ちゃん、夜は働きに行くんだろ。うちで食ってけよ」

「うん」

 

 そういって日本人離れした整った顔の女の子は、箸を手にとって、ラーメンを一本ずつ食べ始めた。

 まるで世界そのものに遠慮をしているかのような摂食方法。

 俺は呆れて、首をふる。


「あのなー、ラーメンはもっとこう、ずるずるって食うんだよ。そんなだから虐められるんだぞ」

「……!」

「お前、もっとがんばれば、絶対、アイドルになれるぐらいキレーになるぞ。だから遠慮しねーで、ラーメンもずるずるってくえよ――いや、アイドルはずるずるしたらだめか……?」

「……!?」

「まあとにかく、食えよ。食えるときに食わねーと、死ぬぞ」

「……!!(ずるずる)」

「お、そうだよ。やればできるじゃん」

「(こくこく)」

「お前、なんで坊主なの?」


 俺の顔色を伺うように、坊主頭の女の子は、アホほど長い金色の睫毛のついた目を、ぱちくりとさせた。


「……髪の毛、ひっぱられるから、お母さんが、した」

「そっか。母ちゃんもきっと、いろいろ考えてるんだろ。でも、まつ毛めっちゃ綺麗だからな。髪の毛もいつか伸ばしたほうがいいぞ」

「……!!」

「なんで驚くんだよ。お前、ぜったい、すげー美人になるとおもう」

「……!!(ぶんぶん)」

「ああ!? 褒めてんだよ!!」

「……!!(こくこく)」

「あ、わ、わりい……驚かせたわけじゃないんだ。なくなよ……俺のナルトやるから……」

「……!!(こくこくこくこく!!)」

「ナルト好きなんだ……」


 まあ、こんな感じで、俺たちは仲良くなっていった。

 一年なんてすぐだったな。

 その間、本当に色んなことがあった気がする。

 お祭りもいったし、川遊びもしたし、いじめっこ共を退治したら、そいつらの兄貴が出てきてボコボコにされたり。んで、親父が出てってもっとやばくなったり。

 あのときにやられた傷はまだ残ってる。


 白金の髪が耳ぐらいまで伸びたあいつが、病院のベッドの横ですげえ号泣してたっけ。


「うええん、うええん」って、漫画みたいに泣いてた。

 たしかにちょっとした崖から突き落とされて、下にあった枝が肩に刺さったもんだから、命に関わる事態だった。

「死んじゃ、やだあ」っていってたのは、自分に降りかかる未来を危惧していたのかもしれない。


 なんでこんなことを急に思い出したんだろう。

 たしかに嫌なことばかりな人生だったけど。


 正義感がまだ通用していた分、楽しかったかもしれないな。


 その一年の間。

 悲しいことがいくつも重なった。


 一つは、俺の親父が消えたこと。で、俺は遠い親戚に預けられることになった。

 もう一つは、女の子の母親が死んだこと。自殺だったみたいだ。


 俺たちはそうして離れ離れになったんだよな。

 うん。

 やっぱり楽しかった記憶なんだろうな。

 だから今、思い出すんだろう。


 だって俺は今、イジメにあっていて、つまらねーから。


     *


 小学生から親戚の間を一年ごとに転々としていた。

 中には本当に親戚がどうかもわからないやつの家にもいた。

 親父は失踪したことになっていたが、なんとなく生きてはいないだろうなと思っている。

 

 親戚たちにこれまで受けてきた差別は、正義感の強かった俺――ようするに正しいことは正しいと信じていた俺が、五週ぐらいひねくれたあげく、無気力になるには十分なものだった。


 俺は正義心を忘れ、必死に生きてきた。

 他人を助ける、なんてことは無駄だ。まずは自分が助からねばならない。

 寮のあるこの高校に入れて良かったと思う。

 めちゃくちゃ勉強をして、奨学金特待生にもなれた。

 昔の俺が見たら、気が狂いそうなほどの勉強時間だったが、家に帰りたくない人生の大半を図書館で過ごしたのは良いことだった。

 ……その分、なにか大切なものを忘れた気もするけど。


 だから、俺は少し焦っていたのかもしれない。

 俺が俺らしくないことに。


     *


 ことの発端は、最近見た夢だろう。

 昔、一年だけ住んでいた漁港での出会い。

 坊主頭――別れるころには肩の上あたりまでは伸びていた、白金の髪の少女を思い出していた。


 入学してから数ヶ月。俺はとにかく目立たぬように生きていたが――あの夢を見て、何かを思い出してしまったらしい。

 親戚の家から離れて、寮に入ったので、色々と思考が変わってしまったのだろうか。


 学校で下を向いて歩いていると、どこからか他人を笑う声が聞こえてきた。

 どこにでもある光景。

 でも、誰もが日常と認めたくない現実。


 同学年のやつらだ。

 前からいじめられていた気もするが、俺は無理やり見ないふりをしていたのだろうか。


 俺の目の前が、真っ暗になり、今まで為に貯めてきた黒い感情が湧き上がってくるのを感じていた。


「……おい、お前ら、やめろよ」


 気がついたら、いじめを止めていた。

 もちろん、正義心から。


 でも、正義心が通用するのは小学生くらいまで。

 そうだったよな?


     *


 それから俺は、精神的にいじめられるようになった。

 暴力じゃなくて、ねちねちと心を潰してくるようなやつだ。


 物がなくなるのは日常茶飯事だし、机の上は黒板よりもチョークが活用されている。

 

 あのときの夢はまた、見なくなった。

 俺の心は死んでいる。

 色々と、大人の、社会の、世の中の利害に巻き込まれて、正義ごと、深い海の中に沈んでしまったんだろう。


 でも転機はやってきた。


     *


 冬。

 休日の町。

 なんだか熱っぽくて、ふらふらと歩いているときだった。

 もしかすると風邪でもひいているのかもしれなかったが、ワイシャツが裂かれていたし、替えのワイシャツもないので、買いにいかねばならなかった。


 町の風景の中で、ふと、変なものをみつけた。 

 不思議なことに、視界の片隅に、あのときの女の子みたいな、白金の髪を見つけた気がした。

 きっと幻視だろう。

 俺は相変わらず黒い心を引きずりながら、それでもその髪の毛を無意識のうちに追いかけていたらしい。


 たしかに、白金の髪。

 あのときの女の子みたいな髪をした――制服を着た、女子高生? どこだか忘れたが、確か偏差値の高いお嬢様高校じゃなかったっけか。


 腰まで届きそうな白金の髪が、風に揺れている。

 俺は目的を忘れ、ただ女の子を、追いかける。


 熱はどんどん上がっている気がした。

 そりゃそうだ。

 昨日はワイシャツがずたずたにされたうえに、体操着も隠されていたから、上半身裸にブレザーで帰ったんだ。

 みんながくすくす笑っていたっけ。

 いつもと変わらない状況だ。なにも変わらない。


 なのに――目の前の少女を見ていると、失った何かが、俺の胸を熱くする気がした。


 陸橋でのことだった。

 目の前を歩く女は随分と近くなっていた。

 完全なストーキング。


 彼女は階段を降り切ると、いきなり、こちらを向いた。

 どうやら、俺の存在に気がついていたらしい。


「あの! 何か用ですか!?」


 振り返ったその顔――白い肌に、長い睫毛。

 泥だらけになっていない、美しい顔。

 俺の記憶が蘇った。


 あのときの女の子――そうだ。

 正確な名前は思い出せないけれど。


 俺の口は勝手に動いていた。


「……なっちゃん」

「え?」

「港町の。一緒にラーメンくったろ」

「うそ……まさか、ゆーくん?」


 驚きに彼女は荷物を落とした。


 そして俺は――倒れて、二段ほどの階段の上から落ちた。


 後から聞いた話だと、俺の体温は三十九度を超えていたらしい。

 ただの風邪のようだったが、精神的な何かが作用していたのだろう。


     *


「まさか、ゆーくんに、会えるなんて思わなかった……」

 

 ベッドサイドで彼女はそう言って泣いた。

 昔みたいに、漫画のような泣き方じゃなくて、そっと涙を落とす感じ。まるで美術館に飾ってある絵みたいだ。


 まさに奇跡の出会いだった。

 俺が恥ずかしくもストーキングしていた相手は、記憶の中の少女に違いなかったのだ。


 あの日のことを思い出す。

 俺が彼女を助けて、大怪我をした日の病院のことだ。

 

 今と似ているけれど、今とはまったく違う状況。

 それはきっと俺が変わったからだ。


 でも、本当に俺は変わってしまったのだろうか?

 

 汚い心に触れて、クズみたいな人間に翻弄されて、そして正義の意味を、考えることすら忘れてしまったのだろうか。


 正義って――なんだっけ?


「ねえ、これから、わたしたち、昔みたいになれるよね?」

 俺の手を握って、女の子――なっちゃんは言った。

「わたし、ゆーくんがいたから、今、生きてるんだよ」


 まだ名前も思い出せないあの日の女の子。

 予想通りの姿に成長した女の子。


 俺は思い出す。

 港町でクソみたいな、でも俺のために暴力という名の愛情をふりまいていた親父と一緒に過ごしていたこと。

 そして、何かを見つけるように、正義を胸に抱いていた、鏡に写った自分の姿を。


「ああ――」

 俺はうまく笑えているだろうか。

 まるで、一本ずつラーメンをすするような表情に、なっちまってはいないだろうか。

「――だから言ったろ、髪の毛伸ばせって。やっぱり美人じゃんか」


 なっちゃんはボロボロと泣いて、「そうでしょ」と自信満々にうなずいた。

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