第四章 あらたなるなかま
冒険者ギルドは宿屋の隣にあるので、どんなにこの町を知らなくても迷うことはない。
冒険者ギルドのドアを開けると、ゴロツキ達が俺のほうををじっと睨むが、人睨みすると興味をなくしたようにまた酒を飲んだり、賭けに興じたり、依頼の貼ってある掲示板を見たりしている。
俺は受付にパーティーメンバー応募用紙を持っていく。
「これを今日と明日の二日間、ギルドの掲示板に貼りだしてもらいたい」
受付嬢は内容を確認した後、料金を提示してきたので料金を払い、掲示板の一番見目に入る真ん中あたりに貼っておく。
そのままギルドを出ていこうとすると、ガシっと肩を掴まれた。
後ろを振り返ると、帽子を目深にかぶった女性が俺の肩を掴んでいた。
「何か用か?」
「魔王討伐に行くために勇者パーティーを募集しているんだってね」
どうやら、貼りだしてすぐに内容を読み、飛びついてきたらしい。
「そうだが」
女性はにやりと笑い、帽子の端を人差し指で持ち上げる。
「ちょうどよかったね。あたしがパーティーメンバーになってやるよ」
「そうか。じゃあ俺の仲間が宿泊している施設で面接をする。ついてきてくれ」
女性と隣の宿屋に移動する。
「早速希望者が見つかったぞ~」
俺は自分のとっている部屋の扉を開ける。予想通りそこには出発前と同じ場所にアルマとヤナが座っていた。
「そう、幸先いいわね」
「まだ分かりませんよ。実力が伴っていなければ魔王討伐はできません」
アルマはポジティブというか楽観的、ヤナはネガティブというか慎重な答えだ。
「じゃあ面接を始めたいんだが、いいかな?」
俺の後をついてきた女性に問いかける。
「ああ、いつでも構わないよ」
自信たっぷりというか、自分が落ちるときのことなんて、微塵も考えていない感じだ。
「俺は質問をする。アルマは書記を。ああ、ちゃんと王国語でな。ヤナは《看破(ディテクション)》の奇跡で嘘を吐いていないか見破ってくれ」
素早く支持を出し、ベッド腰掛ける。
「じゃあ自己紹介を頼む」
女性はふんぞり返って高らかに言う。
「ミンク・アレステル。職業はテイマー。歳は十六。目標はあたしを馬鹿にしたやつらに、あたしと仲間たちの力を見せつけてやることだ。これからよろしく頼む」
ミンクは自信たっぷりに言う。まるでもう仲間になるのが決まっているかのようだ。自分が審査される側というのを理解しているのだろうか。
「じゃあ城壁の外に出て、実戦形式でミンクの実力を見せてもらう」
「ああ、望むところだ」
どうやら、よほど自信があるらしい。
宿屋を出て城壁を超え、町の外の草原までやってきた。
「とりあえず俺が相手をする。全力でこい」
俺は聖剣を抜き放つ。
「ああ、それじゃいくよ!」
ミンクは右手に鞭を、左手に召喚石を取り出すと、召喚石を勢いよく地面に叩きつけた。召喚石が粉々に砕け散り、召喚石の中に封じ込められていた魔物が召喚される。
「来い、あたしの仲間たち!」
呼び出されたのは粘液状の身体に、赤い核を持つ魔物。スライムだ。魔物の中で一番弱い、村人が棍棒で倒せる、最も見慣れた魔物。だが、数が尋常ではない。砕けた召喚石からワラワラウジャウジャと出てきて、今では三〇匹を超えそうな勢いだ。
「なるほど、数で押す作戦か。だが――」
俺は聖剣を正面に構え、力を引き出す。俺も今までの戦闘で、かなり聖剣の力を引き出せるようになった。
聖剣が光り輝き、俺の魔力が聖なる力に変換される。
「《聖撃》」
聖なる光によって、スライムが一気に浄化される。
「あああ! あたしの仲間たちが‼︎」
ミンクが愕然とした顔で、膝を折る。
「物量作戦は良かったが、俺には効かない」
聖剣を地面に突き立て、少し格好つける。
「さて、次を見せてもらおうか。まさかこれで終わりじゃないだろう?」
ミンクの方を見ると、何やらブツブツと上の空でつぶやいていた。
「……くも」
「くも?」
「よくもあたしの仲間をおおおおおお‼︎」
ミンクは接近して鞭を振るってくる。だが、正直そこまで使い慣れているようには見えない。俺は聖剣に鞭を巻きつかせ、動きを封じてから足払いで地面に倒す。
「ぐあっ⁉︎」
鞭が巻きついたままの聖剣の切っ先をミンクの喉元に突きつける。
「そこまでだ」
「ひぐっ……ひくっ……」
ミンクは泣いていたが、それを追求するのは酷だろう。聖剣を喉元から離すと、ミンクは自力で立ち上がり、身体についた土を払う。
「鞭を返してくれ」
ミンクからの頼みに、俺は聖剣にぐるぐる巻きになっていた鞭を解き、まとめて渡す。
鞭をひったくるように受け取ったミンクは、そのまま城壁に消えた。
「まだ合否も伝えていないのに」
「自分でも分かっているのでしょう。合格はあり得ないと」
今回ばかりはヤナの意見に賛成だった。あれではこれからの厳しくなる魔物との戦いに着いていけないだろう。
だが、俺には気になることがあった。あの鞭が聖剣でも斬れなかったこととミンクがスライムしか召喚獣を使役していなかったことだ。聖剣で斬れないほどの高級品を持てるほど実力があるようにも、裕福なようにも見えなかったが。
俺たちも城壁を越え宿屋に戻ったが、俺の疑問は膨らむばかりだった。
翌朝、俺は再び冒険者ギルドを訪れていた。フードを目深にかぶり、俺とは分からないようにしてある。聖剣も布を巻いてあるから、俺が勇者だとバレる心配もないだろう。
怪しむ視線が突き刺さるので、一先ずテーブルに腰掛ける。しばらくすると、ミンクが冒険者ギルドにやってきた。
ギルド内を進むミンクに、テーブルに腰掛けたゴロツキが足を引っ掛ける。
「あぐっ⁉︎」
ミンクは気付かず、モロに転けた。
「あ〜あ、痛ってえな。ミンクお前また俺の足につまづきやがって」
ミンクは言い返すことなく、すっくと立ち上がる。
「おいテメェ、慰謝料よこせ」
ゴロツキの大きい手がミンクに金をせびるが、ミンクは無視して掲示板に向かおうとする。しかし、ゴロツキの大きな手がミンクの頭を掴む。
「聞いてんのか? ああ?」
流石にそろそろ見過ごせないだろう。勇者の時間だ。
「やめないか」
俺はテーブルから立ち上がり、二人の間に割って入る。
「なんだ、お前が立て替えてくれるのか?」
見たところかなりの実力者のようだが、ギルドで燻っているというということは、素行が悪くて依頼を任せてもらえないのだろう。こういう腕が立つだけのゴロツキは各冒険者ギルドに一定数いる。
「いいだろう。ただし、俺に勝ったらだ」
ゴロツキの顔がニヤリと歪むのが見えた。こういう輩は必ず乗ってくる。
「外に行こうぜ」
冒険者ギルドから出た外の道で、俺とゴロツキは向かい合っていた。隅ではミンクが様子を見ていて、その周りに野次馬が集まってきている。
「行くぜ!」
先に動いたのはゴロツキだ。そもそも、まだ開始の合図を何にするのかも決めていないのだが、それが狙いだろう。先手を確実に取るためのイカサマギリギリの手だ。
見たところ、ゴロツキの職業は武闘家だろう。武器を持たず、自身の身体で戦う職業だ。武闘家と戦うときの定石は、近づかせないことだ。武闘家には遠距離攻撃の術がない。魔術や奇跡で遠距離から一方的に倒すのが必勝法だが、俺は魔術も奇跡も使えない。よって俺が攻撃するのにも近づく必要がある。
ただし、俺の方が聖剣の分リーチが長い。俺はゴロツキの拳を躱し、勢いそのままに聖剣をゴロツキの首に叩き込む。ゴロツキはそのまま気絶した。
聖剣は鞘に収めたままの上、布を巻いてあるので、命を奪ったということはないだろう。
「助かったよ、ありがとな」
俺の勝利を見たミンクが礼を述べる。
「いいや、お前のスライムを全滅させてしまった詫びだ」
俺はフードを取り、顔を晒す。
「……なんだ勇者さんかい」
ミンクは肩を落とした。なんでだよ。
「失望しただろう? こんなんじゃ勇者の仲間なんて夢のまた夢だよな……」
俺が見るに、ミンクは決して強くはない。だがそこまで弱いようにも見えない。問題はスライムしか使役していないことだろう。
「お前の話を聞かせてくれないか?」
俺たちはギルドに戻り、テーブルに着くと酒を注文し、ミンクの昔話を聞くことになった。
ミンクの父はかなり名の知れたテイマーだった。ドラゴンをもテイムすることができたという。ミンクの持っている鞭はそのドラゴンが死んだ際、その亡骸で作ったものらしい。ミンクもテイマーを目指したが、そこまでの魔物はテイムできず、唯一テイムできた魔物がスライムだった。落ち込んでテイマーの道を諦めようかと悩んでいた時、父から励まされ、テイマーを目指し続けることにしたのだという。
正直、その父親もミンクがまだ子供だったからテイマーの道を諦めるのを止めたのだと思う。十六になってもスライムしかテイムできず、それでもテイマーを目指していると知ったら流石にほかの職に就くように言うだろう。
何を言うべきか分からず、酒をちびちびと飲んで時間を稼ぐ。
「お前はまだテイマーでありたいのか?」
まず重要なのはそこだろう。過去に縛られて動けないのでは話にならない。
「もちろんだ」
ミンクの目は揺らいでいない。決意は固いか。
「なら、普通のテイマーになるのは諦めたほうがいいな」
ミンクの肩がビクンと震える。きっと俺がテイマーになるのをきっぱりやめろと言うと思ったのだろう。だが、俺が言いたいのはそうじゃない。
「基本的にテイマーはテイムした魔物の力で戦う。だが、ミンクがテイムできるのはスライムだ。だから――」
「ちょっ、ちょっと待ってよ」
俺が話し続けるのをミンクは強引に止める。
「なんだ?」
俺が言うと、ミンクは狼狽える。俺が怒っていると思っているのだろう。
「なんでそこまでしてくれるんだよ?」
俺はできるだけ優しく答える。
「仲間のために力になるのは当然だ」
ミンクはきょとんと頭に?マークを浮かべた。
「着いてくるんだろ? 魔王討伐」
「いっ、良いのか⁉」
「仕方ないだろ」
あの冒険者のリーダー的存在であろうゴロツキからミンクを庇った時点で、この町の冒険者全員を敵に回したようなものだ。もうミンク以外の冒険者は着いてきてくれないだろう。俺はミンクを実践で役に立つレベルまで鍛えるしかなくなった。
「ありがとうございます! 師匠‼」
どうやら俺に弟子ができたらしい。
掲示板に貼ったパーティーメンバー募集要項を引っぺがして宿屋に戻る。
俺の部屋にミンクを入れ、両隣のアルマとヤナの部屋をノックする。
二人は俺からの合図だと理解し、すぐに俺の部屋に来てくれた。
「で? なんでまたその娘な訳?」
アルマが不気味にほほ笑む。昔からこんなにもおどろおどろしい奴だっただろうか。
「まさか仲間にする気じゃないですよね?」
ヤナも腰に手を当てていかにも怒ってますというポーズをとる。
「勝手に決めてすまない。責任は俺がとる」
俺は素直に頭を下げる。これは俺が勝手にしたことで、俺が解決するべきことだ。
「謝るだけならだれにでもできるわね」
「問題は具体的にどうやって責任を取るかですよね?」
二人が声をそろえて言う。二人ともこんなに仲が良かっただろうか。
「しばらくこの町に留まってミンクの修業をするつもりだ」
「でも、その分魔王討伐が遅れてしまいますよ?」
ヤナの言うとおりだ。俺たちの最終目的は魔王討伐であって、ミンクを強くすることじゃない。
「人手不足のまま魔王討伐に向かっても、返り討ちに遭うだけだ。ここでミンクを実戦レベルまで鍛えてから向かったほうが確実だ。その間、俺たちも十分に準備ができる」
俺が二人を説得していると、ミンクが俺を庇うように間に入り、いきなり土下座した。
「すんません。あたしのせいで迷惑かけてるのはわかってます。でも、師匠を責めないであげてください」
それを見て、アルマもヤナも流石に躊躇う。
「ミンクを強くするにあたって、二人にはやってもらいたいことがある」
二人は諦めたようにため息をつくと、ミンクに笑いかけ立ち上がらせる。
その日から、ミンクの特訓が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます