第三章 まよなかのしかく

「レイド! 起きなさいレイド!」

 眠っていると、アルマが揺らしてくるので目が覚めた。

「なんだよ。見張りの交代はまだ先だろう……」

 眠い目をこすって起き、テントを出ると、そこにはヤナが縄で拘束されていた。

「どういう状況?」

 俺はアルマに説明を求める。

「この娘、あなたを暗殺しようとしてたのよ」

「私はそんなことしておりません!」

 ヤナは容疑を真っ向から否定する。

「アルマは何でヤナが俺を暗殺しようとしてると思ったんだ?」

 俺は裁判を開くことにした。もちろん俺が裁判長だ。

「なんでも何も、夕食のスープに睡眠薬を盛って、レイドを暗殺しようとテントを抜け出してるのを見たのよ!」

 確かに、夕食を食べた直後に眠気が襲ってきたのも事実だ。

「なら、なんであなたは大丈夫なのですか!」

 縛られたままのヤナが気丈に反論する。

「私に毒や薬の類は効かないのよ」

 アルマが得意げに答える。アルマは何百年も生きている。その中で耐性を手に入れたというのはありえそうな話ではある。

「アルマは《看破》の魔術は使えるか?」

「貴重な魔術を使うよりもいい方法があるわ」

 アルマは荷物袋から酒瓶を取り出した。

「ちょっ、やめっ――」

 嫌がるヤナに無理やり酒を飲ませる。

「酔えば口が軽くなるでしょ」

 酒瓶一本分の酒を飲んだヤナは顔を真っ赤にしていた。酔っている証拠だ。

「こんなんでうまくいくのか?」

 しばらく待っていると、ヤナは縛られたままであるにもかかわらず、二本の足ですっくと立ちあがった。

「うおおおおおお‼」

 ヤナのイメージからは想像もつかない雄叫びを上げて俺に突進してくる。思いっきり頭突きが俺の腹に入るが、ヤナは体重が軽い。筋力もそこまでないので正直そこまで痛くはない。

「どうだぁ? 参ったかぁこの大罪人がぁ‼」

 聖職者に大罪人と呼ばれる謂れは一つしかない。

「ヤナ、お前まさか聖者の右腕のことを……」

「当然知っている。王様もだ。だが、偽りとはいえ聖剣を引き抜いた勇者に違いはない。処罰に困った王様は冒険の末に死んだことにするために私を送り込んだのだ! この重大な任務に抜擢された私は優秀だ! どうだ、凄いだろう⁉」

 そこまで言うと、ヤナは糸が切れた操り人形のように眠りに落ちた。


 焚火を囲んでアルマと向かい合う。アルマの片隅には酒を飲んで気持ちよさそうに寝ている縛られたままのヤナの姿があった。

「それで、これからどうするの?」

 アルマが聞いてくるが、俺だってどうすればいいか分からない。王国に戻るには進みすぎた。それに、国王も聖者の右腕のことを知っているとすれば、王国に戻るのは悪手でしかない。

「このまま進むしかない……か」

 アルマも俺と同じ考えに至ったようだ。

「アルマ一応聞いておくが、ヤナに呪いをかけて無理やり言うことを聞かせることはできるか?」

 アルマは魔女だ。呪いの類は得意分野だろう。

「できなくはないけど、彼女は聖女だから、解除されるかもしれないし、耐性がある可能性もあるわね」

 確かに、呪いの解除は聖職者の得意分野だ。

「素直に話して、分かってもらうしかないか」


 翌朝、ヤナのうめき声で俺は目を覚ました。

「うるさいぞ、ヤナ」

 テントから出ると、縄で拘束され、俺たちの安眠のために猿轡をされたヤナが芋虫のように地面を這いずっていた。逃げ出さないように縛っておいたのだが、このまま王国まで戻るつもりだったのだろうか。

 何か言いたそうな顔だったので、猿轡をとってやる。

「どういうつもりですか! なぜ私がこのような辱めを受けなければならないのです⁉」

「お前が俺を始末しようと王から送られてきた刺客だからだ」

 俺が昨日酔っ払ったヤナに聞いたことをそのまま告げる。

「なぜ、それをっ……‼」

 ヤナは愕然とした顔で驚いた後、何やらぶつぶつとつぶやき始めた。

「まさか、王国内に内通者が……」

 どうも話が噛み合ってない。まさか昨日自分で全部ゲロったことを忘れてるんじゃないだろうか。

「朝から騒がしいわね~」

 寝起きのアルマがテントから出てくる。

「ヤナまさか、昨日の夜のこと覚えてないのか?」

「昨日? 何のことですか?」

 やはり覚えていなかった。

 俺は、昨日ヤナが俺を暗殺しようとしたこと、暗殺に失敗しアルマに捕まったこと、酒を飲まされて全て話したことを打ち明ける。

「まさか……そんな、私が打ち明けてしまうなんて……」

 ヤナがガックリと地面に膝をつく。

「そこでだ。聞いてもらいたいことがある」

「あなたが何と言おうと、大罪人に情けをかけることはありません」

 ヤナが冷たい声で言うのを無視して、俺は上半身裸になる。

「殺す前に私の身体を味わおうと言うわけですか?」

 ヤナはゴミを見るような目で俺を見て、自身の身体を掻き抱くが、もちろん俺にそんなつもりはない。

「それは……」

 ヤナが言葉を失う。

 俺の上半身は蛇の刺青を入れたかのように黒い曲線が入っていた。

「刺青……いえ、呪いの類ですか」

 ヤナは数瞬で見抜いた。さすが聖女というところだろう。

「俺は魔王に呪われていてな」


 俺は辺境の小さな村で生まれた。そこは少し特殊な村で、先代勇者の末裔がひっそりと暮らす隠れ里だった。隠れていたのはもちろん、魔王に狙われるからだ。勇者の子孫だからといって聖剣を引き抜けるわけじゃない。だが、魔王からしてみればそんなことは関係なかったのだろう。

 魔王の復活とともに、村は焼かれ、村の人々は皆殺しにされた。

 唯一生き残った俺は、命からがら逃げ伸びたが、魔王の呪いを受け、ジワジワと命を削られている。


 俺の昔話をヤナに話している最中、ヤナは意外にも静かに聞いていた。

「それが本当だとしたら、あなたは先祖の墓を荒らし、右腕を切り落としたということになりますが?」

「その通りだ。だが、俺も生きるために仕方なかったんだ。分かってくれとは言わない。だが、俺にも事情があったということは覚えておいてくれ」

 言いたいことだけ伝え、俺は上着を着直す。テントに戻ろうとする俺の背中に、ヤナの声が響いた。

「私はあなたを命がけで庇ったりはしませんから!」

 ヤナがどんな顔をしているのか気になった俺は横目でちらりと見る。

 ヤナは目を瞑って祈りを捧げているようだった。


 テントを畳み、出発の準備をする。

「レイド、ちょっと」

 アルマがレイドを木陰に引っ張っていく。

「なんだよ」

 アルマが視線で誘導する。アルマの視線を追うと、その先にはヤナがいた。

「ちゃんと話したの?」

「ああ」

 俺の理由を一方的に話しただけだが、話すべきことは話した。

「納得してくれた?」

「……いいや」

 おそらく納得はしてくれていないだろう。

「連れて行って大丈夫なの?」

「分からないが、着いてきてはくれると思う」

 命がけで庇うことはしないということは、この旅に同行してくれるということだろう。実際、ヤナも身支度を整えている。

「そう、ならいいけど。くれぐれも後ろから刺されないようにね」

 アルマに肩をたたかれ、励まされるが、俺はアルマも実験に失敗したら後ろから刺されるんじゃないかと内心思っている。

 これは、俺が仲間を信用していないってことなんだろうか? でもなぁ~このメンバーだしなぁ……。


 テントを片付け、身支度を整えた俺たちは、旅を再開することにした。

 スライムを片づけ、ゴブリンを一掃し、ワイバーンを協力して倒すこと三日。俺たちは魔物の領域と人間の領域のちょうど中間に位置する街に到着していた。

「やっと着いたわね」

「疲れました」

 珍しくアルマとヤナが弱音を吐いている。俺も同意だ。

 ここまで、新しい魔物は出現しなかったものの、スライムやゴブリン、ワイバーンの応酬を受け、まともに休むこともできなかった。

 だが、ここは城壁に囲まれた町だ。宿もあるのでゆっくりとベッドで休むことができる。ワイバーンの鱗と牙もたっぷりと剥ぎ取れた。いくらで売れるか楽しみだ。

 城壁を超えた俺たちはまず宿をとった。今夜はゆっくり寝たいので、一人一部屋だ。

「じゃあ、荷物を置いたら俺の部屋に集合してくれ。今後の予定を話す」

「了解よ」

「分かりました」

 部屋に入り、荷物をほどいた俺は、ベッドに腰を落ち着けた。

「ふぅ……」

 一息ついていると、ドアがノックされる。

「開いてるぞ。入ってきてくれ」

 アルマとヤナがドアを開けて入ってきた。

「二人とも一緒とは珍しいな」

「私がレイドの部屋に来たら、扉の前にこの娘がいたのよ」

 アルマがヤナを指さして答える。

「あなたと個室で二人きりなんて、何が起こるか分かりませんので」

 まだヤナは俺のことを信じてくれていない様子だが、ちゃんと会議に顔を出してくれるということは、魔王討伐に関してはそれなりに協力する気はあるのだろう。

 この部屋には椅子が一つしかないので、俺が床に座り、アルマがベッドに腰かけ、ヤナが椅子に座る。ちなみに、最初はヤナにベッドを勧めたが「押し倒されそうなので、遠慮します」と断られた。なんでじゃ。

 気を取り直して作戦会議を始める。

「単刀直入に言うと、仲間を増やそうと思う」

「そうね」

「賛成です」

 前述したように、パーティーメンバーは四~十人程度が望ましい。あまり大所帯になってもよくない。連携が複雑になるし、食料や資金、装備にも限りがある。

 かといって少なければいいかというとそれも違う。野宿する際に、見張りを立てる必要がある場合、パーティーメンバーが多いほうが睡眠時間を多く確保できるし、一手一手で取れる選択肢も増える。

 だが、三人はパーティーメンバーの平均から見ても少ない。もう少しくらい人数を増やしても問題ないだろう。

 問題は、誰を加えるかだ。魔王討伐は名誉なことで、成功報酬も称号も思いのままだが、その分リスクがある。ハイリスクハイリターンなのは冒険者の常だが、そんなギャンブラー揃いな冒険者たちでさえ臆してしまうのが魔王討伐だ。

「とりあえず明日まで宿泊して、その間に募集をしましょうか」

 ヤナの意見に俺とアルマは賛成し、パーティーメンバー募集の張り紙を作ることにした。

「ところで俺、字書けないけど二人は書けるのか?」

 アルマが机に紙とインクと羽ペンを準備しているので、先に自己申告しておいた。

「いいわよ。私が書いてあげる」

 アルマがヤナを退かして椅子に座り、机に向かう。サラサラと流れるような筆遣いで紙にペン先を滑らせるその姿は、とても美しく、さまになっているように感じた。

「できたわ」

 アルマが自慢げに渡してくる紙には、解読不能な文字列がびっしりと書かれていた。

「これ何語だ?」

 アルマが渡してきた紙を逆につき返す。アルマはしばらく眺めた後、得意げに語りだす。

「これは古代語ね。かつて栄えていたとされる古代文明で使われていた言語で、今の私の研究対象よ」

 どうやら自分の研究している言語で書いてしまったらしい。俺は頭に手を当てながらアルマの古代語で書いたパーティーメンバー募集用紙をクシャクシャにしてごみ箱に投げ捨てた。

「というわけで、お前だけが頼りだ。ヤナ、頼む」

 俺はアルマを退かしてヤナを椅子に座らせる。

「仕方ありませんね」

 ヤナは新しい紙にインクを付けた羽ペンを滑らせる。そこには、王国語でちゃんとした募集要項が書かれていた。

「これでいいですか?」

「そう、これだよこれ! ありがとうなヤナ」

 ちょうどいい位置にヤナの頭があったので、撫でようとすると、バシっと手で弾かれた。

「気安く触らないで下さい」

 まだ懐いてはくれないらしい。

「じゃあ俺は冒険者ギルドの掲示板に貼ってくるから、二人は自由行動だ」

 俺は部屋を出て、この町の冒険者ギルドに向かった。

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