第29話 全国放送
集会場には多くの人たちが集まっていた。全国放送だとさ、一体何がはじまるんだろう、というガヤガヤざわめきが、俺が現れるなりパタリと立ち消える。あからさまな好奇な視線にさらされめんどくさいし、その上、人間を憎む蟲人の会の面々を見つけてしまい、研究所へとっとと帰りたい気持ちが湧き上がる。だが誰もが俺の隣のミズキを見るや、分かりやすくさっと視線を離し目を合わせないようにし、「やぁみんな元気?」とミズキが言うとさーっと空間があく。こんな時にはミズキディフェンスはとてもありがたいが、本当に過去に何があったんだ。
部屋の前方にはトウキョウで一台しかないテレビが置かれ、取り囲むようにみんな放送が始まるのを待ち構えている。最前列にはハヤクモとヨノが座っており、ヨノが俺たちを見つけると、こっちだと手を振り隣に座れと促した。
「全国放送って何?」
「日の本中の藩の枠組みを越えて、同じ映像を同じ時間に流すことだよ」
よっこらせと畳の上に座りながらミズキが答えた。
「そんなことできるの?」
「ああ。スカイツリー、トウキョウタワー、通天閣、京都タワー。旧文明でかつて全国へ情報を発していたタワーは機蟲たちの戦いにより崩壊し跡形もなくなってしまった。だが、ここから西の国にある太陽の塔だけはどういう訳か機蟲たちは近づかず今なお残っていて、そこを拠点にした地下都市オオサカ藩がある。彼らは地上に残された唯一のタワーを改修し、普段は周辺地域に『こんな時代にこそお笑いを!』をモットーに日々エンタメ情報を発信しているが、日の本を揺るがす事態が起きた時には全国に向けて発することもある。前回はドクガが大量発生した時で約十年ぶりだよ」
「あの事件ももう十年前か。当時は大変だったな」
ヨノが顎をさすりながら言うと、ハヤクモがうなずいた。
「そうだな。他の藩の情報なんて信用ならんと、たかを括っていた藩がいくつか滅びた。今回はそのような事態にならないよう祈ろう」
全国の藩の存亡に関わる時のみ流されるものなら、出不精のミズキが研究所から出てきた理由に納得した。
オオサカからの電波をキャッチできるというテレビを見る。今はどこかのスタジオが映されているがまだ無人だ。これを日の本中の人がどこかで同時に見ているなんて不思議だった。
『こんにちは。オオサカチャンネルですー。この番組は全国放送で送らせてもろてますー』
やがて男性アナウンサーが現れ画面端に立つと、不思議な抑揚のあるイントネーションで話しだした。エセオオサカ弁という西の方の言語だよ、とミズキが言った。
『ここ二ヶ月、関東各地にてスズメバチ型機蟲が襲来して甚大な被害がでとります。先日ヨコハマにな、スズメバチ型機蟲が襲来しておっそろしいことになったんやけど、それよりも前にサガミ藩周辺のオウメ村でも被害があったことが今回明らかになったんや。ほんまえらいこっちゃですよ。見てくださいこの映像を』
薄暗い室内に転がる肉片が映される。これはなんだと、よく見ようとしてみんなテレビへと近づこうとしたため、前列はおされ気味だ。
『こちら、えろうグロいですが人間の遺体です。食い散らかされとって、よう分からんようになってますが四十代男性と思われます』
誰かのヒッという叫び声が響き、室内がざわめく。続けてモザイクなしにトウキョウへの帰り道で見たあの村の惨状と同じ光景が流れると、画面から目を背けたり、これ以上見れないと去る人もいた。
『最近、知り合いと連絡が取れないと不審に思った人がこの村を訪れた時には、あの肉片にしか見えない遺体が村中に転がっておって生存者はゼロやったそうや。被害にあったんは小さな集落なんやけれど、なんと同じように全滅した村が六つもあったんや。現場で見つかった証拠からあのヨコハマを襲ったスズメバチ型機蟲による仕業やと判明しとる』
トウキョウの調べでは三つだったが、ハヤクモの手回しによりさらに調査が進んだのだろう。もし、オウメへの寄り道がなかったなら発覚はもっと遅れていたに違いない。
『一体この村で何が起きていたんやと、調査を進めているうちに新たな情報が舞い込んだ。それがこれや』
懐かしい地下都市の映像が流れる。マチダだ。実際はまだ日はあまりたっていないのに、遠い過去のようだった。郷愁に似た感情を感じていると、スズメバチ型機蟲が集団で現れ、あの時の光景が流れた。
『これは極秘で入手したマチダ地下第二層の映像や。関東の一大都市であるマチダでも同じようにスズメバチ型機蟲の襲撃が起きておったんや。でもみなさん、このこと知っとった? 知らんかったよね? ワテもこの黄色いドクロの機蟲に襲われたんはヨコハマだけやと思っとった。それもそのはずや。今の今までマチダはこの恐るべき事実を隠しとったんですよ。マチダでの第二層の襲撃は表向き工場でのガス爆発事故のせいだとされとって、マチダ藩の住民でさえ知らん人も多いと聞いてます。じゃあ、どうしてマチダがこの重大事件を隠しとったのか』
男は呼吸をおいて、息を整えた。
『それはな――マチダで公にできないことが行われてとったから、ちゅう話や。それを隠蔽するために丸ごと襲撃のことをなかったことにしとったんや。証人もちゃんとおるで』
どこかの部屋で椅子に座り震える赤毛の少年が現れた。彼を見て驚愕した。テレビに映っていたのは――ヒカルだった。
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