第23話 機蟲研究所
門は削りとった岩や材木でできており、中に入ると畑や合間に茅葺藁の屋根の家がぽつりぽつりと建っているのが見えた。町というより村だ。
これがあぜ道というものかと田んぼと田んぼの境界の道を歩き、畑を耕す人と目が合えば軽く会釈した。穏やかでゆったりと時間が流れている。まるで旧文明の原風景と題した絵の中に入ったようだった。
どこまでも続くこの道を駆けていきたい気分にかられ、はやる気持ちをおさえながら歩いていると、視界の端っこに銀色にギラギラ光る建物が見えた。自然の中、突如文明がにょっきり生えている。あまりにも場違いで雰囲気ぶち壊しであった。
「謎の研究所っぽくていいだろう? 」
機蟲博士――ミズキは子供のような満面の笑みを浮かべた。
「毎度毎度あれを見るたびに、ぶっ壊れてくれたらもっと景観がよくなるなと思っているぞ」
ヨノの俺の気持ちを代弁する言葉にミズキは肩をすくめた。
「ヨノさんはロマンがないなぁ。アラタ君はどう思う? あと血液ちょうだい」
「どさくさに紛れて言うのやめない? あと何度言っても断るよ」
「ガードが固いなぁ。僕の研究は蟲人たちの未来に貢献するかもしれないんだよ。そう言っておいた方がお金をもらえるから、表向きそういうことにしているだけであんまり興味ないけれど。僕の好奇心を満たすためにも、この際、譲歩して髪の毛一本でもいいよ。いやでも唾液も欲しいし、なんならせいえ――」
「こちとら長旅で疲れているんだ。とっとと行くぞ、先生」
ヨノに首根っこをつかまれ研究所へとミズキがあーれーと言いながら引きずられていく。だいぶ距離をおいてから後に続いた。
『ようこそおいでました』
二人に続いて研究所の中に入り、迎え入れてくれたソレに驚きの声を隠せなかった。
サッカーボール大の、ピンクと黄色のドギツイ色をした蚊のようなフォルム。ヨコハマ機蟲博物館で会ったキムシだった。
「キムシ、どうしてここに?」
『おや、私の親戚に会ったことがありますか?』
「親戚?」
困惑しているとミズキが差し出した手に、キムシそっくりのそれはとまった。
「こいつはキムシゼロ号機だ。キムシは彼の改良型だよ。でもキムシを知っているということはヨコハマの機蟲博物館に行ったことがあるのかい?」
「ヨコハマに滞在していた時に二回ほど」
「へぇー嬉しいね! 実はあそこ、僕が設立に関わっていてね。未来の機蟲博士を育てるため、市民の防衛意識を高めるため、未知の敵の情報集積機関として、とかなんとか言って予算をもぎ取って建てたのはいいものの、来館者は月五十人を超えればいい方で毎年赤字垂れ流し。藩民からは税金の無駄遣いと大不評だったんだよ」
「ということは先生はヨコハマ出身? どうしてグンマに?」
「ヨコハマの方針がアバター開発に舵をきった途端、機蟲関連の研究予算が一気に減らされてしまってね。もっと潤沢な資金があるところで自由にやりたいなと思っていたら、ハヤクモさんに会ったんだよ。ウィンウィンってやつさ。今、研究開発中の最新の武器を見るかい? かっこいいんだよ、これが! ニ階の方にあるんだけれど……」
前を歩いていたミズキはバイオハザードと書かれた重々しい扉で振り返った。
「ヨコハマにあった機蟲博物館は一般の人に機蟲を知ってもらうための施設だ。けれどここは研究所。剥き出しの現実にワンクッションを置く優しさはカケラ一つもないよ。心臓が弱い人はお断り。本来、未成年は立ち入り禁止で保護者の許可が必要だけれど」
子供扱いにムッとするが、仕方なしにヨノを見ると腕を組んで毅然としていた。
「俺は保護者でなく師匠だが」
「はいはい、じゃあ師匠の許可が必要だよ」
ヨノは満足気にうなずくと、俺に向き合った。
「結構グロテスクだ。心して行け」
中へ入ると立ちこもっていたツンと刺激臭のする臭いが鼻腔に突き刺さった。臭いの元は、部屋の両側の棚にずらりと並べられた標本たちだ。
真っ二つに綺麗に切られた脳みそ入りのツノの生えた人間の頭蓋骨。腕のアルコール漬け。形態変化途中の羽の生え変えかけた背中の皮膚。どこかの臓器と何らかの肉塊。かつて生きていた人間たちの成れの果てが、奥へ奥へとまだ続いていた。
「もしかして全部蟲人?」
「そう。ちゃんと本人が献体を申し出てくれた場合に限っている。そう言うところはきっちりしているつもりだよ」
「機蟲博物館の蟲人たちも? 赤ん坊からどうやって許可とるわけ?」
何の話だ?といぶかるヨノの隣で、飄々としたミズキの顔が驚きの表情へと様変わりした。目を丸くして、俺を食い見る。ややあって肩をすくめた。
「まさかあそこの裏の姿も見ていたとは驚きだ。いやあ、痛いところをつかれたな。屁理屈をこねれば、ヨコハマでは蟲人は機蟲扱いだから人権がない。確かにあそこは人を人と思わぬ非道な実験も行われたし、僕は一切関わっていませんと白々しい嘘をつけはしないよ」
「今はしていないと?」
「研究者はその土地の倫理に縛られる生き物だからね」
つまりは、倫理がなければなんでもすると言っているようなものではないか。どこまでも信用ならない相手だった。
「ただこれだけは信じて欲しい。僕の研究は蟲人への愛が根底にある。誰よりも知りたいという想いが他の人から見ると暴走していると思われるだけなんだ」
「思いきり歪んだ愛じゃねぇか」
呆れた顔のヨノのツッコミに同意しかなかった。
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