第170話 益州 魔女 その3

「もしかして、あなたは尸解仙しかいせん(仙人)、なのですか……?」

 氏は顔を上げて荀攸じゅんゆうを見たあと、やがて消え入りそうな声で答えた。

「……さあ。私にも、わからないのです」


「そう、でしたか」小さく答え、気まずく目を伏せて相手を見た。

「すみませんでした。失礼な質問でしたね……」

「いえ、自分自身でも奇妙に思いますから。人間か否か、気になるのは当然です。

あなたは珍しい人ですね。私を怖がらないでいて下さって、ありがとうございます」


「そんな。こちらこそ、助けてくれてありがとうございました」

 返礼を受けた娘は、なぜか悲しげに微笑み、眩しそうに目を細めた。

「気にしないでくださいな。ふふ。だって、私の前で死ぬなんて、ずるいから」

 意味がわからず「え?」と反射的に聞き返したが、娘も同時に言葉を発したので疑問はかき消されてしまった。


「さあ、これで助け合って、おあいこでいいかしら。

では、お別れいたしましょう。春とはいえ、真夜中の墓場でずぶ濡れのままお話していたら、私たち風邪をひいてしまいます。

さようなら、あなた。いつもでもお元気で。今日はありがとう」


「帰るのですか?」相手を追うように立ち上がった。

五斗米道ごとべいどう氏の長男が教祖をしている新興宗教)の山に?」

 振り向いた娘は、細い月に照らされて一層青白く輝いて見えた。

「いえ、山には戻れません。だって、処刑されて墓に埋められた人間が戻ってきたら、その、みんな驚くでしょうから」


 ……そうだ、その通りだ。驚くだけじゃなく、最悪の場合、教祖の母親に化けたあやかしが現れたと迫害を受けるかもしれない。


「では、どこかに行く当てはあるのですか?」

「ありません。でも、私は流離さすらいの旅には慣れていますから、心配はご無用ですわ」

「そんな、待ってくださいっ」

 大きな声で呼び止められ、娘は驚いた顔で振り返った。


「すみません、つい、気になってしまって。一人で彷徨うくらいでしたら、私と一緒に曹操そうそう殿の所へ行きませんか?豫州よしゅう許都きょとです。

許は帝都ですから、強固に護られ平和な街のはずです。仕事もたくさんあるでしょう。私と家族もここで暮らす予定ですから、困った時は頼ってください」


「曹、操?」……たしか、うちの長男と、劉焉りゅうえん前益州牧えきしゅうぼくであり、盧氏は彼の家を行き来する仲だった)が恐れていた将軍の一人だわ。


「ええ、曹操殿です。ああ、それに、あの人はあなたの不思議な性質について、何か知っているのかもしれません。あなたが墓の中で生きているかもしれないと伝えてきたのは、あの人なのですからね」

 相手が興味を持ってくれたと思い、説得にも似た熱心さで話を続ける。

「曹操殿は間接的にあなたを助けたのも同然です。もしかしたら、保護してくれるかもしれません」


「わかりました。有難いお話です」……上手くいけば、曹操を操り人形にできるかもしれんな。


 盧氏は荀攸のそばに戻ると微笑んだ。

「どうかお願いいたします。私を許都へ、曹操殿のところへ連れて行ってください」


つづく

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