第160話 宛城・訴える青州兵

少女はひそかに曹仁そうじんから治療を受けた後、彼の一隊が作った臨時の陣営に移った。

そして、まだ目覚めない息子、曹昂そうこうの傍で灯火を頼りに作業をしている。


膝に乗せているのは、もはや腕の原型が崩れ、痛々しい肉塊となった鄒氏すうしだった。


その姿は絶望的にしか見えない。……だが、死んではいないはずだった。

気絶か仮死か。ならば意識がないうちにと、彼女の傷を縫合している時である。


曹司空そうしくうはどこだーっ?!おーいっ曹司空おーい!」

軍隊内とは思えない気さくな呼び掛けが四方から響いた。

曹仁軍の兵士たちの戸惑いが、冬用のぶ厚い陣幕越しからも感じられる。


……青州兵せいしゅうへいが来たんだ。この混乱の中、私を探してくれたのか。

いつもなら私がいなくなるとやりたい放題しているのに、彼らもついに成長してきたのかな。


治療中の肉塊を曹昂の寝具に隠していると、突如、軍幕がたくし上げられた。

「わ!曹司空を見つけた!おーい、皆、こっちだぞ!」

予想通り、一陣の寒風と共に黒衣の青州兵の青年が現れた。


「いきなり開けてはいけない。中の者の返事を聞いてから開けるのだ」

幼子に注意するように少女は穏やかに青州兵をたしなめた。

「わかった。急いでいたのだ。すまない」

「わかったならそれで良い。……大変だったろう。無事でよかったな」

この間にも続々と青州兵が集まり、ひざまずいていく。


「ハイ。張繍ちょうしゅう軍は弱くて大丈夫だった。だがそのあと、味方であるはずの于禁うきんの軍に攻撃されたので大変だった。


彼らはいきなり青州兵を殺したのだ。あいつは裏切り者じゃっ。

于禁軍よりも強い曹仁軍で襲って、罰して痛めつけてほしいっ!」


「于禁殿が、君たちを攻撃しただと……?」


相手の熱弁に当てられて、少女は思わず目を見開いた。

だが口を閉じる頃には平素に戻り、じっと青年を見つめた。


「ふむ、それは問題だ。だが、于禁殿はどうしてそんな事をしたのだろう?

君たちはその時、何かしていたのか?」


「えっ?!」

青年は動揺の一声を上げると、あわてて視線をそらした。


……なるほど。彼らが急いで私の元へ駆けつけた理由がわかった気がする。

于禁もよりも早く、自分たちの悪事が判明する前に告げ口をしたかったのだろう。

なんだ、なにも成長しとらんかった。混乱している時に、さらに拍車をかけよるわ。


「と、とにかく仲間に殺されるのは怖いし、困るのだ」

別の青州兵が答えると「そうだな」と少女は頷いた。


「君たちの訴えは理解した。于禁殿が戻ってきたら、彼からも話を聞こう。

罰はそれから決める。そうしないと不公平だからね。

では、もう休みなさい。まだ戦いは終わっていない。今のうちに少しでも眠るのだ」


つづく

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