司空
第154話 そして二年が過ぎ…・荊州、宛城の未亡人
各自、どうなったかというと……。
呂布は
ついに得た安住の地で、家族や仲間と充実した日々を送っているのかもしれない。
一方、徐州を奪われた劉備は、
そして今は、徐州牧になる前に勤めていた
ちなみに呂布と反乱に加担した、かつての恩人であり友人だった
三族が処刑され、彼自身は部下に殺されるという悲惨極まる最期となった。
そして、全てを失う寸前からその危機を乗り越えた曹操はどうなったか。
現在は、兗州と一時は牧がいなくなった豫州の二州を実質管轄している。
さらに、明日の食事にも困っていた
そのため一時は一気に官位が最大まで昇り切ってしまった。
「大将軍」という、位の上だけならばほぼ最高権力者となったのである。
だが大きな問題が起こった。
元上司の
「曹操に、ましてや、今は生意気な小娘姿のチビに、私が命令されてたまるかっ」
激怒した袁紹を恐れ、曹操は「大将軍」を彼に譲った。
そして大将軍より一つ下である「
ちなみに「司空」は三公という最高位の一つであり、現在でいう大臣だろうか。
「大将軍」は、反乱などの緊急事態が起こった際、軍隊総司令官として臨時に任命される官位なのだが、こちらは三公よりも上とされている。
この大将軍には、かつては今は亡き霊帝皇后の兄である、元肉屋さんの
こうして地位は、帝を擁していまや官軍の立場でもあり、ほぼ安定した。
実力も、戦力ならば近頃はほぼ負けなし。
残るは、州の経営だった。
これは
早い話、戦乱により土地を無くした民に、荒れた田畑を耕してもらうのである。
運良く大豊作も重なり、田畑は増大していった。
屯田制は昔からある制度だが、その内容や税率は現在に合わせて変えている。
とくに税率は臨機応変に変わるものだが、のちには以下が基本となった。
牛を持つ者は、その収穫の五割を納めてもらう。
牛を持たない者にはそれを与えて、税率は六割とする。
納められた食料は要所だけではなく、地方に分散されたまま保存された。
これにより都市から遠い地方でも迅速に配給が可能となり、また戦時には、輸送距離を大幅に短縮させた。
この素晴らしい屯田制を提案したのは、
二人はさきの大飢饉のような大悲劇を二度と起こさないようにと献策し続けた。
さらに採用されたのちも、改善策を提案し続けた。
二人の熱意はやがて州全体を豊かにし、多くの人々を飢えから救ったのである。
……わりと、順調だった。
そして今も、順調だった。
今は
城主の
「申し訳ございませんっ。退屈をさせてしまって……」
上目遣いで慌てて言う自分に、張繍は苛立った。
……くうっ。私だって独立勢力の一つなのに一戦もせずにこの不細工ドチビに屈するとは。
「ふふっ。いえ、私こそ、無遠慮で失礼しました。
あなたが用意してくれた美酒と音楽に、すっかり酔ってしまったのです」
それは慇懃無礼なのか、本当に機嫌が良いのか、張繍にはわからなかった。
そして戸惑う間に、少女は気さくに酒を注いでくれた。
そのため彼は余計に焦り、卑屈に頭を下げる。
それがまた、悔しさを倍増させた。
だが、不安や不満や不機嫌を見せる勇気はない。
少女の怒りも怖いが、それと同じくらいに恐ろしい存在がいるからだ。
少女の背後に一人、巨大な斧を持った屈強な護衛がいるのだ。
その名を、
……もしも、なにか問題が起きたらなら、あの大男が一瞬で私たちを、本当に真っ二つにしてしまうだろう。
盗み見するつもりがしっかり目が合い戦慄していると、少女に話しかけられた。
「そうだ。噂で聞いたのですが、この城に美しい未亡人がいらっしゃるのだとか」
その言葉に張繍を始め、宛城の高官達は皆、まるで禁忌に触れたように杯を止めた。
「ぜひ、お会いしてみたいのですが、どこにいらっしゃいますか?」
「あ、あの方は、この宛城の元城主、張済叔父上の未亡人殿で、ご存知の通り、まだ叔父上が亡くなったばかりで、哀しみの涙に暮れていらっしゃいます。
私さえこの城を継いでから、あの方とは挨拶を一度きりしただけなのですがっ……」
最後は顔を真っ赤にして、言い淀んだ。
「それはそれは、きっとお寂しい事でしょう。ぜひ私が慰めて差し上げますよ」
遠回しの断わりの言葉を意に介さず、少女は杯の酒を一気に飲み干すと、ハーッと顔中に小さなしわを作り、深酒の呼吸をした。
未亡人の名は、
その居場所は、城の地下なのだという。
好奇心のままに少女は小さな灯りを持って一人、岩作りの階段を下がっていったが、ふと、とある記憶がよみがえってきた。
……そうだ。
薄暗い階段が終わり、唐突に小さな鉄扉が灯りに照らされて浮かび上がる。
少女は借りた鍵を使い開錠し、体重を使って重い門を押した。
その空間は想像以上に広く、不思議な事に全体が白く淡く輝いていた。
床も壁も天井も、白い大理石のみを使い、わずかな光を反射しあっているらしい。
初雪のように美しい床には、散らばるように灯火が置かれている。
か弱い炎が、可愛らしく揺れていた。
まさか水音が聴こえると思い進むと、奥の壁に小さな滝が流れていた。
その下には直線の人工河があり、冬であるのに、眩しいほどの明かりを放つ蛍たちがゆっくりと飛び交っている。
……蛍は新種か。それともこの部屋は、この世のものではないのだろうか……?
そう思った時、強い視線を感じて、少女は足を止めた。
薄暗い白に同化して、帳のかかった寝具が見えなかったのだ。
その奥に潜む視線の主、この部屋の主が、絹の帳を開く紐を音もなく引いた。
白の中に、命が奮い立つような凄艶の女が現れた。
乱れた漆黒の髪は豊かな身体の曲線にそって流れ落ち、瑞々しい白い肌に玉のような汗が輝き、頬は羞恥に朱がひと差して、瞳は今にも歓喜の涙がこぼれ落ちそうなほど、潤み切っている。
細い身体に大きな乳房は形良く上を向き、締まった腰に大きな尻は果てしない甘美を予感させ、長く細い脚は芸術的な美しさを見せている。
「……もしかして」
素肌に上着を羽織ると、鄒氏は柔らかな唇をしっとりと開いて、囁いた。
「もしかして、おまえ、おっさんか?おっさんか?」
少女は険しく眉間にしわを寄せると、ため息をついた。
「さてはお前も、おっさんか」
つづく
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