第151話 兗州・李典くん その二
戦いが始まると、
薛蘭と李封と軍隊と、呂布本人の軍を相手にした結果、呂布は逃走し、薛蘭と李封は捕らえて、最後は斬首したという。
李整は、処刑執行の恐怖より、首の骨の構造とその固さを語り、最後は「近頃では人の外見より、その中身である骨や腱の位置が気になるようになった」と締めくくった。
「途中から、まるで手術の話のようにも感じたよ。
君は、肝の据わった父上の性格をしっかりと継いでいるようだね」
「そ、そうかい?だといいんだけど。
それに、たしかに手術をする医者に骨の位置など、詳しく聞けばいいかもしれない。
ぜひ習うとしよう」
李典もその勉強に参加したいと申し出て、近々、先生を呼ぼうと約束した。
「ところで戦いの話に戻るけど。
どうやって、二つの呂布軍を倒したんだ?呂布将軍自身もいたら強敵だったろ?
どんな作戦だったのか、知りたいな」
もっとも肝心な部分を尋ねてきた幼馴染に、李整は澄ました顔で答えた。
「それこそ、軍事機密だから教えられないよ」
しょぼんとした李典を笑い、それから少し困ったように眉をハの字にする。
「本当を言うと、教えてあげたくても教えられないんだ。
そのもっとも肝心な部分は、私も知らないからだよ」
首をかしげると、李整はさらに続けた。
「どんな作戦も、秘密も、口にした時点でいつ漏れるかわからなくなる。
……今漏らしている私が言うのもなんだけど。
だけど、そもそもその内容を知らなければ、敵に漏れる事はない。
まだ新人の私には、必要最低限の作戦行動しか教えられなかったのさ。
危機管理というやつだね。
作戦全体を把握し、戦場を俯瞰で見る事ができる人は限られているんだ。
いつかは自分も立派になって、そういう責任ある立場になれたらいいけどね」
「なるほど。想像していたより、理にかなっている組織なんだね。
軍隊って、もっと野蛮だと思っていたよ」
「野蛮で、理性的でもある。……なんだか、人間の話みたいだな。
あと、曹操軍は軍律も厳しくて、みんなわりと静かに過ごしているよ。
食料も支給されるし、それに働きによって兵卒だって賞がもらえる。
勤めるには悪くない所さ」
ぬるりと敏感に勧誘の匂いを察して、李典はつい相手の目を正面から見つめた。
「ねえ君、私の補佐になって、私を助けてくれないかな?」
予想していたにもかかわらず、李典は「わっ」と驚いてから、どぎまぎと答えた。
「た、たしかに、私もいつかはここを出て働かなくちゃだし、君の事も心配だったから、それでもいいんだけど……」
「えっ。すんなり承諾してくれるとは思っていなくて、逆に驚いたよ。
早速、曹操殿にお伝えして、許しをもらわなくちゃ」
立ち上がろうとする友人に、李典は縋った。
「ちょっと待ってよ。でも、私は学問好きで、軍人には向いてないと思うよ。
つまり、自信がないんだ」
李整は友人の肩を両手でつかむと、力強く頷いた。
「自信なら私もないっ。だから一緒に頑張っていけたらいいなと思ったよっ。
それに軍隊に入って気が付いたけど、体力や力の強さも大切だけど、兵法の知識も重要なんだ。今の時代、軍人も勉強が大切って事だ。
曹操殿自身、軍営でも夜はいつも勉強してから眠ると聞いたよ」
「へえ」
……曹操軍なら、勉強する軍人もヘンじゃないって事か。
「そうだっ。学問を活用するなら、兵糧の管理はどうだろう?
これは記録と計算ができなくちゃいけないんだけど、そんな人は稀だから、どこでも重宝されるよ。
だけど、地味な仕事なのに、責任は重大だ。だから、なり手が少ない。
私の軍も今、長年担当していたお爺さんがやってくれているけど、弟子が見つからないと困っているんだ」
……地味な仕事っ?!
李典も、思わず相手の肩を掴んだ。
「それだっ!ぜひ、君の軍の兵糧管理をしてみたいっ。
担当の方に、私の弟子入りを検討していただけないかな?」
「おおっ、とてもありがたいよっ。ぜひ、聞いてみるっ。やったあ。
これからも、お願いしますっ」
唐突な敬語に、二人は笑った。
「良かった。これから君が軍隊にいると思うと、とても心強いよ。
なにか困った事があれば、兵糧置き場へ相談に行くね」
その言葉に、李典は嬉しそうな反面、やや困ったように目を反らした。
「でも私の意見って率直というか、思ったままの愚直で、嫌にはならないの?
私は自分で言ったあとで、なぜもっと気の利いた事を言えなかったのかなと、よく後悔するんだけど……」
李整はきょとんとしていたが、すぐに優しく微笑んだ。
「率直、と言われたら、そうかもね。
たしかに、それを嫌う人もいるし、私も、もしかしたら君じゃなかったら、素直に聞けなかったかもしれない。
私は、君の意見が好きだ。
思ったままというけれど、感情的ではなくて、考えがこもっていると思うよ。
あたり障りのない言葉や、常識に沿った言葉も大切さ。
そして、考えた意見を率直に言ってくれる人も大事だ。
時にそれはとても勇気のいる事だ。君は強い人だと、私は思っているよ。
君には、言える時には恐れずに、自分の意見を言ってほしいな。
君のそういう所を嫌う人がいるかもしれないけど、私は、君のそこが好きなんだよ」
李典は一言、ありがとう、と友人に礼を言うと、嬉し涙を流した。
その日は、満天の星を窓の外から見ながら、李典少年は寝具に包まった。
……これからも少しずつ、自分に自信を持っていけたらいいな。
それに、目立たない仕事に就けそうなのも、嬉しい事だっ。
このまま表舞台に出ずに、ひそかに生きていけたらいいんだけど。
少年は、理想である地味な将来を夢に描きつつ、笑顔のままで眠りについた。
つづく
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