第138話 バトル・オブ・濮陽城
朝焼けの朱色に
城壁に白い旗が掲げられた。
……ここまでは順調だが、さて……。
少女と護衛の長である
皆、足元まで隠す長い袖なし外套を羽織っており、馬を曳いて進む。
少女は門をくぐると壁へ近寄り、前進した。
しかしあとに続くはずの兵士たちは、異様に歩みが遅い。
そのうち間が広がり、軍隊とは思えないほど散漫な列となってしまった。
そうなるのも、わからないでもない。東門を覗けば目の前に、四方を壁で囲む升形の広場が見えるからである。正面に城内へ通じる鉄扉があるが、それは固く閉じられている。
まるで檻にでも入る気分になり、足が重くなるのは当然だった。
少女と典韋が真ん中あたりまで進んだ時、やっと小隊一組全員が入城を終えた。
もう一組の先頭が敷居をまたごうとした、その時である。
城壁の上に潜んでいた兵士たちが現れ、少女とその一行へ弩弓を向けた。
当然、東門も手早く閉じられてしまった。
そして
「わはは!久しぶりだなっ
話の途中だったが、突如、落雷の直撃の如く凄まじい轟音が鳴り響いて敵も味方もそちらを振り向いた。見れば、城門の高楼が瓦を落としながら揺れている。
「は、
……早すぎるっ。あんなでかい武器をどうやって隠していた?!
陳宮が、そんなどうでもいい事に気を取られるうちに、典韋は外套から特製の大金槌を出して振りかぶっている。
門のそばにいる者は熾火を取り出し素早く火矢を作り、城門に放っていた。
二度目の激突音がこだました時、陳宮はやっと元主人に視線を戻した。
「おいっ無駄な抵抗は……」
だがそこには、もう誰もいなかった。
ただ壁にぽっかりと穴が開いており、土煙の下に壁と木の残骸がちょっとした小山を作っている。
一体、何が起こったのか?と、陳宮はまた、つい考えてしまって数秒が経つ。
「陳宮殿は、のん気なのがいけませんなぁ」
大剣の柄頭に両手と顎を乗せて、やる気なくしゃがんでいる
「囲んだ時点で、矢を射ればよかったのですよ。
生け捕りにしたかったのなら、足を狙えばいい。
挨拶なんて、捕らえた後でもできる事ですよ」
いまや東門は木や鉄の破片を飛ばし、今にも破壊寸前だった。
高楼はぐらつき兵士たちは逃げ出し、炎と煙は美しい空を汚し、強襲からの矢の応酬も勝手に始まっている。
散々な現状と呂布の正論に怒りのおかわりでも盛られたように陳宮は顔を赤くした。
「つい、油断しただけですっ。
それにしても、あの兵士たちは私の指示も無いのに反撃をしているっ。軍律違反だ」
「そりゃあ反撃しますよ。今にも城門が破られそうなのですから。
あなたは指示を出すのも遅いのです。まあ、まだまだ、って事ですなあ」
言い返せずに睨むと、相手は薄ら笑いを返した。そんな表情でさえ、顔が整っている呂布は格好がつく。
自分に足りない物を持っている相手がそばにいるのも、じわじわと腹が立ってくる。
……屁理屈で言い返すのはたやすい。だがそんな事をしても何も変わらない。
もしかして私は、戦いの感性が鈍いのだろうか……?
軍師として新しい道を歩み出したばかりなのに、暗い気持ちになってきた。
「ふっ。そう落ち込まずに。
最初は誰でも、こんなものですよ。あなたはまだ戦争初心者なのです、軍師さま。
もっと戦場に出る事です。争いの経験を積む事です」
呂布は意外にも、陳宮を励ました。
「それに、そんなにイライラせずともよいではないですか。
曹操という小ネズミを、この城に閉じ込めたのですから。しかも仲間は十一人。
あの隠し通路を抜けて、いや、抜けるまでに、全員死亡しますよ。
なんってたって、城内は私の直属軍が見回りしておりますからね」
暗い通路の中は思ったよりも長く、駆け抜ける前に出口を見つけられ、封鎖された。
瞬く間に、弩弓の矢の的となってしまう。
鉄盾を持つ兵士の背後に隠れていなければ即射殺されてしまうだろう。
完全に動きを止められてしまった。
止まった場所は、出口の光が届かず、井戸の底のように仄暗くて不吉である。
死の風切り音だけが絶え間なく耳をかすめ続けた。
「射手たちが、近づいてきました……」
盾を持つ兵士が報告をする。
このまま、取り囲まれるのを待つしかないのだろうか……?
「私が出てみます」
膝を曲げて近づいたのは護衛隊長の典韋だった。
彼はすでに部下から借りた鎧を二重に着こみ、柄の長い戟を両手に持ち、さらに十本近くを背負っている。
彼は盾を持つ兵士に頼んだ。
「敵が十歩の所まで来たら教えてくれたまえ」
やがて盾の兵士が報告をする。
「十歩です」
「うむ、では次は五歩で」
矢継ぎの弦音と足音が混ざり始めた時、盾の兵士が焦れるように振り返った。
「五歩ですっ」
声と同時に典韋は盾の横から戟を振るい矢を打ち払った。間髪入れず、もう片方の戟を力いっぱい飛ばす。
一瞬で五月蠅かった矢鳴りが消え、代わりに、悲鳴が暗い通路に響き渡った。
投げ飛ばした武器を追うように、典韋自身も敵の真っただ中へ飛び込む。
敵しかいないから逆に暴れやすいのか、暗がりの中、背負った戟や槍や剣を振り回してすべて使い切った。次は人間を両手に掴むと、暴れ回っている。
助太刀しようにも、逆に自分たちも投げられそうで、近寄る事ができなかった。
そのうち、彼の怪力ぶりに怖気づいたのか、敵は逃げ出してしまった。
「さ、流石、典韋殿ですなあ……」
味方である
「ふむ、素晴らしい働きだった。もしも生きて帰れたら、都尉に昇進じゃ」
「えっ。ありがとうございます!」
典韋も寝ころびながら喜んだ。
「おいっ!何をしとるっ!!」
ふと、まばゆい出口から大声が響いた。やっと援軍が来たのだ。
兵卒の少年兵が、怯えた声で叫んだ。
「た、助けてくださいっ!はやくこっちに来てくださいっ!」
震える少年兵と、援軍の歩兵長は暗い通路で落ち合った。
歩兵たちも通路に入ってきたが、足元の酸鼻極まる痕跡と濃厚な血の匂いにむせる者もいた。
「曹操たちはどうした?死んだのか?」
「いえ、それが、通路を引き返して行きました。
東門が開きそうなので、そこから脱出するつもりなのかもしれませんっ」
「バカもんっ!ここで逃げられるとは、恥ずかしいと思えっ。我らも東門へ急ぐぞっ!お前もついてこいっ」
「はいっ」
歩兵隊が走り去るの待ってから、兵卒の少年兵は合図を送った。
寝転んで死体の振りをした典韋たちは起き上がると、駆け足で出口へ向かう。
そして小鳥たちがさえずる城内へ出ると、続々と集まる呂布軍の間を通り抜けていく。
少女を含め今の皆の姿は、丈の長い外套を脱ぎ捨て、その下に着ていた呂布軍の軍服姿なのであった。
つづく
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