第135話 兗州・呂布と陳宮と、内なる女軍師
呂布軍軍師である
……曹操軍、その中でも最強の
そしてそれは、それでいいと思う。
理解ができない事には慣れている。
だがそれで問題ないのだと、近頃は思っている。
なぜなら、そんな事はわからずとも、自分は今、
そもそも人の心は、天気のようにコロコロと変化するもので、よくわからなくて、理解できなくて、当たり前ではないだろうか。
そして万が一わかったところで、自分は他人の為に動くつもりも、働くつもりもない。
……なぜなら自分は他人の為ではなく、自分の為だけに生きているのだから。
「たしかに私は、あなたに出撃してくださいと言いましたよ」
陳宮は不機嫌を吐き出すように、さっきからずっと一人で話している。
「ですが、本隊の
曹仁を放置したせいで、
もしもあなたが曹仁を攻めていたら、逆に彼を生け捕りにできたかもしれません。
そして私はこの
あなたが私の言う事をちゃんと聞いていたらね……。
今頃は曹操を倒し、完全に兗州を奪えていたかもしれないのですよ。わかりますか?」
「ふむ。でもそれは、かもしれない、の話だよなあ?
私は現実に、最強の
陳宮は目を見開き、明らかな怒気をみなぎらせて、口を固く閉じた。
……ん?俺、なんか間違った事、言っちゃいました?
「ええ、それは、お見事だと思いましたよ」
褒めてはいるが、苦虫を嚙んでいる顔で陳宮は言う。
「ですが、青州兵は、山猫のように大量にひかえているのです。
あなたが倒したのは出撃していた、微々たる一部ですよ。
しかも
あなたは確かに、桁違いの強さをお持ちです。
ですが、それを目の当たりにした曹操はあなたへの対策を考えているでしょうね。
今後はきっと、正面から攻めてくる事はないと思います。
これからは、曹操の策略にひっかからないように気を付ける事です」
今度は、呂布がカッとした。
……なぜ勝ったのに、注意されないといけないのか?意味がわからん。
だがすぐにハッとして、悲しそうに眉を八の字に下げた。
……もしやこいつも俺と同じで、ちょっと不器用な男なのかもしれん……。
「なあ?言いたい事は全部、言えたか?
それならばもう、過ぎた事の話は、終わりにしよう」
じぃっと見つめて呂布が言うと、陳宮はまるで虎に睨まれたように硬直し、そっと視線をそらした。
「わ、わかりました。では、次の話をいたします……」
呂布は自分が発した意図せぬ圧に気づかぬまま、満面の笑顔になって頷いた。
「よし、聞こう」
「今度こそ、私の献策を用いていただき、曹操を仕留めましょうぞ……。
ここ
この罠に曹操を誘い込んで閉じ込め、一網打尽にするのです」
「ほう。だが、素直に罠にかかるのかな?」
「間者の調べによると、豪族の田氏が裏切りを企てているとわかりました。
これを利用するのです。内通の手紙を偽造します。きっと曹操は釣れるでしょう」
「ほう。だが、曹操達も東門に罠になっている事を知っているだろう?もとは奴らの城なのだから。
そこにノコノコと入ってくるのかな?」
陳宮がニヤリと笑ったので、呂布は少しだけ嬉しくなった。
……だれの笑顔でも、見るとホッとするものだな。
「曹操が警戒して、この作戦に釣られなくてもいいのです。
……でも私が思いますに、あの人はいままで大博打を打ってここまで来たのですからこの程度の博打など、たぶん平気で乗ってくるとは思いますがね……。
作戦に乗らず、相手が持久戦や籠城をしてもいいのです。
それは、四方を敵に囲まれたまま、ゆっくりと食料が尽きる苦しみを味わいながら、自滅する選択です。それでも、こちらは問題ありません。
それに敵がこの城をあきらめて他城を攻めても、それはそれでかまいません」
「あ。さっき言っていたように、そこの城と俺とで、挟撃ができるからか?」
「おお。その通りですっ。さすがは呂布将軍、戦いの先を読む素質がありますね」
陳宮にやっと褒められて、呂布は自信が回復したように大きく頷いた。
「どうでしょうか?この作戦」
「うむ、他の者にも相談してみよう」
「あ、私の作戦だと、
その、どうも私は彼に嫌われているらしくて……」
「あ。わかった」
……相談相手は高順じゃなかったのだが、ま、いっか。
「と、陳宮に、こんな作戦をやろうと言われたのだが、どう思うかね?」
呂布は酒をたらふく飲みながら、巨大な胸の双丘が半分出ている癒し衣装で酌をしてくれる奥方に、記憶する限りの内容を話し尽くした。
「陳宮って人、ちょっと意地悪な人そうね。なんだか、イヤだわ。
それに、軍師だが何だか知らないけど、もしかして、あなたから考える力を奪って、操ろうとしているんじゃない?私、とても心配です」
「エッ?!」
呂布は驚いて、背筋がにゅっと伸びた。
「あなたは兗州で一番エライ人なんだから、いろんな人がいろんな方法で取り入ろうと狙っているの。今は乱世なんだから、味方だからって簡単に信じちゃダメ。
そして女だけじゃなく、男にも気を付けなきゃね。
ちゃんと自分で考えて、自分で判断するの。
そうじゃなきゃ、あなたは誰かの操り人形になってしまうわ。忘れないでね」
「ふむ、わかった」
「っていうか陳宮って人。曹操?って人を裏切ってウチに来た、いわば新人でしょ。
そんな新人の言う事をホイホイ聞いてたら、あなたが安っぽくなるじゃない。
ちゃんと将軍らしく、あなたが相手に言う事を聞かせなきゃだめよ」
奥方は前かがみになり腕を寄せたので大きな胸がたわわと説得力を高める。
「で、作戦だっけ?フフ笑っちゃうわ。なーにが作戦なんだかハハハ」
「ハハハ」
「ははっ。あれ、えっと、なんの話だっけ?あ、曹操って人を殺す作戦だっけ?
殺せるなら、やってもいいんじゃないかしら?知らないけど。
なんにしても、私と娘には、危険が及ばないように、注意してくださいね。
っていうか曹操って人、まだ生きてたんだ。しぶといわね。意味わかんない」
「うむ、俺もわからん」
ハハハと夫婦はまた笑い二人きりの宴会を楽しんでいると、まだ幼い娘が眠い目をこすりながらむにゃむにゃと入ってきた。
「お父様、お母様、おはようございます」
「あらまだ夜よ。うるさくて起きちゃったのね。ごめんなさい。お姫様」
奥方は優しく娘の頭を撫でてやり、呂布は軽々とその子を抱きかかえた。
「わあっお父様っていつも力持ちねえ。大好きよ」
「わあっ、お姫様はいつも可愛いねえ。大好きだよ」
その二人に奥方は抱き着いて、しんみりとつぶやいた。
「ああ、私たち、今すごく幸せだわ。ずっと、この幸せが続きますように」
「ふむ。そして、この子はもっと、幸せにしてあげる。
いつか本物のお姫様になれるように、俺はもっと頑張るからね」
つづく
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