第132話 兗州・兗州奪還の第一歩~程昱の場合・昔話と東阿にて~

東阿とうあは、程昱ていいくの故郷である。

黄巾こうきんの乱が起こった時、彼は古里を危機から救った。


……当時の東阿の県丞けんじょう(県令の補佐)が、黄巾に呼応して反逆をした。

すると当時の県令は城壁を乗り越え、逃亡してしまったのだ。


街を守り、皆を指揮するはずの県令が早々と逃げ出したので、住民は混乱した。

役人たちは老人や幼児を背負い、人々は城を捨て、東にある山へ避難する。


程昱も一緒に避難していたが、偵察を出し、城の様子を探っていた。

報告によると、敵は城を手に入れたが、その広い城郭を警備する人数が足りないらしく、城外の西に駐屯しているという。


それを知ると、程昱は豪族と住人たちに作戦の相談をした。


「敵が城外にいるのは、彼らは城を守る人数さえいないからです。

この準備不足は、真面目に戦おうとしている者の考えではありません。


これは計画的な反逆ではなく、突発的に動乱に乗じただけの、金目のものを奪う程度の悪だくみだったのかもしれません。


とにかく、彼らが城外にいるうちに、皆で、城に戻りましょう。

東阿の城はよく整備されて堅牢で、食料も物資も豊富です。

籠城して、県丞が攻めてきたら、追い払うのです」


その案に、豪族は同意した。

だが、役人や人々はすっかり恐れており、反対した。

程昱は眉をひそめて、豪族に辛らつな愚痴を言った。


「馬鹿に相談する内容ではなかったです」


彼はこっそり人を使って、山上に敵の旗を立てた。

そして「敵が後ろにいるぞ!」と豪族たちに叫ばせ、城へ向かって走り出した。

すると反対していたはずの役人も人々も、皆一斉に、大慌てで城へ走り出した。

ちなみに、山の中で見つけた県令も一緒に走っていた。


かくして、県令も含めた全員が無事に城内に戻ると、すぐに守備につかせた。


異変に気づいた県丞は攻撃を開始したが、当然、微塵も城が陥ちる気配はない。

やがて諦めて逃げようとする県丞たちを皆で追撃し、見事に撃破した。


このようにして、辛口の事を言ったり少々強引な移動作戦をしながらも、程昱は故郷の平和を守ったのである……。



さて、東阿に到着すると、すでに、今の県令の棗祗そうしは警備を固め、住人と役人をよく励まし、落ち着かせていた。

情報もよく探っており、すでに陳宮軍が近づいている事も知っていた。

程昱は棗祗のすべての対応に心から感謝し、深々と拱手一礼した。


その後、避難していた兗州えんしゅうの高官からも相談を受けた。

不安を取り除くように、程昱は話をよく聞き、そして曹兗州牧そうえんしゅうぼくが帰還するまで三城を死守するようにと、自分にも言い聞かせるように話をする。


やがて、東阿が陳宮軍を追い返したのを見届けると一眠りして、早朝には鄄城けんじょうに戻るために出発した。



そして兗州えんしゅうは、突然、静まり返った。

呂布りょふは奪った濮陽ぼくようから出る事もなく、陳宮も三城の攻撃が失敗してから、出撃をする様子もない。

奪った多くの城の軍隊を再編成しているわけでもなく、拠点の整備もしていない。


……はて、どういう事なのだ?

荀彧じゅんいくは、ふと仕事の手を止めて、考えた。

 

……罠なのか?それとものんびり、次の作戦でも考えているのだろうか?

隣の机で程昱が筆や竹簡を動かす音が聞こえると、思案から、現実に戻る。


……そうさ。そんな事、考えてもわからない事だ。動かないなら、今はそれで良い。

荀彧は、筆に墨を含ませ、竹簡に滑らそうとした時だった。

雑用の女官が入室すると、二人によく冷えた水を置きながらつぶやく。


はんに、曹洪そうこう殿の軍隊が、先駆けて到着いたします」


二人は思わず目を見開き、女官に扮した間者を見つめた。


……まさか、第一報が帰還の予告とは、物凄い速さだ……。

まだ唖然としている二人に、女官は報告を続けた。


「行軍は順調。この速度で進むなら、全軍が鄄城けんじょうへ到着するのは本日中です」


「誠に結構。大軍を受け入れる準備はすでに整っています。

一刻も早く無事に戻られますよう、ご武運を祈っております、とお伝え下さい」


「わかりました。お二人にも、ご武運がありますように」

女官は拱手すると、衣擦れの音もなく部屋を去った。


つづく

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