第122話 徐州・偶発的虐殺説と裏切り~第二回徐州討伐侵攻戦~

※民間人の虐殺描写があります。

無理、と思われましたら、読まない事をおすすめいたします。※



「まさかっ。たんの城は完全包囲していたはずだがっ?!」

軍略担当の戯志才ぎしさいが、城の使用人姿のままの間者に詰問のように尋ねると、表情を出さないよう訓練をしている彼でも、思わず無念を滲ませた。


「簡易の地下道が作られていました。陶謙とうけんは城壁の下をくぐり、外へ逃げたのです。

影武者が今も部屋に籠っていますが、彼の親族、側近が全員消え、それが判明して騒ぎになっています。

急いで皆と探ったところ、地下に抜け道が……」


「わかった。だが、もっと早く、地下に気づくべきだったのでは?」

「すみません。その通りです。この失敗の責任は私が取ります。どうか他の者たちは……」


「責任など取らなくていい。失敗でもない。

今回の事を参考にして、また、あらゆる可能性を探ってくれればいい。


君たちが命懸けで集めた情報は、私や君たちの家族が暮らす兗州えんしゅうを助けてくれている。

変装も解かずに、急いでここまで駆けつけてくれてありがとう。

ふたたび郯の城に入る事が困難なら、ここにいて構わない。ご苦労だった。

私たちは、陶謙を追う」


「そ、曹兗州牧っ。有難きお言葉、この身に余ります。

あなたと、目指す平穏のために我らは尽くします。どうか、ご武運をっ」



そして、斥候、伝令、間者、その見習いまですべてを放ち、陶謙の行先を探った。

再出撃の準備をしている間に、それらしき集団が発見された。

泗水しすいという大きな河へ向かっているという。戯志才は鋭く応えた。


「泗水を越えて南下を続ければ、揚州丹陽ようしゅうたんようですっ。

そこは陶謙の出身地だ。そこでまた、援軍を頼むつもりかもしれませんっ」


……揚州には、袁術えんじゅつがいる。もしもとんでもなく面倒な事になる。


そんな恐怖に圧されるように、遮二無二、矢にでもなったようにひたすら陶謙軍を追いかけた。

泗水に向かって一直線に、村も町もないように突き抜ける。

このような場合、軍律で田畑に一歩でも足を踏み入れ荒すと処刑するとされていたが、いまやそれを注意している余裕もない。


やがて、徐州の下部を両断するように流れる巨大な河、泗水の断崖に到着すると物理的に進めなくなった曹操軍はようやく止まった。


橋が、陶謙軍によって破壊されていたのだ。


尋常でない行軍速度で進んだため、全員が肩で息をして立ち尽くし、あるいは座り込んで、絶たれた道の先を見つめている。

尖る地層と、覗く者を誘い込むように揺らめく大きな水面までもが、まるで敵の罠のように思えた。

……あきらかに疲れの症状だ。だけど、ここで止まる事はできない。


渡河方法を探すように指令を出してから、すぐの出来事である。


聞き慣れた地鳴りが聞こえ始めた。

地面の揺れが近づき、青州兵せいしゅうへいが追いついてきたのだろうと、のんびりと構えていると、周囲に大きな衝撃を受け、全体的に前に押し出された。


衝撃に続いて、大きな悲鳴や喚き声が混乱を倍増させ、さらに押され続ける。

とはいえ前へ出過ぎると崖がある。

戦場でもないのにと戸惑いながら、しかし即興で陣替えのごとく回転と回流を組み合わせて衝撃を受け流し続け、押し出される事を回避した。


その間にも、両側に多くの者が走り抜けていく。

それは兵士ではなく、ただ恐怖に追い込まれたこの付近の住人達だった。

しかもその数は大人数で、まるで村か町の人口に匹敵するような群れである。

やがてその住人たちの背後から、青洲兵が現れ、皆、何か食べているのか咀嚼し、小脇には盗んだ犬やにわとりを抱えている。


「あ……」っと、不穏を察したうちに、悲痛な悲鳴が次々と聞こえた。

振り向くと、住人たちが崖に落ちていくのが見える。


「ちょ、ちょっと、なにをぼうってしてるのですかっ!

早くっ青洲兵を止めてくださいっ。

彼ら、黄巾賊こうきんぞく返りをしてしまって、気軽に民間人を襲っているのですっ。

しかも、それを止めた我々もっ、私たちは彼らの味方にもかかわらず、襲われたのですよっ」


本陣に、于禁うきん将軍が駆け込んで、怒りを抑えながら訴えた。

よく見れば、彼の指揮官の目印である袖なし外套をはじめ、小刀などの副装備、上等な上着など、軽く身ぐるみを剝がされている。


「うちも強奪されました!味方なのに、あいつらはひどいですっ」

「私の隊もですっ!兵糧も全部食べられたんですけど!?許せねえよっ」

「非道はやめて下さいっ。協力している袁紹軍の評判まで悪くなるでしょうがっ」

「私はやむを得ず、彼らを撃退しましたよ。

曹兗州牧、これは完全な、あなたの監督不行き届きですな」


曹仁そうじんが最後にキッパリとそう言うと、于禁うきん楽進がくしん曹洪そうこう、それに袁紹えんしょう軍派遣の朱霊しゅれいは大きく頷いた。


「ふ、ふむ。これはたしかに、とんでもない事じゃ。すまない……」

蒼白で答え、黄巾賊ではなく青州兵を止める合図を出す。

だが彼らはすぐには止まれないのか、崖からの悲鳴は消えず、最後には住人だけでなく先頭にいた一部の青州兵まで一緒に落下して消えた。

泗水はふたたび、大量の死体で堰き止められて、血の河となった……。


……はあ。これではまるで、古の将軍、白起はくき項羽こううが使った大量虐殺方法の、こう(生き埋め)じゃ。

武器を使って人を殺していくのは大変な労力と時間が必要だが、これならば最低限の労力で効率よく……いや、そんな事を考える私が最低じゃ。

しかも軍人でもない民間人を……いや、こんな風に無下に殺していい者など、いない……。


ふっと、自分の父と弟たちの事が思い浮かび、眉をしかめた。

……これじゃあ私も、闕宣けっせんや陶謙と同じなのだ。

きっと私も、会った事もない徐州の誰かに恨まれて、その復讐に苛まれるようになる。そしてこの連鎖は、きっとどちらかが滅ぶまで続くのだろう……。


気が滅入りつつ、青州兵を集めて、注意をしようとした時である。


伝令が駆け込んできた。

彼が乗ってきた馬は到着するなり倒れ、力尽きてしまった。

渡河の手段を探してた者ではなかった。……ならば、兗州えんしゅうからだ!


敏感に急場を察し、少女をはじめ、偶然にそばにいた将軍らも間者を囲んだ。

彼も馬と共に倒れ込んでいたが、一口水を飲ませてもらうと、息の上がり切ったかすれた声で話し出した。


「え、兗州でっ、大規模な反乱が起きましたっ。


首謀者は、陳宮ちんきゅう張邈ちょうばくっ。

呂布りょふという人物を、兗州牧にすると表明しました。


百城が裏切り、曹兗州牧の味方は、三城のみ。

鄄城けんじょうはん東阿とうあのみ、残っております」


皆、沈黙し、空を飛ぶ小鳥のさえずりが、やけに大きく響いた。


つづく

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