第118話 兗州・帰還・武官文官の集い・城の効率のよい落とし方
帰還兵を出迎えるため、
凱旋ではないので、ほぼ関係者だけのささやかな歓迎である。
その中に
「おおっ、よくぞご無事で戻られましたねっ。本当に良かった。
あなたのご家族も、この近くの城に来て、待っておりますよ」
「私も、再びあなたと会えて本当に嬉しいですよ!
気が付けば、私たちは付き合いがとても長くなりましたね。
世が乱れる前は、不正を嫌う清流派として
私の恩人の多くは亡き人となりましたが、あなたはまだ、私と共にいてくださる。
どうかいつまでも変わらずに、そばにいて下さい」
束の間の思い出話だったが、脳裏には共に過ごした長い月日が流れ、いつしか二人は涙を流していた。
張邈は「当然ですよ」と応えると、相手の手を強く握り返した。
武官と文官が一堂に会するのは珍しい。
それぞれの守備地へ戻る前にこの機会にと、次の日の夕刻には軍議が行われた。
城の小さな一室には簡素な机が置かれ、各々、好きな場所を選んで立つ。
武官の中には、洗っても消えない泥と血の染みが残る軍服のままの者もいた。到着して着替える間もなく寝込み、そのまま会議へ来たのだろう。
皆がそろうと、少女はさらりと言った。
「夏に、また徐州へ征こうと思う」
その短い出師の表明に、文官武官ともに軽くどよめいた。
「徐州の
ざわつきをよそに話を進める。
「
そして彼らは、私たちの管轄地にまで不法侵入して、略奪を行ったのだ。
その犠牲者の中には、私の父と弟たちもいた。
陶謙と闕宣を生かておけば、また兗州が襲われるかもしれない。
次は君たちの家族が殺されるかもしれないという事だよ。
それに、私たちの土地、いや、管轄地を荒しても無事で済むと思われれば、さらに危険を招く状況になりかねない。
兗州は侵略者に対して反撃できないのだ、と思われたら、きっと他州からも気軽に狙われるだろうからね。
私たちは、周囲に観察されている。侵略に対してどのような対応をするのかを、ね。
私たちの管轄地、あるいは家族を襲えば、どれほど大きな代償を払うのか。
それを周囲にも教えてやらなければいけない時だと言える」
……それは、わかる。わかるが食料や物資は?もう備蓄がほとんどないのだが?
と、荀彧は思ったが熱っぽい話に水を差すようで、尋ねる勇気が出なかった。
曹仁が拱手した。
「で、兵力等の補填は?勇ましさだけでは生き残れませんよ」
荀彧を含む数名が、ずばり言ってくれた彼を振り返った。
曹仁は今回、決戦地の
これにより彼は軍隊に関しては、総指揮官の曹操と同等の指揮力と戦闘力を持つと証明したに近い。貫禄が付いているのだ。
「ふむ、良い質問だね。
ついでに、兵糧や武器も融通してもらえるように言っておく。
もしも
最後の一言はやや独り言のように小声だった。だが、親しく袁紹を本初とあざなで呼んだので、張邈はわずかに、だが明らかに心が揺れるのを感じた。
……自分と同じように、いや、それ以上に、今の曹操は袁紹と付き合いが深いのだ。
「後方支援の話ですが。
補佐していただいた
すでに私が教える事はなく、次は十分、おひとりでも仕事を回せると思います。
できれば次回、私は国境近くの郡の守備担当を希望します。
私に、文官の仕事だけではなく、武官の経験も積ませていただけないでしょうか」
「わかりました。あなたには今まで大変世話になり、苦労をかけきましたね。
どうぞあなたが思うように、仕事をなさってください」
「感謝いたします」
陳宮は拱手し、深く礼をした。
それからは気軽な疑問、要望などがあがり続けた。
侵攻戦は初めてであり、ささいな感想のような話にも、皆、興味深く聞き入った。
急な会議だったが、戦いから間が空かずに、現場組と留守組で意見交換ができて悪くない時間となった。
堅苦しい雰囲気は完全に消え、荀彧も挙手した。
「攻城戦の事でお尋ねします。
今回、城を十余も落とされましたが、一体どのような作戦で進められたのでしょうか?
兵法書でも攻城戦はもっとも難しいとあります。
それを、初めてでこれほど陥落させるとは、驚きました。
後学のためにも、ぜひ教えていただけませんか」
他の文官たちも、そういえばというように、真剣な面持ちでうなずいた。
それに対し、現場組の武官たちは少し笑みを浮かべ、顔を見合った。
とくに軍略を担当した
「とても、単純な話さ。説明する事も無いような、ね」
少女も苦笑いに似た表情を浮かべ、答える。
「簡単に落とせる城から、攻めただけだ。
油断し、楽に落とせる所から攻略したんだ。
狙われると、固く護っている城は後回しにした。
城を繋げるように線にこだわらずに、面を意識したのだ。
前後の城が落ちれば、真ん中は孤立し、ひっくり返しやすくなる。
それでも落ちない所は監視を置いて、ほったらかしさ。
ふふっ。できる所からまず片付けるのは、学校の試験と同じだね」
荀彧は感心して、拱手し一礼した。
「なるほど。そのようなわかりやすい方法だったとは、思いもよりませんでした。
部屋で結果だけ聞いていますと、まるで魔法でも使われているのかと、とても驚きました」
「へえ、そうだったのかい」
少女は素っ気ないが、しかし嬉しそうに答えたあと、急に自分の身体を見下ろした。
「もしも私が魔法を使えるならば、元のおじさんに戻るために使っているよ。
だが残念ながら、私にはそんな不思議な力は、ない。
私もただの、人間なのさ」
そして少女は華奢な肩をすくめた。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます