第110話 兗州・戦う(決心をした)!袁術さま
目を掛けて援助していた
とはいえ、人はいくらでもいる。
いや、灯りに集まる蛾のように、自分の下へ人が勝手に集まってくる。
なんせ、
さらに三公(最高官位)を四代に渡り輩出した偉大な一族なのだ。
その大貴族袁家の正統跡継ぎである自分の傘下に入ろうと、ひっきりなしに貴族、豪族たちが訪ねてくるのである。
……とはいえ、使える者は少ないのだが……。
袁術は小さなため息を吐くと同時に、腹違いの兄、
……いずれ自分と天下をめぐって争うべき宿敵袁紹が、思ったよりも力を付けているようだ……。
「とはいえヤツは小競り合いの連続で、今やその軍隊は疲労の極みだろう。
対して、私の軍は兵士も武器も新品のままである。
戦い続けた傷だらけの軍勢と、力を温存していた我が軍が戦えばどうなるか?
結果は明白だ。
狂暴な虎も負傷すれば、安易に狩れるではないか。
……これもまた、我々に対する、天の助けの一つであろう」
「そ、それではついに、袁紹を攻めるのですかっ?
袁術様が、天下に覇を唱える時が来たのですねっ……」
興奮を抑えきれずにざわつく多くの武官と文官たちを代表し、
「うむ。だがその手始めに、袁紹の手下である
そのあとに、返す刀で袁紹の首を獲るのだ」
「応!」と吼えるように応えると、整列した文官武官は一斉に拱手した。
曹操、という人物は
元々、袁紹の使い走りのような人物であり、今もそれは変わらないようだ。
宦官というおぞましい一族の出身でもある。
袁紹の庇護の元、自称兗州牧として成りあがっているが、いくら官位が上がろうとであり、その生まれと育ちの卑しさは変わる事がない。
本来は、袁家、という名家に関われる立場ではないのだ。
……このような乱れた世の中なので、私も本人と交流し、助けてやった事もあった。だが奴はその恩義も忘れて、袁紹に味方し続けている。
曹操の、人を見る目が無いのがよくわかる……。
そのような、ちょっとズレた人物であるので、当然、戦いも下手だ。
董卓軍と軽々しく戦い、軍は全滅し、自身も死の危機に瀕したという。
さらに最近では情けなくも、国家を混乱させた元凶、悪の集団である
「そんな雑魚としか組めんとは、袁紹も可哀想なヤツだな」
袁術は戦場へ移動中の豪華絢爛な馬車の中で飲酒し、肴に蜂蜜を舐めながらつぶやいた。
左右にほぼ全裸で侍っている妾二人を見つつ思う。
……いや、
行軍はゆっくりと、日数をかけた。
兵を疲れさせないためと、大軍を見せつけ、威嚇するためである。
その効果は抜群で、曹操の管轄地である兗州へなんの抵抗もなく侵入する事ができた。
すべては順調であったが、一つ、小さな問題が起こった。
劉表とは多少揉めた事はあったが、どちらかというと日和見気味な人物がこんなにハッキリした意思表示をするとは、予想外だった。
……袁紹に味方し、私と敵対するという事だ。
なんにせよ、兵糧がなくなると飢えてしまう。
進撃は止まらざるを得ない。
……戻ったら裏切り者の劉表を懲らしめなければならない。
そんな事を考えていると、
以前、彼らは曹操に連戦連敗し、その屈辱を倍にして返すと復讐の機会を待っていたという。
……わが軍に目を付けるとは、賊ながら良い感性である。
袁術は感心し、自分に協力する事を許すと、彼らにさっそく食料調達を命令した。
「袁術様、
陣中でのささやかな宴会中、斥候から報告を受けた。
「しかし我々がいる封丘ではなく、先行させていた劉詳将軍が布陣している
我々が怖くて、まずは劉詳将軍を攻めようというのでしょうか……」
袁術は大笑いを返した。
「まさにお前の言う通りである。さすがは斥候とはいえ我が部下、炯眼だ。
曹操め、大人しく籠城しておけばもう少し寿命が延びたものを、馬鹿は馬鹿だねえ。
恐れに支配されて、無駄に動いている。
これでヤツは、我々に挟み撃ちをされる運命となったのだ。
劉詳を攻めれば、我々がその背後を突く。
もしもこちらを先に攻めても、劉評が背中を突いていた。
どちらにしても、曹操は戦場に出てきた時点で負けなのだ。
兵法など知らずとも、冷静ならば、誰にでもわかる事だ。
それもわからん雑魚の曹操など、所詮、私の敵ではないな。
ふむ、
こちらはゆっくり休みながら移動できる日数だ。精気を養える。
我々の本命は、袁紹なのだ。
雑魚の曹操退治には、戦力を極力使うなと劉評には伝えておけ」
「はっ」
その次の日である。
行軍の休憩中に宴会を催していた袁術は、ある一報を受けて雷でも受けたように目を大きく見開いた。
「曹操と劉評が開戦しているだとっ?」
その言葉に、周囲の側近たちもざわついた。
「まさか、移動が早すぎる……」
思わずつぶやいてしまった袁術は、自分の声を消すように酒が残った杯を投げつけて、大きな音を立てた。
部下たちは神妙な顔つきになると、黙り込んだ。
杯を捨てたのは、不機嫌になったからではない。
指先が急激に冷えてきて、掴んでいられなかったのだ。
まるで氷水に浸したように感覚が失われていく。
このままでは魂まで凍えるような気さえする。
異常な身体反応の理由はわからなかったし、考えようとも思わなかった。
これが武者震いなのだと、思う事にした。
「早い移動など、簡単な小細工だ。ここはヤツの管理地なのだ。
どうせ我々の知らない小汚い裏道を使ったのだろう。小ずるいヤツだ。
それに早い移動は味方を疲れさせるだけである。
自ら窮地に陥るようなものだ。
兵法を使えない者は、そんな基本も知らないという事だ。
ちょうどいい。我々も急いで、ヤツを驚かせてやろうではないか」
「迅速な判断、さすがでございます」
皆、赤い顔をしながらも姿勢を正し、同じく赤い顏の主人に向かって拱手した。
「今から出陣すれば、明後日の朝には匡亭に着陣できるだろう。さあ、諸君、曹操を倒すぞっ」
つづく
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