第102話 兗州・天然埋伏の毒 その二
……
たしかに帝や政治を利用して横暴を極め、世を混乱させた宦官たちへの怒りはわかる。
だが
宦官にもいろんな人物がいる。当然だ。
だがそれを理解せず、あるいは知ろうともせず、ただ宦官という枠に対して反射的に憤っているのなら、田豊の憎悪は雑で適当も甚だしい。
だが今はそこから話すと長くなるので横に置いといて、
「
ここまでやったのに、恩知らずはないでしょう。
作戦を拒否する権利くらい……」
「おや?」
田豊は相手の言葉を遮るように声を発した。
「どこかで見た、良い顏だと思ったら、荀い……?すまないな、うちは人が多くて、キミの名前はもう忘れてしまったよ。
いやはや、キミもおかしな男だね。
まあ、人不足の曹兗州牧の所では、名家の君は大切にされているのだろうね。
だが温情に厚い君がいくら主を庇おうとも、無礼の罪は変わらんのだよ」
「もういい、田豊」
袁紹の静かな声が響き、男は我に返った。
「彼らは私の配下ではない。ましてやお前の部下でもないのだ。口を慎め」
男はサッと顔を紅潮させると、急に大人しくなり、主人に向かって深く一礼した。
「失礼いたしました。あまりに曹兗州牧が見苦しかったので、我慢できず注意いたしました」
「たとえ見苦しくても、誰でも自分の意見を言う権利はある。
それを聞いてどうするかは、私が決めるのだ。
私は自分の周りを、
曹兗州牧は私に忖度なく意見してくれる、貴重な人物だ」
思わぬ助けに、荀彧は驚いた。
……まさか、袁紹に庇われるとは。
そして視線を少女に移す。
血の気の引いた白い小さな横顔は、まだじっと一点を見つめている。
その横顔に、自分の家族の面影が重なる。
……私の家内も宦官の血筋だ。きっと田豊は私の妻の事も……。
怒っても考えても、変えられない事はたくさんある。そうわかっているが、しかし……。
ただ、悔しさを我慢するように唇を噤んだ。
「ま。それはとにかく、
袁紹は唐突に話を戻して、そして一方的な結論を伝えた。
その強引さに戸惑いながらも、少女はふたたび「い」と口を開きかけたが、ふと、それを止めた。
相手の目の奥に漂う粘っこい熱、いや、圧力に気づいたからだ。
……ああ、青州兵の威力を見たいのだな。
しかも囮という決死状態にさせて、最高の破壊力を見たいのだ。
……そう決めたなら、もう引くつもりはないだろう。
そして自分の感情を隠すようにして視線を落とし、心の中で嘲笑する。
……だがまるで青州兵の使い方をわかっていない。
小分けにした時点で、彼らは弱い人間に戻るだけなのだから……。
……で、その弱い人間に戻った彼らを戦わせ、使い捨てにするしかないのか?
少女は小さくため息をつき、そして開き直ったように小さく頷くと、相手を見上げた。
「ええ、わかりました」
その声は、袁紹の押しの強さ、田豊の攻撃的な言葉が効いて、ひどく暗く重い。
彼らがもしも埋伏の毒なら、効果は抜群であった。
「ふむ、最初から、そう言えばいいのだ。
いつもお前と話をすると、無駄な時間が増える」
そりゃあ奇遇ですな、私もそう思っていました、とは言えず、少女はムスッとしながら、聞き流す。
「では、囮は私たちが選んでやろう。決まればすぐにでも作戦を決行するのだ」
「は」
言われるがままに返答する少女を、荀彧はただ見つめるだけしかできなかった。
つづく
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