第101話 兗州・天然埋伏の毒 その一
その後、
言われるがまま頷いていたが、少女は一つだけ願いを出した。
前線から二軍を下げるように頼み、それはあっさりと許可された。
暦では春だというのに、寒風が吹き荒ぶ。
そんな冬の置き土産を物ともせず、袁紹は護衛たちと仰々しく見回りを終えてご機嫌だった。他人の軍勢を無遠慮に見学したという、珍しい経験もその一因だろう。
彼は装飾も見事な鎧を纏った胸を反らし、寒さで身を縮めて焚火に当たる少女を見下ろした。
「私の助言通り、正々堂々とした、良い陣を敷いたな。
では、ここから
「おとり、ですか?」
袁紹の望むままに無駄に動き、これで満足かと思えば、まだ要求するのかと、焚火に両手をかざしたまま、虚ろな目で見上げる。
行儀よく並び直した兵士たちの間にも所々焚火が作られ、彼らも命令かキッカケがあるまではそこに集まっていた。
「お前は
そう言う袁紹の視線はかすかに熱を帯びた。
「その中から千人ほどでいい。前進させるんだ。敵がそこに集中しているスキに、その、なんとかするのだ」
「いやです。兵が無駄死にするではありませんか。
それに、なんとかするのそのぼんやりした部分もどうせ私が考えるんでしょ?それもいやです」
その忌憚ない即答に、袁紹よりも彼の取り巻きが驚いた。
「
それに、青州兵は元は反政府の賊なのだ。それを忘れるな」
少女は姿勢を正し、拱手して答えた。
「実は、考えている作戦があるのです。
三日、いえ、一日、待っていただけませんか?」
「お前まさか、相手が干上がるのを待つようなノンキな作戦じゃないだろうな?
あるいは、
ドキッとしてから少女はすぐに軽くムスッとした。
「相手が弱るのを待ったり、兵糧を攻める事の、何が卑怯なのです?
基本的な戦法ではありませんか。しかも、こっちは少ない労力で勝てる。
「そういうセコイ手で勝とうとするから、お前は
少女は一旦、気を静めるために小さく深呼吸して、ふたたび口を開いた。
「無駄と犠牲の少ない戦いができれば、私はなんと言われても気にしませんよ。
それに最高の戦法は、戦わずして勝つ事だと、孫子の兵法にもあるでしょう」
「戦争は、子供のような悪知恵で凌げるものではないのだぞ」
間髪入れない即答は、まるで口喧嘩のようだった。少女はすでにうんざりし始めている。
「今やこの世は暴力、いや、力の世界なのだ。
ここまで乱れた地を
それが、王道、英雄のやり方だと、私は思う」
「はあ……」
少女は少し面食らい、馬上の人を見上げ続けた。
……なにが英雄じゃ。こいつ自分が冀州をどうやって奪ったか忘れたのか?
あるいはその劣等感から、こういう理想を強く持っているのだろうか。
ハッとした。
……いや、もしかして、これはおもしろい話を聞かせてもらったのかもしれないぞ?
「曹兗州牧!なにを黙り込んでいるっ」
ちょっとした沈黙が、その人には相当腹立たしかったらしい。
袁紹の隣にいた男がひどく𠮟りつけてきて、少女は驚いた。
「先ほどから、袁冀州牧に対して態度が無礼が過ぎるっ。
今までどれほど助けてもらってきたか、そのご恩を忘れたのか?
それとも、卑しい者は立派な地位に就いても、恩も礼儀も知らぬままなのかね?」
最後の言葉を聞いた瞬間、少女はギクリと身をすくませた。
「
まるで主を守るように凛とした声がして、皆、そちらを振り向くと
つづく
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