第98話 兗州・ひそやかな軍議
「へえ、回りくどい誘い方をする人なのですねぇ」
「誉れ高い名家が、私なんかに素直に助けてほしいとは頼めないものさ。
腹は立つが、しかし
彼を助ける以外、選択肢はない」
皆、黙ってうなずいた。
「では、袁紹の現在の状況を説明いたします」
「
その上、彼の管理地である
それに乗じて、朝廷から正式に承認された
さらに、うちから追い出された山賊の複合軍とも戦っております」
小さな部屋に、思わず袁紹への感心の唸り声が響く。
……これだけややこしい多重の戦いを、よく上手く処理しているものだ。
青州黄巾賊だけで精一杯だった自分たちとは、軍事力の格が違う……。
「しかしついに旗色が悪くなり、拠点である
これで、さすがの袁紹殿も我らに頼ろうと考え、今に至ります」
「ふむ……」
少女は浮かない顏で頷く。
「
袁術は、袁紹の異腹の弟である。
もしもこの二人が仲良く組んでいたら、あっさりとこの乱世は袁家の元で平和に治まっていた、のかもしれない……。
「袁術は
もしもこの両軍まで参戦してきたら……想像だけで頭が痛くなるのだが」
「袁術は、出てこないでしょう」
「彼は今までずっと戦いは配下に任せ、自身は出張った事がない。
いわいる戦争シロウトです。
今回も大物を気取って、公孫瓚とその配下にすべてを任せるでしょう。
出撃してきたとしても、まともに戦えない可能性が高い。
ですが油断せず彼を警戒するなら、今のうちに一策、保険をかけておくのもいいかもしれません」
皆、黙って彼の話を聞いていた。
「袁術は
万が一、袁術が出撃する事があれば、劉表に邪魔をするように頼んでおくのです。
たとえば、南陽からの食料補給の邪魔をする、できれば、止めてしまう。
だけでも効果は絶大でしょう」
「それはいい。今からさっそく、声をかけておこう」
若干、表情を明るくして答える。とはいえ、まだすっきりしない。
「他にもご心配があるのですか?」
「そうだね、本音を言えば、漠然とだが心配がある」
少女はジトっとした目で答える。
「私が、指揮官のいる軍隊と戦うのは、
今回もそうならないか、とても心配なのだ」
か細い肩を、少し縮める。
「それは、大丈夫でしょうよ」
戯志才は即答した。
「あの時は遭遇戦でしたが、今回は事前に準備ができます。
兵士も借物ではなく、よく訓練もされております。状況がまったく違いますよ」
「先ほど
私たちと袁紹は、今は運命共同体なのです。
そして袁紹とは隣同士、助け合いは簡単です。
しかし公孫瓚と袁術は離れた場所にいます。
だから、彼らは即時に助け合う事はできません。
この状況もきっと、私たちには有利に作用するでしょう」
「そうだね。ありがとう」
少女はやっと、小さくだが笑んだ。
「それに、うちには
「あっ。それはまだ、早いですね」
荀彧はあわてたのか、若干、前のめりになった。
「まだ彼らを完全に制御するには至っておりません」
少女は怪訝そうに眉をひそめた。
「……ふむ、もし、制御できなかったら、彼らはどうなるのだ?」
「は。ただの野生の
……野生の黄巾賊?
つまり、一口の食料を奪うために人命を奪う賊に戻る、という事か?
不穏な話に皆しばし絶句していたが、少女は「ふーん」とどこか興味深いように唸った。
「近頃は忙しく、彼らの様子をゆっくり見てなかったな。
明日は訓練を見て、それから、村にも赴いてみよう」
「はっ。彼らはあなたを大変慕っておりますので、大喜びするでしょう」
「だったら嬉しいのだが。
それにしても、制御、だなんて面白い単語を使ったね」
少女はふっと笑った。
「私も、ずっと自分の感情を制御して、操作し、我慢してきたつもりだったけど。
でも、今でも、上手くできている自信はない。
自分でさえそうなのだ。
人を制御するというのは、さらにむずかしい事だろうね。
まあ、試しに精鋭の青州兵だけでも連れて行きたい。
戦場に出すかわからないが、移動の様子だけでも、その、どれくらい制御ができるのか見たい」
「……は」
……前置きの話は、なんだったんだろう?
青州兵が暴走しても仕方ないのでは、と言いたかったのだろうか?
それとも、彼らを完全に制御できる事は無理なのでは?と言いたかったのか?
……どちらにしても。
わずかに、背筋が寒くなる。
……いや、そもそも、私の考え過ぎかもしれない。
彼の思考を遮るように、少女の声が響いた。
「では、今日はこれで散会しよう。また次回に」
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます