第97話 兗州・程昱、戯志才、そして袁紹からの手紙

戦地から戻ると執務室には山のように積まれた書類が待っていた。

兗州牧えんしゅうぼくの少女は、陽が昇ると仕事を始め沈むと帰宅し、時に軍事訓練に参加するという多忙な日々を送る事となった。


そんなある日、金尚きんしょう、というさっぱり見知らぬ人物が正式な兗州牧えんしゅうぼくとして朝廷から指名され、赴任してくるという報告が入った。


自称兗州牧えんしゅうぼくである少女は、本来ならば、正式兗州牧えんしゅうぼく金尚に席を譲るのが道理である。


……彼に反する事は、朝廷に逆らうも同じだ。

だが、命を懸けで得た地位を他人に譲る気は……しなかった。


そもそも、兗州に住む人々に推されて牧になったという経緯もある。

……前兗州牧の劉岱は、青洲黄巾賊討伐に失敗して死亡し、放っておけば兗州全体が蹂躙される危機にあったのだ。


この百万の青洲黄巾賊を退治するという無茶振りを飲み、戦い、今の自分にしかできない方法で、なんとか決着をつけたのである。


金尚とやらに地位を譲れば、自分だけでなく共に戦った者たちも居場所を奪われる事になる。これでは皆も一体なんのために頑張ったのかわからない……。


「追い返せ。だが、抵抗されても、絶対に殺すなよ、絶対にな」

そしてまた書類に目を通し始める。


後日、殺されなかった金尚は武装して再びやってきた。封丘ほうきゅうという場所で迎撃すると、彼は袁術えんじゅつという人物の元へと逃げ去ってしまった。


そしてまた、少女は剣を筆に持ち替え、狭い仕事場に籠る日々に戻ったのである。


とはいえ、書類ばかりを目にしていたわけではなかった。

気になる人物を見つけては自分と働くように誘い、召し寄せていたのだ。



  その中に、程昱ていいくあざなを仲徳ちゅうとくという人物がいた。

……実際は、この頃はまだ名前は程立といい、後日に改名して程昱となるのだが、ここでは、すでに程昱とする……。


彼は前兗州牧ぜんえんしゅうぼく劉岱りゅうたいの誘いには病気を理由に断ったが、今回は素直に勤めるというので、郷里の人々はとても驚いた。


程昱の年齢はすでに五十に近く、髪にも白い物が混じっている。

だが長身の背筋は良く伸び、声は低いが良く通り矍鑠かくしゃくとしている。

必要があれば武装もして兵士を指揮もできる文武両道の人だった。


荀彧じゅんいくも、自分の地元である潁川えいせんから有望とされる者を誘い出していた。


その中に、戯志才ぎしさいという人物がいる。

兵法や戦術を独学で研究していた、珍しい若者であった。


だがこのように、内政充実に集中できた時間は短かった。

ある日、袁紹えんしょうあざなは本初ほんしょから、一通の書簡が届けられたのである。

読む前から浮かない顏をしていたが、目を通したとたん、少女の心は完全に沈んだ。



その地下の小部屋は、元々は放置されていた物置である。

もちろん差す光は一筋もなく、昼間でも完璧な闇に包まれている。


灯りを持った少女が入室すると、四方の壁は照らされたが、高い天井にはほとんど光は届かない。

続いて四名の影が続き、魔除けの香炉に火を移すと神秘的な香りの煙と共に、部屋の停止していた空気がゆらりと動いた。


袁紹えんしょう公孫瓚こうそんさんの喧嘩に、本格的に巻き込まれる事になった。

兗州うちの近くで布陣するらしい」


少女は机の上に、袁紹からの書簡を放り投げるように広げた。


つづく

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