第87話 兗州・兵士をおびき出す方法
「戦場から非戦闘員が立ち去らない場合、全員を戦闘員とみなし攻撃する」
伝令たちの警告の大音声が両陣の間に何度も響いている。
しかし敵方の最前線でぼうっと立ち尽くしている老人や女子供に動く気配はない。
少女は後ろを振り返った。
戦場談義していた自分の将校たちは、話を止める。
「このまま非戦闘員が去らない場合、どうやってその中から兵士を引きずり出すか?
案のある者はいるかな」
「では、
「威嚇射撃でいいのでは。ふつうはこれで怖がって、下がるでしょう。
それでもまだ最前線にいるのなら、非情ですけど警告済みですし、この場にいる者は全員兵士として平等に扱うしかないと思います」
「威嚇射撃はやってみよう。しかし非戦闘員に攻撃はしない。
私たちは貴重な武器と体力を失うのに、敵兵は無傷という最悪の状況になる。
何一つ良い事がない。
無駄使いはとくに、君は嫌いだろ?」
「そうか、これは
無闇に攻撃すると、こちらの武器や体力が失われ、その後、本命の兵士たちが出てくる……」
少女は肩をすくめた。
「そこまで、あの放心したような彼らが考えているか、わからないけどね。
ふむ、提案をしてくれてありがとう。では、
勇ましい軍服を着てもなお、優雅さを失わない
「兵糧、つまり食べ物を置いてみるのはどうでしょう。ごく平凡な正攻法ですけど。
彼らが今、一番欲しいものでしょうから、きっと殺到するはずです」
皆、無言でうなずき、青年の話を聞いている。
「撒き餌は、両軍の中間に置きます。
中間といっても遠い位置になりますので、体力のある男子たちばかりが到達するはずです。
それを奪えなかった者たちは、直接、私たちから奪おうと迫ってくるのではないでしょうか。
軍隊から食料を強奪しようと考えるのは兵士である可能性が高いと、私は思います。
試しに、この作戦でいかがでしょうか……」
皆、見惚れていた目を覚ますと、美青年の提案に大きくうなずいた。
さっそく、やってみる事にした。
歩兵隊をはるか後方に下がらせると、素早く動ける精鋭の騎馬隊だけで布陣する。
まずは威嚇射撃である。
思いのほか良い反応を返してくれた。
最前線にいた老人や女子供たちは、目の前に降る矢の雨に正気を取り戻したのか、悲鳴をあげて逃げ惑うと背後へ下がった。
その代わりに、険しい表情の若者が前面に見え始める。
とはいえ、これは黄巾賊のほんの一部分の変化である。
地平線を埋め尽くすほどの敵軍からすると、まるで針先程度の反応といえる。
反応といえば、彼らは弓を撃ち返すなどの反撃をしない。
弓隊がいないのか、反撃を指揮をする者がないのか、その両方なのか?
少しずつ、彼らの性質を探っていくしかない。
威嚇の時間を使い、両軍の中ほどに兵糧を積んだ荷台を配置させた。
奮発したつもりだったが、大河のごとく青州黄巾賊の前では、まるで岸に佇む小石の粒々に見える。
それが兵糧、すなわち、食料だと、彼らのうち誰かが気が付いたとたん……。
不気味な地響きと共に地面は揺れ、巨人の群れが咆哮したような大音声に空気がびりびりと震えた。
全ての青州黄巾賊が食料に向かって突進してきたのだ。
つづく
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